落ち込む少女と励ます青年の話

 落ち込む少女と励ます青年の話


「うぅ……、本当に、ほんっとうに申しわけありません!!」

「い、いや、気にしないでくれ……。俺も、悪かったわけだし」

 本日二度目の土下座をするわたしに対して、真樹さんはお腹を擦りながらそう言ってきます。

 ですが、わたしは手と顔が土で汚れようとも頭を上げるつもりはありません。だって、真樹さんは……何も悪いことをしていないのですから!

 ただ、猫ちゃんのイタズラでわたしが穿いていた下着を口に咥えていただけで…………あ、あれ? な、何故でしょう、ただわたしが穿いていた下着を咥えられていたというだけなのに、何故だか無性に恥ずかしい気持ちになってきます。

 穿いている時の下着を男性の方に見られるのは普通に恥ずかしいと思いますが、脱いだ後の下着というのはその時点でただの布であるはずなのに……。だから特に恥ずかしくなかったはずなのに……え、あれ? あれ??


「ええっと、それよりも化さんも顔を上げてくれよ。何時までも外で土下座なんてされてると……その、何というかいたたまれなくなるからさ」

 戸惑うわたしの耳に困った様子の真樹さんの声が届き、ハッと正気に戻りますが顔を上げることはしません。

「それは出来ません……。だって、わたしは真樹さんのお腹を殴ってしまいました……」

「あー、うん。あれは良い拳だった。さすが文武両道と言われてるだけあるよ――って、言いすぎた。悪い、化さん。そんなに落ち込まないでくれ」

 しょんぼりとするわたしに対して、真樹さんは追い打ちをかけるように言います。

 その様子に気づいたのか、すぐに慌てた様子で声をかけてきました。

「うぅ……真樹さん、酷いです」

「悪い。でもさ、化さんが怒るのは当たり前だと思うぞ? だって、あの時は俺が化さんのパ、パ……パン、げふげふをしっかりと咥えてたのが原因だし」

「~~~~っ! そ、それは、言わないでください~……!」

 わたしが穿いていたパンツを真樹さんが咥えていた。

 その光景を思い出し、何故か顔が赤く……いえ、心の底から恥ずかしくなるのを感じながらわたしは彼に思い出すのを止めるように言います。

 同時にわたしは理解しました。――恥ずかしい、ああ、そうなんだ。わたしは……恥ずかしいんです。

 真樹さんにわたしが穿いていたパンツを咥えられたということを、もしかしたら……に、においも嗅がれてたかも知れないということを!

 そう思うとまた顔が赤くなってきます。

 今まで、男性との面識は殆どと言っていいほどになかったのですから、そういう恥ずかしいというのは無知でしたが……これからは真樹さんと暮らすことになるのですから恥ずかしいことが多々あるのですよ……ね?

 え、そ……それじゃあ、パンツを咥えられていたことよりも凄いことも起きたりするのですか?


「あー……悪い。でも、出来れば土下座は止めてくれ。せめてコンクリートの上でしゃがむぐらいで勘弁してくれ」

「…………はい」

 自分の考えが纏まらないまま、わたしは真樹さんのお願いに返事を返して土下座を止め、洗い場のコンクリートの上に移動すると体育座りで座ります。

 ひんやりとしたコンクリートの冷たさがお尻に届きますが、立ち上がるつもりはありません。それと真樹さんを見ないようにコンクリートの地面を見ます。

 ……恥ずかしいと理解したからか、まだ顔が熱くて……真樹さんを見ると、恥ずかしさと一緒によくわからない感情が沸き上がってくるので、彼を見ることが出来ません。

 頭上では真樹さんが洗濯機を動かしているのか、ピッピッという電子音が聞こえ……しばらくすると洗剤の匂いだと思われる香りがして、ブシャーと水が流れる音が聞こえ始めました。

 多分洗濯が開始されたのですよね? そう思っていると……下を見るわたしの視界に真樹さんの足が見えます。

「さてと、洗濯は30分ぐらいはかかるだろうから……その間に大家の婆さんに話をしに行きたいんだけど、化さんもついて行くか?」

 そんな真樹さんの問いかけに、わたしは首を横に振りました。


 ● 真樹視点 ●


 まずい、何というか……居た堪れない。

 心の底からそう思いながら、俺は地べたに土下座をする化さんを見ていた。

 というか、普通に殴られたって構わないって俺は思うぞ?

 だって普通にあれは警察案件だろうし、子猫のイタズラが原因だけど……それでも俺は彼女のパ……下着を口に咥えてしまった。

 脱いだパンツはタダの布。そんな認識でしかない彼女だけれど、許せないほどに恥ずかしかったに違いない。

 俺も開き直って、こう言えば良かったのか? 「ひゃあ! 化さんの味がすりゅぅぅぅぅ! チュバチュバ!」とでも…………うん、精神病患者かな? それともクスリで頭がおかしくなった人か? というかそれをやったら彼女からゴミを見るような目か、残念な物を見るような目で見られること間違いないだろうな。

 そう思いながら、俺は彼女の土下座を何とか止めさせてコンクリートの床へと移動させることには成功した。しかし、未だに怒っているのだろうか、体育座りをしたまま俺をぜんぜん見てこようとしない。

 少しでも彼女の罪悪感を減らすべくフォローをしようとしたのだが、嫌みになってしまったようだ。その上、パンツを咥えてしまったことを思い出して恥ずかしくなってしまう。


 彼女と話すべきだと思うのだが、何を話せば良いのか分からず……俺は洗濯物を洗うための準備を行っていく。

 カゴと共に持ってきていた液体洗剤を注水する水の量と見比べて注ぎ込み、制服の白物と色物に分けられた洗濯機の設定を弄ると蓋を閉じる。

 本当ならば柔軟剤や漂白剤を混ぜたりしたら良いのだろうが、生憎とうちにはそんなものは置かれていない。すすぎ一回の洗剤でも十分綺麗にもなるし柔らかくなるのだ。

「よし、これで良いだろう……さてと」

 蓋が閉まった洗濯機の中へと水が流れていく音を聞きながら、大家の婆さんに化さんと子猫を住まわせる話をしに行こうと思い、彼女を誘ったのだが……彼女は首を横に振って断った。

 なので、彼女に子猫と洗濯物の管理を任せて俺は大家の婆さんに会いに行くことにした。

「化さん、音が鳴って洗濯機が停止したら、洗われた洗濯物はカゴの中に入れておいてくれると助かる」

「わかりました……」

 俺の言葉に彼女は力なく返事をし、どう声を掛ければ良いのか分からず俺は大家の婆さんの家に向けて移動した。


 大家の婆さんの家はこのアパートの右隣にある古びた家であり、その家とアパートの敷地が婆さんが所有している土地らしい。

 実際にはもっとあるのだろうが、詳しくは知らないし知るつもりもない。

 まあ、この周辺の地主なのだろうなと思いつつ、家の玄関に備え付けられたインターホンを押すと中からチャイムの音が聞こえた。

 そしてしばらくすると……玄関の扉がからからと音を立てて開かれた。

「何じゃ、お前さんかい」

「えっと、ご無沙汰しています……」

 開かれた玄関からしわくちゃの婆さんが顔を顰めながら現れる。

 小柄で骨と皮しかないようなヒョロヒョロとした体形の半纏を羽織った婆さん。

 けれどその瞳に宿る力は底知れず、はるかに伸長が高い俺を下から睨みつける姿に正直ビビってしまう。

 そんな俺の心境を分かっているのか、ふんと言ってから、俺を見る。

「いったい何の用じゃ? お前さんの今月分の家賃は少し前に払ったじゃろが?」

「あ、はい。その……聞きたいのですけど、子猫と少女を部屋に住まわせたいのですが……それって普通に良いですか?」

「…………は? 何じゃって? 猫耳の生えた小娘? 妖怪か?」

 俺の言葉に大家の婆さんはポカンと間抜けな顔をした。

 さらに見当外れなことも言ってきた。

「いえ違います。昨日、家なき子になってた同い年の少女を拾って、彼女と一緒に賢い子猫も拾ったんです」

「……なるほど。流行りのネット小説のファンタジー主人公のような状況になったかと思ったが違ったようじゃの」

 すぐに冷静になったのか婆さんは頷き、俺の言った言葉を噛みしめるべくしばらく目を閉じて、それから俺の全身を下から上へと数回ほど見た。

 いったい何を見ているんだ婆さん?

「ふむ、なるほど……つまり童貞卒業の上に、お前さんが拾った女はお前さんのコレになったか?」

「………………は?」

 勝手に納得された上に、下衆い笑みを浮かべながら小指をおっ立ててきた。

 婆さんの言葉に今度はこっちがフリーズ。童貞卒業? しかも、小指? えっと、確か小指って言うと……かの、じょ?

「は――――はああああああああああああああああっ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ婆さん! 確かに化さんは可愛いよ? で、でも、会って初日に童貞卒業ってなんだそりゃ!? しかも彼女になるってどんなプレイボーイだよ!? 俺はまだチェリーボーイだよ!! ――って何言ってるんだ俺はぁ!!」

「むふふ、青いのう。青いのう。まあ、不愛想な顔をしておるお前さんがそんな軟派な事なぞ出来るわけがないじゃろうがなあ」

 慌てながら否定をしてさらに墓穴を掘るというか、掘った穴に爆弾を投げつけて土を被ってしまっているぐらいのことを口にする俺に対し、婆さんは揶揄うように俺を見て笑う。

 が、すぐに揶揄う表情から少し真剣な表情へと変わり、俺を見てきた。

「まあ、冗談はさて置き……真樹さん。お前さんはちゃんと相手の素性を知ってるんじゃろうな? 見ず知らずの遊び人なんぞ連れて来たら、お前の祖父さんに合わせる顔がないぞ? まあ、その祖父さんはお前さんぐらいの若い頃には遊びだとしても普通にそんな彼女ら養う技量はあったらしいがな」

「あ、ああ、素性ははっきりしている……。俺と同じ学校の化初さんだ。子猫は近くの公園に住み着いていた猫でたまに餌を上げていた。って、祖父さん、若い頃逞しすぎだろ」

「化じゃと? …………ああ、そういうこと・・・・・・か。良いじゃろう、お前さんがちゃんと面倒を見るんじゃよ。あとはこれをやろう」

 大家の婆さんは何かを察したようで頷く。……地主だったりするから、実は会社がダメになってたっていう情報を仕入れてたんだろうな。

 そう思いながら俺は婆さんがポケットから取り出した物を受け取り、何を貰ったのかを見た。……エッチなことに使用するゴムだった。

 ギギギッと錆び付いた機械のように婆さんを見ると、婆さんは先ほどと同じ下衆い笑みを浮かべてサムズアップした。

「避妊はしっかりとするんじゃよ!」

「しねぇよ! ――そしていらねぇよ!!」

 家賃を渡すだけの関係という、あまり接する事がなかった大家の婆さんだったが下世話なことが大好きだったことを俺は初めて知った。

 ……いや、孫がアレだからしかたがな――うっ、思い出そうとすると頭が……!

 まあ、とりあえず化さんと子猫を住まわせることの許可は取れたのだから良いとするか。

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