「あの、笑わないで聞いてくださる? エリザベートさん。わたくし、常々思っていたの。『推し』……いえ、あこがれている方について、たんなくお話ができるお仲間が欲しいって」

「憧れの方々についてのお話、ですか?」

「ええ、ええ。そう……。でもそれは、たんなる噂話というのとは少し違っていて……。なんて言えばいいのかしら? 言葉が難しいのだけれど、現実にあったことも、そうではないこともひっくるめて……ええと……心の琴線きんせんに触れるお話というか……」

 さすがに、『性癖のど真ん中をぶち抜く』とは言いづらい。

「たとえば、そんなこと現実にはないのだけれど、リヒト殿下はボロボロに傷ついて血にまみれても、きっとお美しいだろうなとか……。寡黙で、表情筋がほぼ仕事をされてない、人づきあいが苦手で側近もお持ちでないユエ殿下がモフモフな小動物に弱かったりしたらすごく可愛いなとか。現実的なところで言うなら、女の子のように可愛いリアム殿下が、ふとした時に見せるおすの顔はすごくドキドキするなとか……そういう……」

「ッ……!」

 大きく見開かれた新緑の瞳を覗き込んで、グッとおなかに力をめる。

さわり程度に軽めのものを言ってみたけれど、どうだろう? これで首をかしげられたら、深い萌え語りなんて到底できないんだけど……)

 どうか、わかると言ってほしい。

 いのるような気持ちで、びっくり眼のエリザベートが口を開くのを待つ。

「わ……」

 最後の審判しんぱんを受けるような気持ちで息を詰めるレティーツィアの前で、エリザベートがひどく嬉しそうに頬を赤く染めた。

「わかりますぅううぅう!」

「っ……! わ、わかってくださる!? わかってくださるの!?」

「わかりますともっ! 森の中の泉のように静かで優しくて穏やかなクレメンス殿下でも、大事な者を守るためおにになったりしたら、ものすごくきゅんとします! 大人でいつでもゆうたっぷりなセルヴァ殿下が真っ赤になって焦るところなんか、すごく見たいです! そういう話ですよねっ!?」

「ああ、そうなの! そうなのよっ!」

 胸の前で固く両手を握り合わせ、大きく頷く。ああ、神さま! ありがとう!

「こ、個人的には、黒い衣装をお召しになったリヒト殿下が見てみたいって思ってます!リヒト殿下は光を司るシュトラール皇国を象徴するかのように、まさに『光』そのもののようなお姿ですが、だからこそ『闇』をまとわせてみたくなりませんか!?」

「わ、わかるわ! それも絶対に似合うと思うのよ!」

 光に相対する闇を纏う『推し』――見たい!

(正義を象徴するかのようにまっすぐで清廉潔白で、しょうもなかなか激しい方だからこそ、よごしてみたくなるのよね。ああ、わかりみがエグい! 前世でも、リヒト殿下の闇落ちは同人作家さんの間でめちゃくちゃこすられたネタというか、鉄板の人気だったし!)

 イラストや漫画ではかなり見たが、やはり実物でそれを拝ませていただきたい。

「でも、わたくしが知る限り、黒や濃紺のうこんといった色をお召しになったことはないのよね。なんとかならないかとは思っているのですけれど……」

「見てみたいですよねぇ……」

 エリザベートがりょうほほを手で包み、うっとりと宙を見つめる。

 しかし、すぐにレティーツィアに視線を戻すと、ゴクリと息を呑んだ。

「あ、あの、理解しづらいことでしたら、無視してくださると嬉しいんですけど……あの、実は私……」

 そのまましばらく沈黙ちんもくしたあと、意を決したように口を開く。

「ヤークートの主従に無限の可能性を感じてまして……!」

 ――ああ、これほど神に感謝したことが、かつてあっただろうか。

「……エリザベートさん……」

 エリザベートの手を取り、両手でギュウッと握り締めた。

「禁断の愛って、本当に胸が震えますわよね」

「っ……! わ、わかっていただけますか!?」

 エリザベートもまた顔を輝かせ、もう片方の手をレティーツィアのそれに重ねる。

 首がこわれそうなほど激しく頷きながら、レティーツィアは高鳴るどうに唇を噛み締めた。

(ああ、ありがとう! 同性愛妄想もうそうもイケる口だなんて! 最高!)

 胸が熱くて、熱くて――ああ、生きていてよかった!

「わかりますとも! 主従――つまりは身分違いのうえ、ヤークートは宗教上、同性愛が認められていません。いわば、二重の禁断愛! ときめかずにいられましょうか!」

「そうなんです! もちろん、私の勝手な妄想でしかないことはわかってはいるんです!でも、それにしたってあのお二人、仲が良過ぎませんか!? あれはいけませんよね!?」

「ええ! いけませんとも! あれで、妄想をするなというのが無理な話ですわ!」

 しっかりと手を握り合って、うんうんと頷き合う。

「また、アーシムが怒るとわかっていて、ラシード殿下は悪戯いたずらり返すものですから」

「ええ、わかります! ラシード殿下をにらみつけているアーシムさまのお姿、私ですらよくお見かけしますもの!」

「従者として殿下のお傍に在り続けるためには、あのいかりや不満はどこかで消化しないといけないと思いません? そうでなくては一緒にいられませんわよね!?」

 瞬間――双方そうほうの心のドアが完全に開いた音が聞こえたのは、気のせいではないだろう。

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