慧眼の士 ――手術の結果は、そして藤山は私に

 吉原先生が目を覚ますのはもう少し時間がかかるということで、忙しい東さんと一緒に毬恵さんは帰って行った。

 藤山さんは東さんたちを見送った後で、談話室の方向を目配せしたので、病室に行く前に二人で立ち寄った。

「本当に良かったです。これで吉原先生と幸せな毎日が送れますね」

 私の祝福の言葉に藤山先生は軽く頷き、私の顔をじっと見つめた。

「三上さん、君はどこから来たのかな?」

 突然の質問に私は戸惑った。


「いや、詮索するつもりはないんだ。君のおかげでずいぶん助かった。だから答えなくていいが、私が思ったことを話させてくれ」

 藤山さんは柔和な表情で私を落ち着かせようとした。

「私は君のことを怪しんだり疑っているわけではない。人間として信頼している。そして吉原先生のことでは感謝もしている。だが、他の人から君のことを聞くと不思議なことばかりだ。年取って柔軟性に欠けてるからそう感じるのかもしれないけど」


 しかし藤山さんの澄んだ瞳は聡明さを証明している。

「君は今日の慎二の大きな助けと成る医療機器の改良を、昨日一瞬でやってのけたという。更には丈晶の選挙のために普通では考えられない支援を、軽々と実現させているとも聞いた。この一連の神ともいえる仕業を、慎二は君は失われた過去の世界で凄腕のSEだったと、単純に片付けている」

 何も言えない私に藤山さんはニコッと笑った。


「慎二の単純で信じやすい性格は愛すべきところだが、私のような人間にはどうしても疑問が残る。それはコンピュータに関しての君の凄い腕前にではなく、それ程の腕を持っている君の見た目が異様に若いことだ」

「見た目がですか?」

「ああ、慎二はコンピュータは若くて凄腕がたくさんいるとは言ってた。私はレベルの問題よりも、自分のすることに対する君の自信に興味が惹かれる」

「自信ですか……」

「そうだよ。若くて天才的な才能は確かにあることかもしれない。でもね、そういう場合でも、君のような自信というか、自分のやることに対する確信は、何度も成功した経験がないと難しいものだ。ところが君は命が掛かった場面でも、平気ですることができる」

「平気というわけではないですが……」

「もちろんだ。吉原先生のためにやってくれたことは分かっている」

 藤山さんは少なくとも咎めているわけではなさそうだ。


「ただ私の追及に対しても慌てて否定せず、今みたいな好奇心に満ちた顔をするよね。その子供のような探求心とどこまでも落ち着いた物腰が、私に強い興味を抱かせる」

「いやただ鈍いだけだと思いますが」

「そんなことはない。私は今まで鈍い人間を何人も見てきた。だが、君はそういう人間よりも何倍も細やかで繊細な神経を持っている」

 所詮私ごときでは、藤山さんの人間観に及ぶところではない。偉大な観察者の追及は、私には却って心地良かった。


「昔見たテレビドラマで未来から江戸時代に来た医師が、未来の医療知識と技術で、次々に人の命を救う物語があった。その時の主人公も君のようだった。だから君がその未来から来た主人公と被って見えるんだ」

「聞いてて複雑な気分なんですが」

「申し訳ない、突拍子のないことを直接聞いてるという自覚はある。ただ慎二や丈晶のような大雑把な人間は君を素直に受け入れるが、柴田君のようにある意味鋭い人間はさっきのように疑問を持つ。そこは気をつけた方がいいと、忠告したいだけだよ」

 やはり先ほどは意図的に救ってくれたのだ。藤山さんの思いやりが温かく感じた。


「ありがとうございます。今後気を付けます」

 私が素直に礼を言うと、藤山さんはまた嬉しそうな顔をした。

「ああ、年寄りの戯言だと思って、流してくれればいい。そうそう、さっき慎二が君の発明を医学の進歩のために発表するんだと息巻いていたから、今の君の状態だと迷惑になるよと止めておいたから」

 慧眼の士はそう言って吉原先生の病室の方向に消えて行った。


 この世界に来てから、こんなに明確に私に関する考察を口にされたのは初めてだった。それもかなり的確に言い当てている。

 ただ幸いなことに、それを見抜いたのが藤山さんだったので、特に詮索されることもなく受け入れてもらえた。貴重なアドバイスも頂いた。

 この世界に来てから出会う人間には恵まれていると思う。慎二先生を始めとして、みんな私に対して好意的だ。それで少しばかり新しく出会う人との接し方に、油断が出ているのかもしれない。


 腹腔鏡の改良の件も、藤山さんが止めてくれなかったら、大変な騒ぎに成ったかもしれない。

 この世界の書物やテレビドラマで見るような利害相反者や、私に対して悪意を持って接してくる者が現れる可能性もある。

 その前に藤山さんに出会い、アドバイスを貰ったことは、まだまだ私はついていると思う。

 私がこの世界に来てしまったのは、単なる物理現象による事故かもしれないが、少しだけこの世界でよく語られる運命を信じたい気持ちが芽生えてきた。

 さあ、私も家に帰って、親愛なる人たちに今日の吉報を伝えよう。

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