第5話 暁の出撃


 蟲滅機関のメンバーに事情聴取を受けたが、いままで知らない世界を垣間みることが出来た。知らない世界といえば、俺たちはこれからこの地下から、地上の無数の蟲のいる未知の大地を目指さねばならないのだ。


 久しぶりにまともな寝具ベッドで俺とミナは寝ている。これまで苦労をかけたが、命がけの逃亡生活だったから仕方がない。ミナは静かに寝息を立てている。俺は少し頭の中でこれからのことを整理していた。


 最終目的地はワシントンD.C.という、かつてアメリカと呼ばれた場所にある(まだアメリカという国が存在する可能性もある、とはムシコロンは言っていたが)。そのNCBIという生物情報データベースにアクセスできれば、ほぼ確実にミナの治療が行えるだろう。


 だが、そこまで行くには地上の無数の蟲を突破しないといけない。仮に突破でき、たどり着いたとしても、帰りをどうするのか。いくらムシコロンが蟲を羽虫のように潰せるとしても、無数の蟲の前では食い尽くされるのはこちらなのかもしれない。


 だとすると、俺たちだけで向かうというのは現実的ではない。ムシコロンは強力な味方だが、さらに味方が必要である。とはいえ蟲滅機関のメンバーを誘うというのにも無理がある。彼らには何もメリットがない。やはり俺たちだけで向かうしかないのか……。


 ……これからのことを考えているうちに、いつの間にか眠りについていた俺を目覚めさせたのは、けたたましい警報音だった。


「……なんだっ!?」

「……うるさいなぁ……タケル、何が起きてるんだろ?」


 俺たちは服を着て、通路に出てみた。蟲滅機関の制服を着た人々がせわしなく走り回っている。走っている人に聞いてみる。


「何が起きたんだ?」

「実験プラントへの蟲機の襲撃だ!数は100以上!」

「なっ……」


 さすがにまずいだろ。実験プラントってのが何かよくわからないけど、100もの蟲機だと、セントラルごと全滅しかねない。俺たちも格納庫に急ぐ。


「ムシコロン!すぐ出られるか!?」

『……タケルか?出られるかどうかでいうと出られるが、まだ修復率が30%未満だぞ』

「……蟲機100機は無理か?」

『厳しいが、向こうから獲物リソースが来たのに行かないわけにはいかぬな』

「よし、なら出るぞ!ミナ、行ってくる!整備員さん!」

「気をつけてね!」

「わかったミナ!プラントへの道には矢印だしとく!それに沿って進め!おい、お前ら!ムシコロン、出るぞ!踏み潰されたくなかったら退避しろ!」


 俺たちを見送るミナを横目に、ムシコロンに乗り込む。整備員長が整備員たちに怒鳴りつける。それを聞いてみな退避してゆく。俺たちは退避した整備員たちの間を、ゆっくりと移動する。


神経接続ナーブコネクト完了。ステータスグリーン……早くオールグリーンと言ってみたいものだ』


 ムシコロンのぼやきの通り、あちこちのセンサーパネルが赤やオレンジの色で染まっている。直すのに暇も必要だが、リソースが足りていない。材料が圧倒的に不足している。そういう意味で、ムシコロンにとっての捕食対象の蟲機が、向こうから来てくれるのはありがたくなくもない。そうだ。


「ムシコロン、操作方法そのうち俺にも教えてくれ」

『できたら教えたくないが仕方がない。我の機能がダウンしている場合もありうるからな。その時は我ほぼ終わりだが』

「万が一そうなったらなんとか逃げるくらいはしてやるから、教えておいてくれ」

『そうなりたくはないな……』


 などと言いながら計器の確認を急ぐ。お、少しくらいならジャンプできそうだ。


「お、ブーストジャンプができるようになったか」

『可能だ。推進剤の水も確保できたしな』

「お前水で飛ぶのか?古代の本にあったペットボトルロケットってやつか?」

『全然違う!核融合炉で出たエネルギーを基に、水分子を水素と酸素に分解、反応させガスを出す推進だから!』


 ペットボトルロケットじゃないのか。残念ながら。核融合炉ってのも以前読んだ本に書いてあったな。


『早く縮退炉を復旧させたいが、そのための出力確保しないと……出力もっと上げたい……』

「今の出力と比較してどれくらいなんだよ」

『1シリンダーしか使えてないからな。縮退炉はともかく、補助核融合炉と比べても最大出力の1/16以下だ』


 おい、だとすると最大出力どんだけあるんだ?補助核融合炉以外の縮退炉ってのはどこまで高出力なんだ?強化歩兵何機分だ?俺ヤバいやつ復旧させてしまったのか?


「シリンダー復旧のためには何がいるんだ?」

『完全復旧には生体核融合炉が必要だ。上位蟲機には核融合炉搭載機もあるからな。そいつらを撃破して融合捕食したいところだ』


 上位蟲機ってなんなの。今戦ってるやつは上位じゃないんだろうけど。


「前に戦った蟲機はあれなんなの」

『下位機体に決まってんだろ、あんなムシケラども』

「聞いた俺がバカだった。それじゃムシケラいくら倒してもダメだろ」

『材料が集まれば直せるシリンダーもいくつかあるから、まんざら無駄ではない』


 それを聞いて若干だがやる気も出てきた。格納庫から洞窟をブースト移動しながら進む。ここの通路狭いんだよ。


『通路の整備しないとそのうちぶつけそうだ』

「勝手にはやるなよ」

『さすがにやらぬわ』


 軽口を叩いていると、案内の矢印が通路に出てくる。青い光のそれは、生体組織と電子回路を組み合わせたものだと聞いている。


「プラントはこっちか」

『矢印に沿って進むとそうなるな』


 ブースト移動のおかげで一番乗りした俺たちは、地下であるにもかかわらず大きな空洞に出た。しかも地下なのにだ。天井から赤い光が差し込む。


「なんだ、この赤い光は」

『朝焼け、だと?まさかここは外なのか!?』

「あさや、け?」


 朝も夜もなく人工の光で過ごす俺たちは、そんなことがあると、まだこの時は知ることもなかった。蟲の影が、俺たちと赤い光を遮る。


『そんなことより、来るぞ!』

「飛行型の蟲機か!よし!ムシコロン・ブーストタックルっ!」

『……単なる体当たりだろうが!』


 蟲機の身体が数倍の大きさのムシコロンによって吹き飛ばされ、空洞の壁にぶつかり、そのまま動かなくなる。


『くっ、機体が汚れる!』

「まだまだ来るぞ!」

『タケルよ!格闘だけではこの数は厳しい!』

「わかってる!実装したあいつ、まだ使用可能じゃないのか!?」

『あと数分だ!ここから全部回避して持ちこたえる!吐くなよ!』


 俺たちは逃げ回りながら、時々殴ったり体当たりしたりして数体の蟲機を破壊する。むろんそれでは焼け石に水だ。だが、誘導はうまく行っている。時間は稼げている。十分に固まったところに!


『来たっ!システム・グリーン!FCSバインド!行けるぞ!』

「逝っとけムシケラども!蟲殺霰弾!ムシコロン!シュウウウゥゥゥタアアァ!!」


 無数の霰弾が、蟲機たちの身体を貫いてゆく。蟲機たちは、しかし未だ飛行している、ように見える。


『やっ……てないぞ?』

「焦るなムシコロン。効いてくるぞ……霰弾の威力思い知れ!」


 蟲機たちの挙動がおかしくなってきた。壁に張り付くもの、まるで制御を失ったようにふらつきながら飛ぶもの。


「蟲機の身体は、主に生体核融合炉と外骨格を組成する蟲体からなるよな。蟲体も昆虫からできている以上、効かないわけがない、がな!」

『本当に殺虫機になってしまった……』


 そういうムシコロンだが、そもそも素手でプチプチ蟲機吹き飛ばしてた時点で殺虫機だから、もう遅い。壁や地面に落ちてゆく蟲機たちを見つつ、残敵を掃討し始める。蟲機たちは飛んではいるが、それこそムシコロン・タクティカル・デコピンの一撃で倒せる状態になっている。実際、やってみたら倒せてしまった。


 蟲機を片っ端から片付けていくうち、天井からの赤い光が白い光に変わってゆく。空洞の中がはっきりとわかるようになってきた。空洞の地面には水が張ってあり、無数の緑色の何かがそこからつきだしていた。


「これは……一体なんなんだよ!?」

『プラントとは、植物プラントだったのか!?地下で植物を育てていたのか!?』

「ムシコロン、植物って……これが、植物なのか?」

『そうだ。これが、植物だ。おそらく誰かが意図的に生やしている。これらはなんらかの作物だろう』


 ムシコロンがそういうのを聞きながら、俺はその光景をしばらくの間、眺めていた。美しい、そう思った。プラントに蟲滅機関の強化歩兵パワートルーパーや、蟲滅機関の制服を着た面々が到着する。


「蟲機はどうなったんだ!?」

「ノジマさん。ムシコロンがやってくれたみたいです」

「全滅させたのか」


 口々にメンバーが俺たちに問いかけてくる。俺も地上に降りてみよう。ムシコロンから降り立ったその時、一人の髪の毛が長く白い男が、俺のそばにやってきた。


「ありがとう、おかげでプラントが守られた」

「あんたは?」

「先生!まだ身体が良くないんじゃ!?」


 そう言ってマキナが駆け寄ってくる。男はにこやかにこう名乗った。


「私は……そう……ククルカンです。よろしく、タケルくん」


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