第7話 ファンデーション:始まり

ファンデーションの正式名称は、「アストロ・ハビテーション・ファンデーション」という。


ファンデーションが財団(ファンデーション)になる前は、単なる「アストロ・ハビテーション」と呼ばれていて、地球上のどんな「土壌」も食用植物に適するよう科学的に改良し、「汎用土壌」を作り出す、個人設立の研究所(正確には、非営利目的会社)だった。

「汎用土壌」の概念はやがて、地球外ー近場では、月や火星ーで、そこにある「土壌」で、人類が必要とする食用植物を栽培可能である、まで拡張されたが、そもそも、アストロ・ハビテーションは、汎用土壌の本来の定義を、

『地球外(アストロ)で、人類居住圏(ハビテーション)を可能にしてくれる基盤、すなわち、食糧となる食用植物を栽培可能な土壌』

としており、アストロ・ハビテーションは当初から、月や火星に進出することを念頭に置いていたので、地球での「農業革命」は、アストロ・ハビテーションにとっては、派生事業の結果であった。


「汎用土壌」の基礎はまるっきり地球産であるが、ミミズ(Earthworm)や地中微生物・バクテリアを含めた「土壌圏」を、まずは、身近な農地や植生地で、土壌・植生・地中生物の3点を、個別に、そして、この三者の相互作用の観点、さらに、三者の土壌圏とそれに接する「外的」環境が、徹底的に研究された。

研究が進むにつれ、土壌、植生、地中生物に対する、本質的な理解が進むだけでなく、それらが互いにどのように関わりあっているか、そして、外的環境に適応しながら、どのようにして土壌圏というものを創り出しているかの知見が蓄積されていった。

そして、蓄積された知見は、「次なるフェーズ」へ移行するために応用されることとなった。


『任意の外的環境に適応した、土壌圏の創生』


「任意」であっても、当然最初は、地球上での試みであった。ただし、選ばれた場所は、砂漠や、荒れ果てた熱帯雨林、さらには、原発事故で破棄された土地という、常識的には、植物栽培には向かないとされる環境であった。植物の生長を阻害する塩類を致命的に溜め込んでいる砂漠、土壌圏を構成する「植生」というパーツを失った、荒れ果てた熱帯雨林、土壌圏にとどまったまま行き場のない放射性物質を抱え込んでいる土地。それらはいずれも、人間の行為によって、不可逆的にまで破壊された場所であった。そして、そうした人間の行為は利己的な動機によるものがほとんどであったのは、誰もが認めるところであろう。


でも、、、。


今一度、「人間も自然の中の一部である」という原点に戻り、謙虚に自然に寄り添い、そして自然の中に戻っていく。。。


ただし、単に自然の中に戻っていくのではなく、人間が出来ることをもってして、破壊に対する「償い」を行う。ちなみに、ファンデーション創始の「思い」は、人間の一人として、自然に対して、そして、その自然を共有する他の生物に対して、償わなければ、というものであった。


科学が発達し、それをベースとする技術が発達し、その技術を活かして、人間は、自分達の生活を「より良いもの」にしてきたと思っていた。

ただ、「より良いもの」の判断基準は、人間主体の、短期的な効率性や利便性に基づいたもので、全体性や長期的な影響は、見落とされ、考慮されなかったように思われる。


産業革命以前、西洋の人々は、市民と農民という2つの社会的グループから成る社会の中で生きてきた。農民は、人々が生きるために必須不可欠の食糧を生産し、市民は、農民や他の市民が必要とする生活道具を作り、その対価として食糧を得ていた。当時、技術はあくまでも、それらの生活道具をより使いやすく、より機能的にするための手段でしかなかったはずだ。


しかしながら、農業を支える科学が十分でなかったが故に、天候や気候といった環境の劇的な変化に対応できず、打撃を受けた農業から、多くの人々が、新たな「生活の糧」を求めて離れていき、そして、遂に、この2グループを主要構成とする社会は崩壊へと進んでいくことになった。


もし、この、産業革命以前の西洋社会の崩壊がなかったとしたら、、、。


一方、極東アジアの小国・日本は、1600年から続く「江戸時代」の中にあって、西洋的な科学の発展はなかったものの、武士という、権威はあっても、おおよそ権力を持たない支配階級の元で、農民と市民(工民および商人)という2つの社会的グループが生きる、同じ頃の西洋社会と似た、社会を形成していた。そして、江戸時代は、日本国外からの「外圧」によって開国するまで、200年も続いていた。


もし、この、外国による開国外圧がなかったとしたら、、、。


『歴史は繰り返される』と言うが、歴史から得られる教訓を、現在まで積み重ねてきた知見に照らし合わせて、”悪い方向に”繰り返さないための指標に出来るのではないか、人間は?


ただ、現代社会は、地球上の全地域を巻き込んで、猛烈に複雑化し、故に、産業革命以前の素朴な社会に戻ることはほぼ不可能である。

気候変動だけでなく、現在社会の経済システムが生み出した貨幣主体主導性と、それに起因する貧富の差、そして、地球レベルのその貧富の差による、大規模な移民。なお、移民問題は、経済と同時に政治、特にイデオロギーにも起因するものであることを付け加えておこう。そして、これらの問題は、個別に解決できるものではなく、互いが互いの因果となっている。


人間は、このままでは、これらの問題の「絡み合った糸」の中で足をすくわれたまま抜け出せず、破滅という終局を迎えることになるのだろうか?

自業自得と言ってしまえば、それまでである。

だが、「後悔」し、「反省」し、進んでいく道を「正す」ことが出来るのは、人間だけであり、故に、やるべき義務もあるのではないだろうか?


そして、これからの「道」は、自然に対する償いではあっても、巡り巡って、自身が属する人間への償いになり、さらには、その「さらに先へ」の指標ともなるのであった。


そうして、ファンデーションの母体が生まれ、ファンデーションへと成長する道が創られていった。





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