エリザベートがゴクリと息を呑み、震える声で話し出す。

「あの、さっきも言ったとおり、今まで一人で……誰かと語らうことができなかったので、私、実はその……情熱と創作意欲を……アクセサリーだけでは消化できなくて……」

 その言葉に、思わず目を見開く。――もしかして。

「っ……そ、その……も、物語のようなものも……書いていたりするのですが……」

「――ッ!」

 考えるよりも早く、身体からだが動く。レティーツィアは目を見開き、素早く立ち上がった。

 そのあまりの勢いに、ソファーがガタンと音を立てる。エリザベートは身体を弾かせ、少し慌てた様子でレティーツィアを見上げた。

「あ、あの、レティーツィアさま……。私……」

同人誌ほん! 同人誌ほんがあるというの!?」

「え……?」

 予想していた反応と違ったのか、エリザベートがポカンと口を開ける。

「えっと……ほ、本と言えるほどのものではありませんが……その……ええと……」

「わたくしが書いたもの以外に、同人誌が存在するのね!?」

「ッ……!?」

 瞬間、レティーツィアを映した新緑の瞳が、驚愕に染まる。

「ま、まさかレティーツィアさまも……?」

「エリザベートさん! その同人誌は、今どちらに!?」

 欲望で目をギラつかせながら、問いかける。

「え……? も、もちろん、家に……」

「ケイト!」

 すぐさま、部屋の外にひかえているはずのじょを呼ぶ。

 間髪容れずドアが開き、侍女のケイトがうやうやしく頭を下げた。

「すぐに馬車を用意させてちょうだい! そして、出かける準備を!」

「――かしこまりました。行き先はどちらに?」

「もちろん、彼女の家よ」

 そう叫んで、レティーツィアは呆然ぼうぜんとしているエリザベートの両肩を強くつかんだ。

「エリザベートさん!」

「は、はいっ!?」

「どうか読ませて。お願いですから読ませてちょうだい! 読ませていただけるわね!? そこまで話しておいて、読ませないなんて言わせませんわよ!」

 最後はきょうはくに近くなっていたけれど、今はれいや行儀作法など気にしていられない。

「もちろん、わたくしが書いたものもお渡しするわ! そのうえで必要ならば、配布代もお支払いします! ですから……」

「お、お金なんかより……。私も読ませていただけるんですか!? レティーツィアさまがつづられた物語を!?」

「ええ! 起承転結がきちんとした物語は一本しか書けていませんけれど、前後関係なく一つのエピソードを書き散らしただけものなら、いくつかありますわ!」

 唐突とうとつにはじまって、見たいシーンだけを一心不乱に書き散らしたもの。

 山なし、オチなし、意味なし――いわゆるヤオイものだ。

 読みたい同人誌がなければ、自分で書けばいい。実はレティーツィアは、前世の記憶が戻ってからというもの、毎晩ガリガリと欲望のままに文章を書き散らしていた。

「どうぞ読んでちょうだい。もちろん素人しろうとのわたくしが書いたものですもの。文章はつたなく、お見苦しい点も多いと思いますわ。でも、これでもかと『性癖』を詰め込んでいますから、わたくしの心にはとても響くものですの」

 自分の性癖のど真ん中をつらぬくモノは、自分が一番よく知っている。

「ですから、それらがエリザベートさんの心の琴線にも触れたなら、語り合いましょう。思う存分語らせていただきたいし、またエリザベートさんのお話も聞きたいわ」

「レティーツィアさま……」

「でも――」

 レティーツィアは悪戯っぽく目を細めると、その指で優しくエリザベートの頬をでた。

「わたくしの同人誌は、少々げきが強いかもしれませんわ。かくはよろしくて?」

「……ッ……!」

 そのうるわしい嫣然えんぜんとした笑みに、エリザベートが顔を真っ赤に染める。

 そして――神に祈るかのように胸の前で両手を組むと、かんに身を震わせた。

「はいっ! どこまでもおともいたします! レティーツィアさまっ!」


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悪役令嬢は『萌え』を浴びるほど摂取したい! 烏丸紫明/ビーズログ文庫 @bslog

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