第15話 アメノトリフネ


 蟲機を作ったのは人間の自殺行為。あんな存在が自然にいるわけはない。それは確かだ。


「核融合炉積んだ巨大な生物なんて、そりゃ自然発生はしないだろうけどさ」

『蟲機を作った目的は知らんが、ともかく人間を滅ぼそうという意思がありそうだ。それを人間が作ったのなら自殺行為以外のなんでもないであろう』

「特定の誰かの自殺行為に巻き込まれてるだけだろ」

『いずれにせよだ、これ以上人類に死なれると我だって困る。いざって時メンテナンスできないではないか』

「あーおまえソフトウェア苦手だからなぁ……」


 あちこちからしていた爆発音が収まっていく。ほぼ全て蟲機が殲滅されてきたのだろう、蟲滅機関のおかげで。蟲滅機関のおかげで。大事なことなので二回言いました。


「しかし木質部まで破壊されるとなると、本気でセントラルの状況はまずいですね」


 そういうのはマキナだ。木質部って蟲機が食ってたとこだったか?ちょっと聞いてみるか。


「木質部ってなんだよマキナさん」

「セントラルの構造の中核を担う部分です。植物の幹や根の構造を有しています」

「何故植物なんだ?」

「比較的大きな構造を形成できる生物組織は何種類かありますが、その一つが植物だからです。核融合炉で生み出した電力を有効活用したいからという面もあります」

「核融合炉の?」

「はい。電力と植物細胞を利用して二酸化炭素の固定を行い、得られた有機物で巨大な構造物を形成します。本来の植物が行う光合成の代わりに、電子伝達系を利用するのです」

「まぁいうなりゃ、葉と太陽の代わりを核融合炉と培養組織に任せてるってこった」


 ノジマが話に入ってきた。葉って植物の緑の薄いやつか。


「でもセントラルの隔壁、植物っぽいとこ無いんだが」

「木質部の周囲には炭酸カルシウムを主体とした壁があります。これは貝などのような生物を基に造られていますね。セントラル付近はカルシウムが少ないのですが……」


 あたりを見回すと、隔壁に大きな穴が開いている。内側から爆発してしまったんだな……これを直すのは手間だぞ……そんなことを思いながら穴を覗き込んでいるとだ。


「おい、ムシコロン、あれは……」

『こんなところに……あったか……』


 穴の奥に、細長い何かの影が見える。小さな人影がその近くにあるところを見ると、かなりの大きさである。


『アメノトリフネ……』

「こいつか!これがあればなんとかワシントン目指せるか!」

『ああ。すぐに動かせるかは分からないがな』


 俺たちのそのやりとりを聞いて、蟲滅機関のメンバーもざわめき立つ。


「船!?本当にあったんだ!?」

「聞いた話だが、こいつ空飛ぶらしいぞ!」

「空はおろかかつては宇宙にすら行ったことがあるって!」

「宇宙ってなんだよ!?」


 ざわざわとそんなことを話していると、一人の男が突然蟲機の穴から現れた。誰だこいつ?いつからいたんだ?


「まだこのようなものが残っていたとは……人類、つくづく度し難い存在だ」


 何言ってんだこいつ?人類?おまえも人類じゃないのか?ムシコロンを睨みながらそいつがいう。


「ネオニコチノイドの大量散布……『虫を殺す神』か?大層な名前をつけたな」

『まさか……そんな……死んだはずではないのか貴様は!?』

「私のことを知っていたか」


 ……いや待て、こいつを見たことはないか俺も?思い出せない。ニュース記事の動画にいたか?蟲滅機関のメンバーも銃口を向けている。それにもかかわらず、そいつは恐怖を一切感じていないような素振りである。穢らわしいものでも見るかのようにそいつが俺たちを睨みながら、こう言い放つ。


「『天使』たちをずいぶん倒してくれたな。お前たちからは血の臭いがする」

「……倒したことはない。人の姿をして羽生えてるような天使は」


 キリュウがそう答えたが、多分そういうことじゃないと思う。


「……世界の浄化に抗う穢らわしい人間どもが。私の天使たちに手をかけてきたではないか」

「世界の浄化?」

「人間がこの世界から消滅することが、世界の再生に繋がるのだ。わからないか」


 全く理解できないことを言いやがる。いや、このものいい……やっぱりニュースで見たことがあるやつだぞ?


「天使たちでは力不足か。やむを得ない。『大天使』を使わざるを得ないな」

「天使だの大天使だの、いったいこいつはなんなんだ!」

『ノジマ、こいつは我のデータが確実なものであるなら、世界最悪の殺人犯だ!自称『神の代行者』ヨハンソンだぞ!』

「バカいうなムシコロン!ヨハンソンが死んだのは30年は昔だぞ!?」


 ノジマの言うとおり、俺の産まれる前に世界をこの惨状に変えた悪魔がヨハンソンだ。だが、目の前の男はせいぜい20代にしか見えない。


「ヨハンソン!?ヨハンソン!!貴様はぁ!!私の家族をおおおお!」

「お、おいタナカ!?」


 保安部のタナカって人がヨハンソンに殴りかかろうとした。その瞬間、突然タナカが前のめりに倒れた。


「なっ!?今、何が!?」


 ユウナがタナカの首に手を当てる。目を閉じて無言で首を横に振る。


「……そんな……」

「他愛ない。大天使の前には無力だと、何故理解できない?」


 いつの間にか、ヨハンソンの頭上に巨大な蟲機が現れる。


「逃げて!みんな逃げてぇ!!」


 ユウナが叫ぶ。それと同時に、騎将キャリバー全員がその場を離れる。地面から焦げたような臭いがした。


「先程の害虫とは違って駆除に手間がかかりそうだな」

『超高出力のレーザーを照射したのか!?気をつけろタケル!こやつはこれまでのムシケラとは次元が違うぞ!』

「だが、ムシコロンはそう簡単に破壊できないだろ!?突っ込むぞ!」

『遺憾だがそれしかあるまい。ブーストぉ!!』


 俺たちはレーザーを食いながらも、そのまま芋虫のような異形の大天使とやらに突進してゆく。


「滅蟲極撃!ムシコロン・貼山靠てんざんこうぉ!!」

『くらええぇぇぇ!!』


 肩から背にかけての体当たりを喰らわせながら、ブーストを全開にする。レーザー発射部位をかなり破壊できた、そう思った瞬間、高速回転され俺たちは壁の穴の方に吹っ飛ばされる。


『当たり負けたか』

「でかいんだよ芋虫野郎!ムシコロン、ヤバいぞ」

『アメノトリフネの手前にまで吹っ飛ばされたのか!奴が船を破壊したらまずい!』


 俺たちは移動しようとしたが、機体のダメージが想像以上にデカい。くっそこのままだと死ぬぞ俺ら。何か、何か手はないか!?目の前のアメノトリフネからは太い電源ケーブルが出ている。しかも配線が何故か外れている。


「ムシコロン!電源ケーブルが」

『ミドウがもう外す準備をしていたんだな!仕事が早くて助かる!タケル、我に接続せよ!』

「わかった。うまく行ってくれよ……」


 アメノトリフネからの電源ケーブルを接続し、電源を再起動する。……やったぜ。


『エネルギー供給確認!これなら縮退炉が動かせるぞ!!』

「マジか!それならあいつに一撃喰らわせられるな!」


 ヤツはデカいからなのか、穴を大きくしようとレーザーで隔壁を焼いている。こっちに来るなら来い!さっきまでのムシコロンとは一味違うぞ!


『縮退炉起動完了!……兵装の9割使えないだとぉ!?』

「さっきのダメージもあったか。何か使えるの無いのか……これしかねぇ!だが、無いより全然いい!」

『この一撃喰らわせられるなら全然余裕だ!さっさと来るがいい!』


 蟲機の中からヨハンソンの声が響き渡る。乗れるのかその蟲機?


「お前たちには単なる死ではなく、絶望を与えてやろう」

「は?調子こいてんじゃねぇぞ?その台詞そっくりそのまま返してやんよ」

『汝の野望、ここで潰えさせてくれる!』

「害虫どもめ……舐めるなぁ!」

『縮退炉出力全開っ!うぉっ!?機体が持つのか!?』

「縮退炉……だと!?」


 ヨハンソンが初めて驚きの表情を見せる。散々ここまで舐めた真似してたくせによ!ムシコロンが機体を赤熱させつつ、機体を捩らせながら


「もう遅い!重力発勁!必殺蟲拳!!ムシコロン・グラビトン・ナックルううぅぅ!!!」

『超重力の威力、その身で味わえヨハンソン!』

「ぐおおおおぉぉぉぉ!!」


 発勁は運動量である。重力とそれに対する反発力を利用して、単なる打撃を上回る打撃力を発生させる。では、?重力の渦に巻き込まれ、大天使と称された蟲機は巨大な残骸と化した。ヨハンソンはどうなったんだろう。なんだったんだあいつ。


『くっ……今の機体でこの技を撃つのは無理があったか……』


 だがムシコロンも代償が半端では無い。無理に大技使ったせいで機体の修復やり直しかもしれない。とはいえだ。


「でもあいつ倒せなかったら機体残んなかったから、死なない以外は致命傷だろ」

『それを言うならかすり傷だ。だが言えてるな』


 俺たちはしばらく馬鹿みたいに笑った。アメノトリフネの船体は、静かにそこに佇んでいた。




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