彼と買い物に行く少女のお話

 彼と買い物に行く少女のお話


「よし、これで良いよな。余ってる物は……うん、ないな」

 そう言って最後の洗濯物をハンガーへと吊るし終えた真樹さんは一仕事を終えて、ふうと息を吐きました。

 わたしはその声を聞きながら、真樹さんと共に干した洗濯物を見ます。

 ものほしざおに掛けれた白色の制服や真樹さんやわたしの下着が風にふんわりと揺れ、爽やかな香りが鼻をくすぐりますが……洗剤のにおいでしょうか?

 その匂いを嗅ぎ、風に揺れる洗濯物を見ながら、わたしは家で働いていた人達がいつも干してくれていたことを思い出しました。

「皆さん、いつもこんなに大変な作業を行ってくれていたのですね……」

 呟きながら、少し前まで暮らしていた家での生活が思い出されますが……もう帰ってこない日常なのだと思い出し、胸がチクリとしました。

 寂しい、のだと思います。気づけばギュッと胸元辺りに手を当てて、服を握りしめていましたから。

「……あー、今日は良い天気だからこうして干してたけどさ、雨が降ってるときは道路沿いにあるスーパー敷地内のコインランドリーを使うんだよ」

 そんなわたしの様子に気を使ってなのか、真樹さんがわたしに話かけてきました。

 ちらりと上を見上げると、彼はこちらを見ずに頬を指で掻いています。

 その様子を見て、だいぶ気遣いが出来る人なのだとわたしは内心驚きつつも理解し、彼の言葉で気になったことを尋ねました。

「こいんらんどりー、ですか?」

 ランドリーとはどういうものか分かりますよ。いま行っていた洗濯などの英単語ですよね? でも、こいん? コインというのは、硬貨……でしょうか?

 真樹さんの言葉にわたしは首を傾げます。

 そんなわたしの様子にそれが何なのか分かっていないことに気づいたのか、真樹さんはこいんらんどりーのことを説明をしてくれました。

「ああ、コインランドリーっていうのは自分達で洗濯物を洗濯したり乾燥を行うことが出来る場所なんだけどお金をだいぶ使う。だから洗濯はここで行ってから、乾燥を向こうに行ってするんだよ」

「なるほど、洗濯物の乾燥を行うのですか」

 納得しました。そういう施設があるのですね。

 そう納得しながら頷いていると、真樹さんはこちらを見てきて提案をしてきました。

「化さん。良かったらスーパーへの買い物がてらコインランドリーを見ていくか?」

「買い物ですか? 何を買うのです?」

 真樹さんの提案に首を傾げながらわたしが尋ねると、彼は指を折りながら必要な物を言い始めます。

「えっと、そうだな……今週分の食料品に、子猫の餌、それと子猫の為のトイレとかも要るよな。ああ、食料品は二倍になるようなものだから、先に銀行に行かないといけないか……」

「うっ、す……すみません」

 食費などが増えた原因、それはわたしと子猫ですよね。それを理解し、わたしは頭を下げると……慌てたように真樹さんはこちらへと手を振るう。

「いや、気にするな。俺は化さん達が邪魔で言ってるわけじゃないからさ。だから心配しないでくれよ」

「ですが……」

「まあ……申しわけないって思っているなら、お風呂で背中を洗ってもら――って、何を言ってるんだよ俺は!! 冗談、冗談だからな!」

 申しわけない、そう思っていると彼は冗談めかしてそう言いましたがすぐに自分の言った言葉を誤魔化すように慌てます。

 お、お風呂で背中を洗う……ですか? あの、狭いお風呂で……ですよね? あ、あれ、冗談って言ってくれましたが、本当にすることになったら、わたしは出来るでしょうか?

「っ! あ、じょじょ、じょうだんですよね! わ、わかってましたよ! は、はい!」

 顔が熱い、真樹さんは冗談だって言ってくれたけれど、もしかして……わたしはやろうって思っちゃっていましたか? け、結婚をしていない男性の前で裸に……?

 あ、あれ、でも……真樹さんに下着姿、見られちゃい、ました……よね?

 それを思い出すと、胸がどきどきとし始めて……また真樹さんの顔が見れなくなりそうになってしまいました。

「ば、化さん? ほ、本気にしていない……よな?」

「ひゃひっ!? わ、わかっていましゅよ!!」

 様子のおかしなわたしへと声をかけてきた真樹さんにビクッとしながら、わたしは返事を返しますが……上手く言葉が出ず、ろれつが回りません。

 真樹さんもわたしの態度で戸惑っているようですが、どう接すれば良いのか分からないようでオロオロとしています。

「なーに乳繰り合っとるんじゃお前さん達は」

「「っ!?」」

 そんな中でわたし達へと声がかけられ、わたしと真樹さんはビクッとしながら声がした方を見ます。

 するとそこには細身のお婆さんが杖を突きながら歩いており、こちらへと近づくのが見えました。

「あの……真樹さん、この方は?」

「ああ、この人はこのアパートの大家の婆さんなんだ」

「まあ、この方が!」

 真樹さんの言葉でようやくこの方が誰なのかを知ったので、わたしはお婆さんへと頭を下げます。

「初めまして大家のお婆さん。わたしは化初と申します。真樹さんから聞きましたが、お布団ありがとうございます」

「気にするなお嬢さん。家にはいっぱい使わない布団があったから、使う人が使うのが一番良いんじゃよ。それとも……」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、お婆さんはこちらに耳を近づけるように手を招くとこっそりと囁く。

「真樹さんの布団でいっしょに眠る方が良かったのかのぅ?」

「っ! な、なな、何を言ってるのですかお婆さん!」

「ふぇっふぇっふぇっ、青いのう。青いのう。まあ、自覚したらどんな風になるのか楽しみじゃわい……」

 顔を赤らめるわたしに対して、お婆さんは底意地の悪そうな笑みを浮かべますが……嫌な感じはしません。ただ意地悪なだけです。

 そ、それに、真樹さんの布団は落ち着くにおいでしたよ? こう、やすらぐ……って感じで、た……たまになら真樹さんの布団で眠りたいって思ってしまうぐらいに――って、何を考えているのですかわたしはぁ!!

 大きく戸惑うわたしを見ながら、お婆さんは優しい笑みを向けつつ呟きますが意味が分かりません。

 うぅ、いったいお婆さんは何を考えてるのでしょうか?

「婆さん、それ以上は化さんも困ってしまうだろうから、やめとけよ」

「わかっとるわい。それで買い物と聞こえたが、そこの子猫はどうするんじゃ?」

「ミャア」

 訝しむようにお婆さんを見ていると、真樹さんが間に入ってくれてお婆さんがわたしを揶揄うのを止めます。

 そして足元に視線を移しましたが、そこには周囲を歩き回って満足したのか子猫がちょこんと座っていました。

「ミャファ~~……」

 眠いのか大きく口を開いて欠伸もしていますね。

「えっと、真樹さん。わたしはこの子と待っていますから、買い物に行ってきてください」

「そうなる……か? わか――「見といてやるよ」――え」

 わたしは子猫と共に待っていると口にし、真樹さんも了承しようとした瞬間、お婆さんが突然そう言ってきました。

 真樹さんが驚いたような声を上げ、わたしも驚いてお婆さんを見ましたが……わたし達の視線を無視するようにお婆さんは子猫を招くように「ちっちっちっ」と言うと子猫はピクッとお婆さんを見てから……近づいていきます。

「ミャア、ミャア?」

「おうおう、めんこいのう。こっちで一緒に休まんか?」

「ミャ、ミャア!」

 お婆さんの問いかけに子猫は返事を返し、お婆さんの元へと近づいていきます。

 そしてスリスリと自身の体をお婆さんの足へと擦り寄らせました。

「うむ、賢いのう……ということで、真樹さんや。この子はこっちで面倒を見といてやるから、買い物をしてこい」

「あ、ああ、ありがとうな。婆さん」

「ありがとうございます。お婆さん」

 真樹さんが頭を下げ、わたしも同じように頭を下げます。

「気にするんでねぇ。こっちは好きでやってるだけじゃからな」

 笑みを浮かべお婆さんは「どっこいしょ」と言って空き地の中に備え付けられている椅子? 丸太っぽい感じのもの……ですか? に座ります。

「ほれ、とっとと行った行った。あたしゃ此処で日向ぼっこしながら、この子と戯れとるからのう」

「……ありがとうございます。ほら、化さんも行こう、出かける準備しないと」

「は、はい、その……ありがとうございます」

 真樹さんに促され、わたしはお婆さんに頭を下げてから真樹さんの部屋へと戻りました。


「財布、よし。スマホ、特売アプリ、よし。エコバッグ、よし。っと、化さん、これを着てくれ。あとこれも被るように」

「あ、はい」

 部屋に戻ると真樹さんは買い物へと出かける準備を整える為に、着ている服の上にジャケットを羽織るとわたしにもジャケットを差し出します。

 差し出されたジャケットは海外で展開する有名ブランドのロゴが胸元に付けられたもので、わたしにはとても大きく……腕を通してみるとブカブカでした。

 そんなジャケットと同じブランドの帽子を手に持ちます。

「あの、真樹さん。ジャケットは分かるのですが……帽子は?」

「あー……、そのだな」

 わたしの問いかけに彼は困った表情を浮かべつつ、わたしを見ます。

 けれど、言い辛いというわけじゃないようで理由を口にしました。

「化さんも、同じ学校のやつに俺なんかと一緒に居るのを見られるの嫌だろ? だから、化さんだって少しでも分からないように、その帽子を被って誰かってあっさりと分からないようにしてほしいんだ」

「えっ、別にわたしは……」

「化さんが見た目で判断しないし、気にしないっていうのは知ってる。でも、俺のせいで化さんが悪く言われたりするのが嫌なんだよ」

「真樹さん……。わかりました……」

 彼は優しい。怖そうな見た目と違って、すごくすごく、優しい……。

 そんな彼の優しさにわたしは反論なんてできず、素直に帽子を被りました。

「ありがとう、化さん。さて、それじゃあ買い物に行こうか!」

 真樹さんはそう言って、わたしを連れてスーパーへと買い物へと出かけました。

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