第2話『チュートリアル』

あれは、ゲームとかで見たゾンビとかアンデッドってヤツだ。


俺は直感でそうだと感じた、作り物じゃないと、コスプレでもないと速攻で理解した。


「オッ………オクオクオオオオオオッ!」


何故なら作り物ならあんな腹の底に響く様な恐ろしい声をあげないし、あの眼を一度見ればあれが俺が生きていた平和ボケした社会の産物ではないとバカでも理解出来るだろう。


あれは本物だ。本物の……化け物だ。

しかも、更にである。

そのゾンビ(アンデッド?)は………俺の知っている相手であった。


「アンタ、何があったんだよ……鈴木部長」


そうっ俺が熱々の缶コーヒーをぶちかまそうと企んでいたブラック企業の糞上司こと鈴木部長が何故かモノホンのゾンビとなって現れたのだ。


驚き、困惑、恐怖。様々な感情が俺を襲う。

しかし現状はそれを許さなかった、何故なら虚ろな鈴木部長の両目には強烈な殺気を発していたからだ。


アイツは間違いなく、俺を襲う気である。

理性や知性を失った人間に近い見た目の化け物が俺との距離を詰めよう近づく。


「……………ッ!?」


咄嗟に俺は車に乗り込んだ。

エンジンはかけたままだったので直ぐに車を出せる。


問題は逃げるのか、戦うのかだ。


「さっきの女の声、間違いなくチュートリアルとかふざけた事を言ってたよな……やっぱりあの鈴木部長を倒さなきゃあこの謎空間からは出られないってオチか?」


相手の武器は鉄バット、此方は車である。

恐らくは勝てるがそれはつまり、俺がゾンビ、少なくとも人間に近い何かを引き殺すと言う事だ。


飲酒運転なんて生まれてこのかた一度もしたことなんてない俺が、何の因果か顔を知っているヤツを素面で引き殺すかを考えている。質の悪い冗談だろ?っと笑いたいぜ。


「オオオオオオオオオオオオオオ!」


雄叫びをあげながら此方に突進をしてきた鈴木ゾンビ。

俺は車のアクセルを踏む、そして動き出した車でゾンビから離れる。


俺が鈴木部長が大嫌いだ。本気で張り倒してやりたいと思っている、しかし殺してやりたいとは考えてはいない。


まぁ責任を押し付けられて怒鳴られたり、自分の機嫌が悪いだけで暴力を振るうと言う社会人としてはカスである鈴木部長だ、俺もそれらの被害を受けていた時は本気の殺意を持っていたし今も何一つ許しはしねぇ。


しかしだ、しかしである、それでも平和ボケした国の人間はそれでも他者を害すると言う行為に躊躇がある。当たり前じゃん。


いくら憎かろうが嫌いだろうが余程の理由がなければ本当に人を殺そうなんて真似は出来ない、少なくとも俺はそんな人間だ。


ただの小心者でビビりなだけだッと言うのが正しい、俺はそんな人間だよ。

しかしこの状況、この真っ白な空間が続き、終わりが見えない。


しかしそんな異常事態は唐突に終わりを迎える。


限界までアクセルを踏んでいた車の進行方向に、あの鈴木ゾンビが現れた。


「は!?アイツはずっと後ろの方に置いてきたは……」


アクセル全快、いきなり前方に現れた鈴木ゾンビを避けることも出来ずに俺の車は鈴木ゾンビに直撃した。


◇◇◇


嫌な音がした。肉がブッとばされる音と肉が潰れる音だ。


「…………まっマジかよ…………」


呆然とする俺を尻目にブッとばされた鈴木ゾンビは数メートル以上の距離を文字通り飛んで行く。


そして地面(真っ白で何もない筈だが)にドチャリッという音と共に転がった。


まさか動き出したりしないかと車の中で身構えていると、なんと鈴木ゾンビが光の粒子になって消滅した。


それと同時にまたあの女の声が聞こえる。


『エネミー、モノマネゾンビの討伐を確認。勝利条件が満たされました、チュートリアル突破です。おめでとうございます』

「……たっ倒したっぽいな」


正直人間を殺したって感慨よりも此方の命が助かった事の方が実感は大きい。

まぁ相手が鈴木だった事が幸いだったのかもな、それともそれだけ今の俺には余裕がないと言う事かも知れない。


回りに他のゾンビとかいないことを何度も確認してから車をおりる。


「チュートリアルだったか?とにかくこれで俺は元の場所に戻れるって事か?」


ただ、元の場所に戻ると下手をすると殺人犯として捕まる、だって車には鈴木ゾンビの血がベットリとついているんだからな。


その辺りの説明とか本気でどうしょうとか考え始めていた時、更にあの声がこの白い空間に響いた。


『チュートリアル突破記念のアイテムを送ります。異世界転移特典のアイテムをおくります。どうぞお受け取り下さい佐藤圭吾様』

「今さら様付けかよ、ってアイテム?」


何かゲームみたいな単語が並んだセリフが気になる。そして当たり前の様に話された言葉にも一言言いたい。


「おいっ異世界転移って何だよ!俺はあのゾンビに勝ったのに元の場所に戻れないのかーー!?」


まさかと思ってはいた。しかしまさかこれ程情緒とかがない展開で本当に異世界に送られると言うのか?美しい女神にも会えてないぞ。


しかも顔見知りを引き殺した現在の俺の精神状態は最悪である、正直今すぐ部屋に帰って布団にくるまり二、三日くらい寝込みたい。


しかしそうも言ってられない様だ。


何故なら俺の目の前にマンガとかでよく見た事があるあの魔法陣が二つ出現した。

そしてその魔法陣の中から実にロープレ感がある宝箱があらわれた。


木製の鉄で補強された実にそれらしいデザインの宝箱だ。サイズはダンボールサイズ。

そのリアル感が伝わる、本当に中にお宝でも入っていそうな感じがする。ファンタジー作品のゲームは昔大分ハマった過去がある俺だ。


しかしだからこその不安もある。


「まさかミミックとか出てこないだろうな……」


そんな訳で宝箱一つ開けるのにもビビってしまう。

結局数分程開けるのに時間を要してしまったぜ。


そして二つの宝箱を開けるとそこにはそれぞれの宝箱に青い宝石がついた指輪と美しい装飾が施されたナイフが入っていた。


それぞれのアイテムとやらを俺が手にすると宝箱が煙を出して消えた。

後には俺が手に入れたアイテムだけが残った。


え?これでどうすんの?まだ白い空間の中に居んですけど、しかし自然と視線は手の中にある指輪とナイフに向かう。


「……まさか、このどっちかを使うと無事にこの空間を脱出出来たりすんのか?」


しかしこの指輪にしろナイフにしろゲームのアイテムばりの特殊な効果とかがあったとしても、それを発動させる方法が分からないしその手の説明もない訳で……。


ちょっとどうすんだよこれ?。

そんな事を考えていた時である、またあの声が聞こえた。


『異界契約の指輪を使用して下さい、異界契約の指輪を使用して下さい』

「は?指輪?……コイツか?」


その指輪を片手で摘まむように持つ、すると眩い光が発せられた。


「なっ!?まぶっ………!」


そのあまりの光量に目をつぶる。

少し待ってから目を開くとそこには………。


「よおっ!相棒。私の名はユーレシア。契約により今後お前さんの相方となり共に異世界『バールリード』に向かう事になった者だ!よっろしくぅ~だな!」


腰まで伸びた長くとても綺麗な蒼い色の髪をした、これまた美人な巨乳メイドが俺の目の前に現れた。







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