第10話冴子は何を書いているの?
だから、冴子があり文の作家だとしてもどんな本を書いているのか全くわからない。ただ、あの編集者の口ぶりだとするとかなりのヒット作を飛ばしているのは確かだが・・・・・・・・
「冴子、あり文の作家なんだな」
それに冴子は頷く。
「うん、そうだよ」
「いいな。僕もあり文の新人賞には何度も送っているんだが、どれもダメなんだ」
それに冴子は不思議そうな表情をした。
「そう?慎吾くんの作品なら受かっても良さそうなんだけど?」
「ああ、一次審査には合格したよ。でも評価シートにあなたの作品には説明が多すぎるし、暗喩を多用しすぎると書いてあった」
冴子は神妙(しんみょう)な顔でうなずいていた。
「でも、それが慎吾くんの良さじゃ無いの?」
「まあね。これでも、読みやすさには人一倍気にしているんだが、やっぱり、あり文庫、ってラノベだろ?ラノベはエンタメで、やっぱり人生観とか人間観とか、凝った世界観とか、そういうのには合わない気がしたんだよ」
冴子はまた神妙(しんみょう)な顔でうなずいていた。
「俺は昔のラノベが好きだったんだよね。でも、同時に不満も持っていた。もっと、人間としての普遍的な生き方を書いてもいいのに、とずっと思っていた。だから、20歳のとき執筆活動を始めたんだが、あり文庫にも出してみたんだが、ほら、初期の作品、マイフィロソフィシリーズは少年の生き方、考え方を前面に出したものだろ?どこも受け取らなかったんだよ。もちろんあり文も一次審査落ち」
それに冴子は熱心にうなずいていた。
「だからさ、自分の作品のカラーははっきりしているんだけど、あまりにも独特すぎて、正直言って、中西書籍、という誰でも本を売れる電子書籍に本を掲載しているんだ。正直言って、自分の本はラノベでは無い」
「でも」
冴子は言った。
「最近ではあり文もハイブリッドファンタジーとは独立して、異世界転生者のジャンルの新人賞も出しました。だから、ライトな作品はそちらにも行くんじゃあ?」
「知っているだろう?あり文の新人賞を。あそこは新人賞に応募する人を番号で登録して、応募人数を制限することで、逸れた人を次に応募できるというシステム」
「知ってますけど?」
「俺、去年、インディペンドに二作品応募してさ、二つとも2次審査落ちしたんだよね。次チャレンジできる機会が、3年後なんだ」
そうなのだ。新人賞に力を入れていると言っても、当然審査するためには編集者の質、量ともにいる。だから、一回の新人賞に応募できる作品を三作品のみとし、なおかつ、先着順で応募人数を打ち切り、外れた人には次の応募資格を得るというシステムをとっている。
それでも、応募人数は右肩上がりで、僕が次に応募できる資格は3年後だ。
冴子は複雑な表情をする。
「まあ、確かに慎吾くんの作品は硬派というよりも、純文学的ですが・・・・・」
「うん」
冴子は真っ直ぐ僕の目を見て言った。
「でも、素晴らしい作品だと思います!多分、私のよりかは・・・・・・」
「まあ、素晴らしい、と言っても万人が合意できる素晴らしさはかなり限られるよね。特に創作の分野だと、それがほとんどないに等しい」
「でも!」
冴子はなおも食い下がった。
「慎吾くんの作品は本当に素晴らしくて、私は大ファンです!それに慎吾くんも頭が良くて私は好きです。今だって、言葉遣いにとても知性を感じますし、大好きです!」
「ありがとう」
必死に僕の弁護をしてくれている冴子に僕は笑いかけた。
「冴子は本当に心が清い人だね」
「な、何を・・・・」
冴子は顔を赤くしてアップアップしていた。
「いや、事実としてそうだと思うよ。作家という存在は誰しもが自分の作品がナンバーワンだと思っているからね。それなのに、プロなのにアマの作品を見て素直に感激できるということはなかなかできることじゃないよ」
冴子の顔から熱が引いた。そして清澄な笑みをする。
「そうですね。その心は私にもわかります、だけど・・・・・」
「だけど?」
冴子は恥ずかしそうに笑った。
「同じ同業者だからこそわかるじゃないですか。その作品の良さが。私、目利きというほど、本のことわからないけど、でもあなたの作品には自分の作品に対して自負もあり読者にこびていない、それでなおかつわかりやすさにも気にかけている。それってなかなかできることじゃないと思います。どちらもバランスよく取り入れてそして、クオリティーの質を高めることがクリエーターのキモじゃないですか?あなたのペンネームはサマエルでしたよね?」
「ああ」
冴子は目をキラキラ輝かせて言った。
「あの作品には確かにサマエルの作品でした。サマエルの世界がぎっしり詰め込まれています。それは今の時代にあっていないかもしれないけど、でも、だからこそ、その中でサマエルのワールドが広がっているあの文章に、時代とは逆流しても、なおかつ力強く、繊細なあの文章に私は心惹かれました。確かにあなたの作品は、純文学なのか、エンタメなのかわかりづらいところもありますが、しかし、枠に囚われない作品だからこそ、私は心惹かれたのです」
「ありがとう」
そう、僕は照れ臭さそうに言った。
実際に照れ臭かったのだ。僕にはわかる。プロになることがどれだけ大変か。冴子がどんな小説を書いているのかはわからない。でも、どんなヘボなプロであっても、プロには無無条件になれない。なれたということはある一定の能力が認められたということだ。
そんなプロに認められることはかなり恥ずかしく、しかし誇らしいことだった。
そして、ふとした疑問が頭をよぎった。
「そういえばさ」
「ん?」
冴子は目をくりくりとさせてこちらを見てくる。
「冴子はどんな作品を書いているの」
「私の作品は『俺、異世界に行って無双勇者になります☆』が代表作かな?」
「え?」
その言葉に僕の時は止まった。
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