第4話 生きてきた意味



 先ほどとは違ってあっさりと蟲滅機関の本部についた俺たちだが(あんなことが何度もあってたまるか!)、通路などとは違い、全てが平面で構成された無機質な機関の部屋の入り口で、ノジマが酷いことを言ってきた。


「しかしくせぇな……お前ら、くせぇ。くせぇんだよ」

「俺はともかくミナは臭いわけねぇだろ!どういうつもりだ!?」

「どういうつもりもこういうつもりもねぇよ、お前ら最後に風呂入ったのいつだよ」

「いつだったかな……」


 ノジマがさっきの男たちに向ける目とは違う目で、俺のことを睨んでくる。悪かったな、逃亡生活で風呂なんて入れないんだよなかなか。 


「意図なんてねぇ。普通に風呂入れって言ってるんだ」

「そうか。悪かった」

「悪かったと思うなら風呂入るぞ風呂」


 こうして俺はノジマに、風呂に半ば無理矢理入れられる。きちんと洗えよとしつこく言ってきた。ノジマって案外世話焼きなのかもしれない。身体を洗わず風呂に入ろうとしたキリュウをはたいてたりしたが。きちんと洗えよ。


 男三人でしっかり身体を洗って(ノジマはいつのまにか切り傷に絆創膏付けてた)風呂を堪能してから部屋に戻る。◯か月振りの風呂だ。ノジマに臭いと言われても仕方ないか。


 マキナとミナは既に風呂から上がっている。近づくとミナからいいにおいがする。元々いいにおいする気がするけどな。


「タケルのにおい、いいにおい」

「ミナのにおいもいいにおいじゃねぇか」


 と俺がミナの頭をかいでいると、タオルだけ上半身にかけた半裸のノジマがやってきて俺たちのにおいを嗅いできた。


「よし。これでいいんだよ」

「うわ……筋肉すごい」


 ミナさんよ、目を輝かせながらノジマの筋肉ジロジロ見ないでください。ついでで俺の方まで見てくるし。


「タケルはもう少し筋肉つけてもいいかも」

「ガリガリじゃねぇか。きちんと食ってねぇだろ。もっと食え」

「そうなんですよもっと言ってあげてください」

「と。妹もそう言ってるじゃねぇか」

「いも……いやその私はいも」

「いいもの食って家族にもいいもの食わせろ、わかったな」


 本当に面倒見が良すぎるだろノジマ。これで服さえ着てくれたら、そう思っていると風呂上がりのマキナもやってきた。


「ノジマさんは他人の面倒見る前に服を着てください」

「風呂上がりなんだからあちぃんだよ」

「男とはいえ、みだりに他人に身体見せるものではないです」

「見せて恥ずかしいもんは見せてねぇからいいだろうが」

「なっ!」


 などどわいわいしていると、食事にしないかという話をマキナにされた。確かにいろいろあって腹も減ってきた。


「それで今日はなんなんですがキリュウ」

「先生が米を所望されている。賞味期限も近い米だし。カレーにしようと思うが」

「カレーなんて香辛料そんなにないですよ」

「仕方ない、炒飯チャーハンにでもするか」

「ちょっと待った。カレーとか、チャーハンって、なんだ?」


 俺の発言に、蟲滅機関のメンバーがきょとんとした顔をする。いや本当になんなんだよカレーとかチャーハンとかって。ノジマが呆れたようにいう。


「タケルお前、炒飯知らないのか」

「だからなんだよそれ、食い物なのか?」

「私も知らない」


 ノジマが俺たちのことを、可哀想な子供を見る目で見てきた。


「普段何食ってんだよお前ら」

「圧搾食とか培養液とか……逃亡前はセントラル支給の流動完全食フルミールとか」

「そういえば私たちも、先生の指導でいろいろ食べるようにする前はそんな感じでしたね」

「あんなものしか食べ物だと思ってなかったんだったな……」


 マキナとノジマはそんなことを言っているが、勝手に納得されても困る。だからチャーハンとはなんなんだよわかんねぇよ。そんなことを思いながらしばらく待っていると、キリュウが器に何かをよそって持ってきた。湯気が出てるな。


「これだ。食ってみろ」

「これか?……なんだこのうす茶色の長細い小さいつぶつぶと、黄色や緑のつぶつぶ」

「長細いのと四角いと変な形のがあるね……」

「バカなことを言っていないで食ってみろ」

「キリュウ、バカなこと言ってるのはお前だぞ。いきなり見たこともないもの見せられて食べろと言われて食うやついないだろ」

「……俺がバカで悪かった」


 ノジマのいうことは正論で、目の前の珍妙なものを見て、はい食ってみろと言われて食うのは勇気がいる。だが、これは食わないわけには行くまい。スプーンを手に取る。蟲滅機関のメンバーが俺たちを見ている。食いにくいだろ。ええいままよ。


「ミナ、俺から食ってみる」

「大丈夫なのタケル?」

「お口に合わなければやめてもかまいませんよ」

「いや、食べる」


 少なくとも、この食物はにおいがいい。腹も減っているからきっと食べられはするだろう。スプーンで長細い粒をすくって口に運ぶ。口の中で未知の世界が広がった。


「……う、う……うま……う……」

「おいタケル?」


 それ以降はもう、無言でスプーンでもう一口すくってはすぐに飲み込むを繰り返す。口の中で黄色いフワッとしたものがつぶつぶの旨辛さ、香ばしさと相まってもうスプーンが止まらない。ああなんで俺の手は、口は遅いんだ!アクセントの緑の苦味がまた!


「タケル!?ちょっと!私も……お、お、おお……」


 ミナも言葉にできない反応をしながらも、スプーンを運ぶ手は止まらない。食うに事欠いているというわけではない。ただ、こんな食べ物がこの世にあることを、俺たちは知らなかった!知らなかったんだ!気がつくと、俺たちは涙を流していた。


「こんなものが……この世に、あったなんて……」

「そんな大げさなことを言うんじゃない」

「キリュウお前、そんなんだからバカって言われるんだ。二人は生まれて初めて食ったんだこれ」

「喜んでもらえてよかったです」


 二人してほとんど何も言わずに食べたのを、蟲滅機関の人たちがろくに食べてない子供が食べてるのを見る目で見ていた。食べ終わってしばらくして、マキナにいくつか椅子のある部屋に通された。キリュウたちも続けて入ってきた。


「さて。遅くなりましたがいろいろ聞きたいことがあります。タケルくん」

「はい」

「そもそもなんですが、あなたは何故演算機ターミナルが使えるんですか?」

「それは親が教えてくれたあと、本で学んだからだ」

「学んだ……まさかと思うがタケルは『けだものの子』なのか?」


 そう言ったキリュウの後頭部を、勢いよくノジマがはたいた。


「バカ野郎、それは言っちゃいかんやつだろが!」

「……つっ……しかしだノジマ、そもそも普通に生まれてくるなら、生まれるまでに『学習』は済ませてあるはずだ」

「そうだ。俺はセントラルの人工子宮からではなく、父親と母親から産まれた。だから『学習』もしていない」

「そんな……よく産めましたね」

「両親はこっそり産んだと言っていたな。そのあと、ミナを連れてきた」


 けだものの子、自然出産で生まれた人間を差別的にいう表現である。セントラルの人間のほぼ全ては、人工的に選別された受精卵と人工子宮から産まれてくる。今度はキリュウが、その言葉を使わないように聞いてくる。


「ミナも……なのか?」

「ミナは違う。だが、両親からは『廃棄』されるはずだった受精卵だったと聞いている」

「廃棄?しかしミナは特に外見的に変なところはないが」

「受精卵の基準を満たしていない廃棄受精卵というものがあるらしい。生育上問題ないのに廃棄することもあると聞いている」

「そうか」

「私たちはなるべくこっそりと暮らしていましたが、私が蟲化病に感染したので保安部に捕まろうとしている時、二人が流してくれました。その時、二人とも……」


 ミナがそう言うと、みんな黙り込んでしまった。しばらくしてから、足をテーブルに投げ出した胸元開けすぎのノジマがぼやく。


「たく、保安部の横暴は目に余るものがあるぜ」

「処置に関しては現時点ではやむを得ないことです。しかし、その処置にあたってもルールがあるはずです」

「そうなのか?家族が引き渡さなかったらどうするんだ」

「おいキリュウ!お前それやったら保安部と同じだぞ!」

「蟲化病の処置なんて俺ははじめてやる……だから、蟲滅機関で処置をやったことのあるメンバーと同行してやり方を教えてもらった」


 でもそれにしてはやり方乱暴じゃねぇか?おかしいだろいろいろ。あっ、まさか。


「キリュウさん。あなたと一緒にいたのって」

「……蟲滅機関の制服は着てたが……先程のあの保安部の奴らだ」

「全く!キリュウは、蟲機倒すのと顔と声以外いいとこないじゃないですか!」

「すまないマキナ」

「このバカがすまねぇ」


 ノジマが頭を下げてきた。キリュウも頭を下げる。ふと思い出したようにノジマが聞いてくる。


「しかし蟲化病の軽減ができたっていうムシコロンの話、本当なのか?」

「はい。身体の痛みがどんどん無くなってます」

「蟲化病の症状軽減、嘘ではなさそうですね。採血させてもらえませんか?そのあとみんなでムシコロンにも事情聴取しましょうか」


 こうして俺たちは、ミナの採血が済んだあと、今度はムシコロンのところに行くことにした。格納庫では、何故かムシコロンがホースをつまんで、身体を自分で洗っている。そういうの整備する人の仕事なんじゃないかな。整備の人たちとムシコロンが何か話している。


「ムシコロン、おつかれだったな。助かったよ荷物移動」

『うむ、役に立てて何よりだ。こちらも水が借りられて助かった。泥まみれだったからな』


 自分で自分を洗う機体って整備員いらねぇな。


「ムシコロンー」

『タケルか。機体の洗浄をさせてもらっている』

「格納庫の整理を色々手伝ってもらって助かりましたよ」

「ムシコロンは何手伝ったの?」

『おおミナ。うむ。資材の移動などをやっていた』


 強化歩兵パワートルーパーの資材も結構な量があり、これを人力で動かすのは至難の技だろう。マキナがムシコロンに聞く。


「ムシコロン、お伺いしたいことがありますが、ミナさんの病状です」

『進行を抑制できてはいる。だが、ずっと放置はできんぞ。あのままでは2ヶ月もたずに蟲化していただろうが……』

「今はどのくらい持ちます?」

『一年』

「……それでも余裕ができたと思うべきだな」


 ノジマの言う通りで、2ヶ月が一年というのは大きい。大きいが、治せないなら結果は変わらないのだ。


「感染リスクについてはどうです?」

『充血吸虫の放卵サイクルは止められている。確認して欲しいが、二次感染はまず大丈夫だろう。……ミナの生死に関わらずな』

「生死とか言うな!まだ治す方法はあるんだろ!」

『すまぬタケル。だが、覚悟だけはしておいて欲しい。我がいるうちは抑制はできるが、万が一我がいなくなったら二次感染のリスクはあるのだから』

「……わかった」


 内心ではわかるつもりはないが、口だけではそう言っておく。少なくとも蟲滅機関の人たちには迷惑かけない形にはしたい。それで死んだらミナは何のために生まれできたんだ。生きてきた意味がないじゃないか。やはり蟲機を蹴散らして進むしかない。


「ところでムシコロン、内部構造漁ってたらわかったんだけど、お前ある程度化学物質合成できるんだな」

『ある程度はできる。ミナもそれで抑えられている。完治の方は手法ないとムリだが』

「そうか。あと内蔵兵器の修復も時間がかかるよな」

『内蔵プラズマ砲などは構造が複雑であるからな……』

「そこでだ。新兵器を思いついた。時間ある時にデータを作るから実装してみたい」

『どういうことだ?』


 早くムシコロンを多数の敵と戦えるようにしたい。そのためには簡単な兵器を代わりに用意したい。


「蟲機をまとめて仕留められるすごいやつ、その名も、ムシコロン・シューター!蟲機の身体の生体部分を殺せる薬剤を霰弾とともにぶちこむやつだ!」

『発想はいいけどネーミングセンスなんとかしろ』


 うるせぇな、かっこいいだろ。ムシコロンとはそこだけは分かり合える気がしない。残念ながらロボットには俺の浪漫ロマンはわからないということか。何故かミナも蟲滅機関のメンバーも俺をバカにしたような目で見ているのは、きっと気のせいだと思う。

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