「――エリザベートさん」

「え……? は、はい……?」

 一転して驚くほど険しくなったレティーツィアの視線に、エリザベートが身をはじかせる。

 そんな彼女をまっすぐに見据みすえたまま、レティーツィアはずいっと身を乗り出した。

「作り上げた作品を『こんなもの』なんておっしゃらないで。これはとても素晴らしいものよ。ほこれとまでは言いませんから、どうかなさらないで」

「え? あ……は、はい……。えっと、ありがとうございます……」

「そして、材料費だけなんてことも言ってはいけないわ。材料がそろっただけでは、これは作れないのですから。一番重要なのは……」

 エリザベートの手を取り、それを自らのそれでしっかりと包み込む。

「頭の中のイメージを正確に写し出すデザイン力と、それを形にする技術力。それこそ、一番にしょうさんされるべきものであり、価値のあるものよ」

「レティーツィアさま……」

「そして、あなたの時間を少なからず拘束こうそくすることにもなるのだもの。それにも見合った金額を支払わせていただくわ。いいこと? エリザベートさん。それこそこの品の本当の価値であり、あなたが受け取るべき正当なほうしゅうだわ」

 原価だけで手に入れられる商品など、この世には存在しない。

「レストランで材料費だけ支払ってお料理をいただいたりはしないでしょう? 価格には場所代や光熱費、働く方々のお給金となる人件費などの諸経費もしっかりふくまれているわ。そのうえで、さらに利益が出るように設定がなされているもの。そしてね? わたくしは、その利益部分が、その店や料理の評価に相当するものだとも思っているの」

「評価、ですか?」

「ええ。たとえば……」

 そこで言葉を切り、エリザベートの手を開放すると、ゆったりとソファーに座り直す。

 そして、レティーツィアは少し考えると、テーブルの上のティーカップを指差した。

「実は、このミルクティーはモーリッツ社の茶葉を使っているの」

「えっ!?」

 思いがけない言葉だったのだろう。エリザベートが小さく叫んで目を丸くする。

「も、モーリッツ社って……おもに大衆茶を作ってる……」

「そうよ。まさに大衆茶。これは、わざわざ庶民や中流階級の方々が多く利用する商店で買っているの。――美味おいしかったでしょう?」

「え、ええ。気づきませんでした。これが大衆茶……?」

 エリザベートがまじまじとティーカップを見つめる。

「わたくし、ミルクをたっぷり入れたミルクティーが好きなの。でも、そうすると紅茶がミルクに負けてしまうことが多くて。いろいろな茶葉を取り寄せてためしたの。それこそ、ミルクティーに最適とされている茶葉を世界六国から集めたわ。そしてたどり着いたのが、これなの。モーリッツ社の大衆茶――MGティー」

「ッ……!? これ、MGティーなんですか!?」

 エリザベートがギョッとして、とんぼ眼鏡の奥の目を丸くする。

「嘘……。だってMGティーって、先日レティーツィアさまがいらっしゃった貴族以外の身分の者のためのカフェテラスにもありますけど、全然人気ないんですよ。しぶみが強くて、美味しくないって……。私も飲んだことがありますけど……」

「だけど、その強い味と渋みが、ミルクをたっぷり入れるミルクティーには最適だったの。今や、わたくしの一番のお気に入りなのよ」

 レティーツィアは「だから、今日もこれをお出ししたのよ。どんなに高級なお茶より、美味しいと思っているから」と言って、にっこりと笑った。

「どうかしら? 学園のカフェテラスで出されているそれと、今飲んだ紅茶、使っている茶葉は同じで、使う量もほぼ同じ。ミルクの量は違うけれど、それも金額にしたら本当に微々びびたる差だわ。つまり、原価はほとんど変わらないということよ」

 ハッとした様子で、エリザベートがレティーツィアを見る。

「原価は変わらない……」

「カフェテラスではおいくらで出されているか知らないけれど、人気がないということは、みなさまはそれをお高いと感じているのではなくて? この金額を払うにあたいしない味だと。だから人気がないのでしょう?」

「そ、そうです……」

「では、こちらは? どう思われまして?」

 再びティーカップを示して、さらに笑みを深める。

「三倍のお値段でもお安いと思います。すごく美味しかったです。……正直、まだこれがMGティーだって信じられないぐらいで……」

「ほぼ同じ原価であるにもかかわらず、三倍のお値段でも安いと思わせてしまう。それが、わたくしの侍女ケイトが持つ『価値』であり、『評価』なのだと、わたくしは思うのです」

 もちろん、美しい部屋で一流の茶器を使って飲むというシチュエーションも多少はえいきょうしているだろうけれど、それでもレティーツィアを唸らせることができる腕は本物だ。

「おわかりいただけて? 原価だけいただくなんて絶対に仰らないで。たしかに、技術に値段をつけるのはとても難しいわ。でも、まさにそれこそがあなたの『価値』であり、『評価』でもあるのだから、それをゼロ換算かんざんしたりなさらないで」

「レティーツィアさま……」

 エリザベートが感じ入った様子で、両手を握り合わせる。

(お、お金だけでも払わせてもらえないと死んでしまいます! 神作家さまにおかれては、もう息をしていてくださるだけで感謝しかないのに、こんなに美しくも素晴らしい作品を生み出していただけたのよ? お金を支払う以上にこの溢れんばかりの謝意を伝えるすべはないのよ! お願い! どうか払わせて!)

 と叫びたいところだが、さすがにそんな勢いでお金を押しつけたりすれば、間違いなく引かれてしまう。そこはグッと我慢して、さとすにとどめる。

 だが、ヲタクは『推し』や『公式』のATMになれることに喜びを感じる生きものだ。

『推し』という言葉が示すのは、『好きなキャラクター』だけに留まらない。

『推し』絵師、『推し』作家というものも存在する。

 要は、性癖にぶちさるものは、すべて『推し』なのだ。

 素晴らしいイメージアクセサリーを生み出すエリザベートも、間違いなく『推し』だ。

 もちろん、こうしゃく家の財力でもって、全力で推させていただきたい!

「わかりました。ありがとうございます。アクセサリーは喜んで作らせていただきますが、お値段についてはもう少し考えるようにします」

 説得のかいあってか、エリザベートが嬉しそうに頬を染め、ペコリと頭を下げる。

「そうしてくださると嬉しいわ。ご自身でこれが適正だと思う値段をおつけになって」

 そこで一度言葉を切り、レティーツィアは少ししゅんじゅんすると、おずおずと身を乗り出した。

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