「よ、夜のお仕置きですね……! わかりますっ!」

「そう! アーシムにお仕置きされてしまうラシード殿下……! ああ、無理っ……!」

 顔が真っ赤になってしまう。

 二人は握り合ったままの震える手に、完熟してしまった顔を伏せた。

「と、尊いが過ぎる……!」

「ドキドキしすぎて……つらいです……!」

 しばらくそうしてしんどさに耐えていたが、ふと二人はどちらからともなく顔を上げた。

 そして、まるでこいでもしているかのように熱く見つめ合うと、その震える唇を開いた。

「ああ……! まさかわかってくださる方が存在するだなんて……!」

「それはこちらの台詞せりふですわ……! ああ、エリザベートさん……!」

「私、実は自分だけが特殊とくしゅな性へ……い、いえ、性質をしているのかと思っていたので、本当に嬉しいです。ああ、レティーツィアさま……」

 エリザベートがかんきわまった様子で、なみだぐむ。

(今、『性癖』って言いかけたような……? でも、わかる! わかるよ!)

 これも大分類では趣味嗜好のうちに入るのかもしれないが、しかし金色が好きだとか、紅茶はミルクティーが好みというようなそれとは、やっぱりわけが違う。

 前世では、ヲタクカルチャーが世間に受け入れられつつあったのもあり、芸能人による萌え語りなどが公共の電波に乗ることもあったけれど、だがやはりその性質上大っぴらに楽しむものではないと――少なくともレティーツィアは思っている。

(二次創作は原作への配慮が絶対的に必要。実在する人物の妄想――いわゆるナマモノの場合も同じ。その方への配慮を忘れてはいけない。二次はあくまでも二次。原作や実在の人物の前に出てはいけないし、混同させてもいけない)

 だから、個人的にはあくまでひっそりと楽しむものだと思っている。

(大っぴらにしたくない理由は、ほかにもあるけれど。とにかく一般人いっぱんじんに、「ええっ? その歳で、まだ乙女ゲームなんかにハマってるの?」だとか、「二次元ばかり追いかけてないで、恋人こいびと作りなよ。絶対にそっちのほうが楽しいって~」だとか言われるのは本当に我慢ならないし……)

 理解しなくてもいいから、けなさないでほしい。それだけのことなのに――しかしなぜかヲタク趣味は周りから馬鹿にされがちだ。

 配慮に加えて、そういった不愉快な思いをしたくないという警戒けいかい心も働く。

 それによって、ますます容易に口にできなくなってしまう。

 同じように思っている人はきっとたくさんいる。だからこそ、そもそもヲタクが集まる場所以外で『同志』を見つけるのは、本当に大変なのだ。

(同じヲタクでも、妄想もうそうは無理とか夢展開はらいとか。同じ腐妄想ができる人の中でも、受けめの配役なんかで戦争が起きるものだし……)

 それを思えば、性癖が重なる相手と出逢えた――これはまさにせきだ。

「ゆ、夢みたいです。もう、奇跡と言ってもいいかも……」

 エリザベートが、レティーツィアと同じ思いを口にする。

「私だけじゃなかったんですね。それだけで、もう天にものぼる気持ちです……!」

 エリザベートがうつむいて、「まさかレティーツィアさまと……本当に? 夢じゃなくて?どうしよう……嬉しい……!」と何度も口の中で繰り返す。

 それがほほましくて、そしてレティーツィア自身も嬉しくて、じっと見つめていると、エリザベートがなぜか急に頬を引き締める。

 そして、何やら少し逡巡すると、レティーツィアに視線を戻しておずおずと口を開いた。

「これを言ったら、さすがに引かれてしまうかもしれないんですけど……」

「まぁ、エリザベートさん。大丈夫よ。わたくし、少々のことではビクともしませんわ」

 うわづかいでこちらを窺うエリザベートに、安心しろとばかりににっこりと笑う。

 そんな心配は無用だ。前世では人生の半分以上ヲタクをやっていたのだ。かなり年季が入っている。

並大抵なみたいていのことでは引いたりしませんから、遠慮なく仰って」

「そ、そうですか……? じゃあ、あの……」

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