贈り物を貰ったり、洗濯物を干したりする男の話

 贈り物を貰ったり、洗濯物を干したりする男の話


 化さん達を住まわせることの許可をもらったことにホッとしつつ俺は化さん達が居る共同の洗濯場へと戻る為に歩き出そうとする。

「ちょっと待ちな真樹さん」

「なんだよ? 洗濯場に化さんを待たせてるから戻らないといけないんだけど?」

 しかしそれを大家の婆さんに止められ、振り返る。

 というか、これ以上変な物を貰いたくない為に俺は早くここから立ち去りたい。

「化の娘は布団なぞ持っとらんじゃろ? で、お前さんもどうせ一人分の布団しか持っとらんのじゃろ?」

「う……、昨日は俺の布団で眠ってもらって、俺は余ってる掛布団を被って寝た……」

「じゃろうなあ、でお前さんのことだから洗濯を終えたら、無い金を振り絞ってあの娘っ子の布団とか色々と揃えようとか考えとったんじゃろ?」

 ……言い返せない為に俺は頷く。すると婆さんは呆れたように溜息を吐いた。

「はぁ~~……お前さん、本当にお人好しすぎるじゃろ? 他校に通ってる孫からもお前さんが学校で不良だという噂は聞いておるぞ? そんな見た目しておるのお」

「他校にもそんな噂が広まってるのかよ……。まあ、周りが勝手に言ってるだけなら別にいいさ。被害が無ければ問題はない――が、面倒が起きた時には容赦する気はないけどな。あと、こんな見た目だから工事現場系のバイトだと凄い頼りにされてる」

 土砂とか瓦礫を運搬するときには一輪車を軽々と動かせるし、土嚢袋も両方で持ち運べる。ガードマンのバイトの時も車を移動させる際には一発で気づいてもらえるから助かっているし、良からぬことを考える奴らが居たら見た目で恐れてくれることも多々ある。

 まあ、ようするに見た目のせいで学校で変な噂をされるけれど、見た目のお陰で十分に助かっているということだ。


「ま、お前さんがそれで良いなら別に良いか。真樹さんや、そんなお前さんにプレゼントを上げよう。入ってこい」

「え……、また変な物を渡すつもりじゃ…………」

「欲しいのか? ま、今回はちゃんとした物を渡すつもりじゃから安心しな」

 ニンマリと笑みを浮かべながら大家の婆さんはこっちを見てきたが、渡す物はついさっきのコン――ゴムといったアレなグッズじゃないらしい。というかアダルトグッズだったら泣くぞ?

 そう思いながらついて行くと案内されたのは和室であり、そこの押し入れの前へと向かうと開けるように促され……開けると数組の布団が収められていた。

「一組だけ持ってけ」

「え?」

「高い布団なんか買うよりも、ちゃんと生活費に充てな。財布すっからかんにして良いのは、ギャンブル狂いのくそったれぐらいで十分さ」

「えっと、良い……のか?」

 婆さんの言葉に驚き、もう一度訪ねると婆さんは頷いた。

「ガキが遠慮なんてするんじゃないよ。ああ、でも布団はやるけど他の物や子猫用の諸々はちゃんと買うんだよ。部屋の中を猫の糞まみれにしたら、ただじゃ置かないからね!」

「あ、ああ、ありがとう……婆さん」

 俺の言葉に大家の婆さんはフンッと返事を返し、早く持っていくように促す。

 婆さんの好意を感じながら、俺は布団を一組担いで家を後にした。


 ●


「お待たせ、化さん」

「あ、はい……。えっと、まだ音は鳴っていません」

「ミャア」

 洗濯場へと戻ると布団で上手く見えないけれど、化さんはさっきと同じようにしゃがんだままだった。しかもまだ元気じゃないし……うぅん、やっぱり気まずい。

 そんな俺達の様子を知ってか知らずか、子猫は愛らしく鳴き声を上げる。

 うん、可愛い――っと、布団を持ってる状態だと洗い終わった洗濯物は干せないよな。先に部屋に置いてこないと。

「あー……っと、化さん。大家の婆さんが化さんに使ってくれって、布団を渡してきたから……置いてくる」

「はい、わかりま……え?」

 俺の言葉に返事を返していた化さんであったが、驚いてこちらを見てきた。

 まあ普通に驚くよな? だって、大家を尋ねたら布団を持ってくるなんて、俺でも驚く。

「本当に布団です…………あっ」

 俺が持っている布団を見て、彼女はポツリと呟いたが……俺と目が合った瞬間に顔を赤く染めて再び俯いた。

 ……あ、あれ? 俺って、嫌われていないのか? これって恥ずかしがってるように見えるんだけど……? それともやっぱり顔を見たくないほどに嫌われてる?

 化さんの反応に大きく戸惑いつつ、彼女を見るのだが……洗濯機からごうんごうんと音が鳴り脱水が始まった音が聞こえた為、はやく布団を部屋に置いてこないとと考え、その場を離れた。

 カンカンカンと鉄板の階段を上がり、部屋の前へと辿り着くと片脚を上げて布団を支え扉を開けると部屋の中へと入る。

 とりあえず、貰った布団は俺の布団の隣に置けば良いよな。布団を敷くときになったら少し離したりするだろうけど……。

「そうだ。晴れているし、ついでに俺の布団も干しておくか」

 そう考え、開いた窓の網戸を横へとスライドさせて窓を開けると汗臭い敷布団を窓へと引っ掛け、そこに消臭剤をシュッシュと十回ほど吹きかける。

 消臭剤が霧状で噴霧され布団へとかかり独特のにおいを鼻に感じつつ、敷布団を軽く動かして、それが落ちないことを確認すると掛け布団と毛布も広げて消臭剤をかけていく。

 布団を干せる窓はひとつしかない為、掛け布団と毛布は部屋に広げた状態だ。

 これで大丈夫だろうと開け放たれて風が入ってくる室内を見渡してから俺は部屋を出て、下へと降りると化さんのいる洗濯場へと戻る。

 そんな俺を待っていたとでもいうように洗濯機が洗濯終了の音を鳴らした。


「っ!?」

「ミャッ!」

「お、ちょうど洗濯が終わったみたいだな」

 軽快なメロディが二重に聞こえたからか、意識をそっちに向けずに俯いていた化さんの肩がビクッと震える。

 同時に子猫も驚いたようで鳴き声を上げて、尻尾をピンと逆立てた。

 そんな彼女達を軽く見てから、俺は洗濯機の蓋を開ける。

 洗濯機の中を見ると、洗濯物は洗われた影響で絡むように纏わり付き……それらを俺は零れない範囲で掴むと洗濯カゴの中へと放り込んでいく。

 若干水分を含んだ洗濯物は洗う前よりも少しだけ重く、更に纏まっているためにすぐには分かり難い。

 ……いや、一応は色から、どの洗濯物かは分かったりするけどさ――っと、制服は……うん、特に色移りも解れも起きていないから問題はない……よな?

 初めて洗った女子用の制服が問題はないことを確認すると、俺は頷いてカゴの一番上へと載せた。

「残っている物は……うん、無いな。化さん、洗濯物を干すからそこにあるハンガーと洗濯ばさみを持ってきてくれないか?」

「っ! は、はい。えっと、これですか?」

 俺が声をかけると化さんは一瞬ビクッと体を震わせたが、極力俺のほうを見ないようにしつつ指示したハンガーなどが置かれている場所へと向かう。

 うぅ、やっぱり地味に傷つく。……だけどしばらく住んでもらうことになるんだから、このギクシャクした関係を改善しないといけないよな。

 というか、まだ一日目なんだからこれは当たり前……なのか? まあ、暴言を吐かれないだけマシと思おう。

「ああ、それを10本ほどと……そっちの傘の骨みたいなやつをひとつ、いやふたつ頼む。それと洗濯ばさみは小さいカゴごと持ってきてくれればいい」

「わかりました。えっと、……あ、猫ちゃん申しわけありませんが降りてもらっても良いですか?」

「ミャ? ミャ~~ア!」

 ハンガーの量が多い為、両手で持たないといけない。

 そう考えたのか彼女は子猫を地面に降ろすと子猫は一度俺達を見たけれど納得したようにトテトテと空き地を歩き始めた。

 まるでここが自分の住処ということを学ぶかのように歩いているのだが、本当に頭が良いと思う。

「道路に出るなよー」

「ミャミャ!」

 すごい、本当に返事をしているようだ……。

「っと、分かってると思うけど物干し場はこっちだから付いてきてくれ」

「は、はい……」

 俺の言葉に返事を返しながら、化さんは掛けられていたハンガーを取っていく。カチャカチャとハンガーがぶつかり合う音がして、最後にジャララと傘の骨のような形の小物ハンガーを取った時にそれに取りついた洗濯ばさみとチェーンが音を立てる。

 それらを彼女が全部取ったことを確認して、一瞬持とうかと思ったが……渡してくれそうにないだろうと考え、俺は歩き始めた。


 背後から付いてくる気配を感じつつ物干し場の前まで到着すると持っていたカゴを台の上へと置いた。まあ、台といっても地面に突き刺さった腰ほどの高さの木の椅子っぽいものだ。

 だけどこれがあるのとないのとでは腰への負担は大きく変わる。

「それじゃあ干すからハンガーを物干し竿に引っ掛けてくれるか? えっと、それで化さんは……手伝うか?」

「は、はい、手伝って……みます」

 自信なさげに彼女はそう返事を返しながら、物干し台に乗った物干し竿へと持っていたハンガーを掛けていく。

 掛けられたハンガーをひとつ取ると俺は洗濯物の中から自分のシャツを取って、それをかけると洗濯ばさみで落ちないように挟んでから物干し竿へとかけた。

 それを皮切りにして俺は洗濯物をハンガーにかけて、洗濯ばさみを付けて落ちないようにしてから物干し竿へとかけていくことを繰り返す。

 シャツ、シャツ、Tシャツとひとつひとつハンガーにかけて、物干し竿へと吊るしていく。……一応、化さんの服などは避けているけれど、どうするべきか。いや、聞いておこう。

 本人は気づかれていないと思っているだろうけど、ハンガーを掛け終えてからどうしようかと悩んでいるようで、時折ちらちらとこっちを見てるし……。

「えっと、化さん。制服……かけてみる?」

「えっ!? あ、あの、大丈夫……でしょうか? 破れたりなんて、しません?」

「大丈夫だろ? 子供でも出来るんだからさ」

 そう言うと彼女は「じゃ、じゃあ、やってみます……」と緊張しながら返事を返し、静々と俺から制服を受け取るとそれをハンガーへとかける。

 俺が行っていた行動を真似るようにしつつも、上手く出来るか不安を抱いているというのが感じられる行動だ。

 そんな彼女の様子を見ながら、俺はシワ伸ばしのテクニックを思い出す。

「あ、化さん。シワになりそうな服のときは撫でると良いらしい」

「え、服を撫でる……ですか? い、いーこいーこー」

 緊張しているのか、それとも意味が分かっていないのだろうか、彼女は制服を片手に持つと本当に撫で始める。

 周りが見たら冗談かと思ってしまう光景だけれど、彼女にとっては真剣なのだろう。

 そう思いながら彼女を見ていると本当にこれで良いのかと疑問に思ったようでこっちを見てきた。

「えっと、真樹さん。これで合っていますか?」

「そ、そうだな……ぷっ」

 本人は不安だから尋ねたのだが、そんな彼女の様子が面白く……つい俺は噴き出してしまった。

 そんな俺の様子に変だということが分かったのか、彼女は段々と顔を赤く染め上げた。

「ま、真樹さんっ! 違っているのなら違うって言ってくださいよっ!!」

「悪い悪い、撫でるっていうのは、こうやって洗ってシワだらけの制服を手で伸ばして、シワを取っていくことを言うらしいんだよ」

「そ……そうなのですか。うぅ……恥ずかしいです」

 頬を膨らませながら怒る化さんへと謝りながら、手でこうするという感じの仕草を取ると彼女は納得したようで制服を顔へと近づけて恥ずかしがっていた。

 ……化さんは完全無欠な生徒会長というイメージだったけれど、いま目の前にいる彼女は完全無欠とか文武両道とかそんな言葉とは程遠いように見えた。

 遠くから見た姿は気高い百合の花といった感じだったのに、目の前で恥ずかしがっている彼女の姿は……、

「かわいいな」

「――えっ!? ま、まま真樹さん……?」

「っ!? い、いや、何でもない。何でも……」

 無意識に出た言葉、それを化さんに聞かれていたようで彼女は驚いた表情をこちらへと向け、先ほどと違ったように顔を赤く染める。

 同じように俺も自分が口走った言葉に大きく戸惑い、自分が言った言葉を否定するように呟く。


 ……それから、俺と化さんは何を言えば良いのか分からず、互いが互いをチラチラと見ながら洗濯物を干していった。

 早く終わらせたいと思ったからか、彼女の下着はほぼ無意識ながら俺が干したようだったが彼女は何も言わなかった。

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