第6話 先生



 空洞内の一面に広がる、緑の細く尖った何か。それが植物だという。その光景を目の前に、俺は先生と呼ばれ、ククルカンと名乗る男に問いかけてみる。


「これは、ククルカンの発想なのか」

「そうです。今のセントラルのやり方では、いずれ行き詰まってしまいます」

「どうやってこんなものを……」

「材料は揃っていましたからね。水、光ファイバー、そして入手できた種籾。ここでは稲や小麦の生育を試しています」

「でもわざわざ植物を育てなくても、セントラルでも全てのものはリサイクルできているわけだろ?」


 俺の質問に、ククルカンは寂しそうに微笑んで答えた。


「セントラルの生体循環系には、エネルギー確保が必須です。元々セントラルにあった大型生体核融合炉は、現在の倍の数です」

「!」

「どんどん壊れていっているのでしょうね。当然、人の数も物資の循環も削減していく必要があります。何かにつけてコストを削減することが必要に」

「ミナのことか」


 ククルカンはそれには答えず、別のことを言い始めた。


「……タケルくん、セントラルを、いや世界を変えてみたいと思いませんか?」

「それは別に思わない」

「では、聞くまでもないことですが、ミナさんは助けたいですか」

「助けたいに決まっているだろ!」

「ならばタケルくん。ミナさんを助けたいならば、世界を変えるしかありません」


 どういうことかよくわからないが、なんか乗せられてる感がある。乗せられてる感はあるが乗るしかない気がする。


「……ククルカン、あんたは、何がしたい?」

「タケルくんはミナさんを助けたい。そのためならなんでもしたい。私はセントラルや今の世界をなんとかしたい。そのためならなんでもしたい。実はここが、重なっていたら、どうしますか?」

「……つまりあんたは、俺に手を貸せと、こう言いたいんだな?」

「一方的にというわけではないですよ。お互いに手を貸しあいたいと、こう言っています」


 言ってることはわかる。間違ってもいないだろう。だが、なんかしっくりこない。ククルカンのと、そう、思う。何故言い淀んでいる?脳内の演算機ターミナルでムシコロンに聞いてみると……、脈拍、血圧……なるほど、そうか。


「ククルカン、あんたのいうこともわかる。嘘も言ってなさそうだ」

「では!」

「だがもう少し聞きたい。?言いにくいということは、何か後ろめたいことがあるのか?」

「後ろめたいこと……はなくはないですね。ただ、それ以上にそちらについては関係のない皆さんを巻き込みたくはないので」

「何にだ」

「……復讐に」


 わかりやすくなったな一気に。なるほど、それは言いづらい、無関係の人間を復讐に巻き込むってのは。


「復讐か。それは確かに言いにくいな。んで、その復讐に俺が乗ったら俺はミナを救えるのか?」

「それは、そうなりますね」

「なら乗るしかないな。問題は俺とククルカン以外に誰がやるんだってことだよ」


 ククルカンは静かに微笑んでいる。穏やかであるにもかかわらず、不気味さすら感じさせる笑みだ。


「なんだよ」

「蟲滅機関とは、何のためにあると思いますか?」

「蟲や蟲機の脅威から、人類を守るためにあるんだろ?」

「……蟲機によって、人類はこの地の果てに追われました。圧倒的な力をそれらは有しています。おまけにその身体も硬く、速い」


 ククルカンは、急に何を言っているんだ?目も赤く血走っている。


「一方、蟲滅機関の中で、蟲機を倒せる実力者の騎将キャリバーは現在僅かに8人。おまけにかつての最強の騎将は行方がわかりません。我々も打つ手がなかった。そこに、今までピクリとも動かなかった大戦時の兵器が動いてやってきました」

「俺たちのことか」

「はい。これで、私たちは……復讐を始められるのです」


 おい、蟲滅機関って、まさか……蟲から人類を守る存在なんかじゃなく。


「到底勝てるはずのないあの蟲を滅ぼしたい狂人の集団、それが私たちです」


 そこまで言うか!?とはいえそう考えると、今までの彼らの行動がしっくりこなくもない。そりゃ蟲機に家族を殺された人間とかもいるだろうし、蟲化病で死んだ者が家族にいたら、蟲化病を撲滅したくもなるだろう。


「わからなくもないな。しかし、今の俺たちにはムシコロンがあるとしてすら、まだまだ戦力比はアリと人間くらいの差があるぞ」

「そうですね。そこで私たちはいくつかやらねばならないことがあります」

「何をだ」

「セントラルの中心部にある、アメノトリフネが必要です」

『アメノトリフネ!?船がそんなところにあったのか!?』


 急にムシコロンが会話に入ってきた。


『そうかー。それは我も見つけられぬわー。そうかー』

「アメノトリフネの核融合炉も、現在はセントラルの維持に使われています。そしてアメノトリフネですが、セントラルは別の目的での利用を考えているようですね」

「別の目的?」

『逃げるつもりではないのか、この星から』

「あり得ますね。セントラルがいよいよ維持できなくなったら最低限の資源と核融合炉を持ち出して宇宙に逃げ出すかもしれませんね、元老院などは」


 最悪だろそれ。とはいえ保安部のあの腐敗ぶりや、ジリ貧のセントラルの状況を考えると、ここでの再起は現実的では無いのかもしれない。それでもだ。俺は腹立ちを隠さず言う。


「選択肢としては考えられるだろうけど、市民のことは捨てていくってことかよ。馬鹿にしすぎだろ」

『そういえばククルカンのことを皆は何故先生と呼んでいる?』

「絶滅戦争以前の知識を私は持ってますから、それを教えているうちにそう呼ばれていますね」

「俺たちも先生と呼んだほうがいいか?」

「どちらでも構いません」

「せ、先生!?もうついていたんですか!?体の方は大丈夫ですか!?」


 蟲滅機関の強化歩兵が続々とたどり着いてきたが、もうみんな倒したぞ蟲機は。


「蟲機どもはどこだ……ってなんでみんな破壊されてるんだ?」

「ほんとだ。誰がやったの?」

『我だ』

「うわぁっ!?大きな蟲機!?って喋ったああぁぁ!?」


 ずいぶんと騒がしい女の子だな。誰だ?


「アリサ、ダイナ。お二人はまだ見たことがなかったんでしたか」

「先生!?これはなんなんですか!?」

『これとは失礼な。我はバァ……』

「ムシコロンだ、そして俺はタケル」

「ムシコロン!?なんかかわいい名前だね。ぼくはアリサ。よろしくね」

「アリサは騎将キャリバー第3位の蟲機破壊数の持ち主ですよ」


 先生の紹介で軽く引いた。このショートカットのぼくっ娘が!?俺とあんまり歳変わんないだろ化け物か!?


「くっ、アリサには負けたくない……」

「それでこちらがダイナ。騎将キャリバー第5位の破壊数です。ダイナは上位蟲機を単独撃破しているので、それを加味すると最強かもしれません」


 こっちも引くわ。こちらは身体が大きい上強そうだからわかるけど、上位蟲機って核融合炉持ってるやつだろ?人間やめてるの?みんな。


騎将キャリバーのうち、マコトとツトムには会いましたよね?」

「いやまだ会ってないと思うが」

「キリュウとノジマといえばわかりますか?」


 あぁ。2人ともそうなのか。確かに強いと思った。


「マコトは撃破数2位の強者です。ちょっと抜けているところがありますが。騎官将ジェネラルのマキナがサポートしてくれているのを良く聞いてくれています。自分のことを馬鹿と言っていますが、彼はえらいですよ。ツトムは撃破数8位ですが、みんなを助けられる希有な人材です」


 確かに、人のいうことを聞かなくて暴走するやつよりはるかにえらい。自分の得意不得意を把握できていると言うことだから。そして他人を助けられるのもえらい。


「我々はこうして、蟲機を倒し続けています。もっとも焼け石に水なのは否定できません。タケルも我々と共に戦っては」

「ちょっと待ってくれ先生!俺は反対だ」

「ダイナ?どういうことですか?」


 ダイナが俺が共に戦うのに反対してきたが、どういう理由だ?


「確かにそいつの乗ってる機体はつえぇ。上位蟲機を倒すのも不可能ではないかもな。でも、そいつはどうなんだ?」

「俺が?」

「タケルって言ったか?俺たちは猛烈な訓練の果て、奴らに対する殺意でここまでできるようになった。お前にはその殺意があるのか?」


 確かに、訓練もしていないし殺意もない。ミナが治療さえできれば、あとは襲ってきさえしなければ蟲機を狩る理由はない。


「そんな奴と一緒に戦えるか!そういうことだ、先生」

「しかし、ダイナ。ベル……いえ、ムシコロンはタケルくんなしには運用できないのですよ」

「……あの、ちょっといいダイナ」

「なんだアリサ?」


 アリサが手を上げて意見を言いたそうにしている。何が言いたいのだろうか。


「要はタケルのやる気が見たいんだよね、やる気が」

「まぁそうだな。殺る気を感じさせられるなら俺だって認めないとは言わん」

「だったらぼくたちと同じ条件で蟲機倒せるようになったら、やる気はあるといっていいんじゃない?」

「おいおいおい、そんな簡単に騎将キャリバーと同等のことができるわけねぇだろ」

「できないというのはやる気がないってことだよダイナ。さすがに今からやれとは言わないよぼくも。期限を設けてそこまでにやれるならいいよ」


 アリサのほうがある意味厳しい。でも実際、俺より一回り小さいアリサの撃破数が3位ということは、訓練次第でできるということだ。いずれにしても、やる気を見せないと。


「なら頼みがある。蟲滅機関の訓練を受けさせてくれ。やる気がないと判断されたら辞めさせてもらってもいい」

「言うじゃねぇか。ちっとは気に入った。しごいてやるから覚悟しろ」


 ダイナがそう言い放つ。覚悟なら、とうにしている。殺すより大変な道を選んでいるのだから。



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