54.「あのさぁ」
「――そろったな……」
晴天の青空は果てしなく、そして終わりがなく。
コンクリの地面はひたすらに無機質で。
ポツンと佇むは四人の男女。およそ二メートル、お互いに等間隔の距離を開けている四人を結べば、みごとな正方形が形どられることだろう。
舞台は、屋上……、果たして、決戦の火ぶたが、大仰に切り落とされ――
「……覚悟はいいだろうな。先週話した通り、今日、俺たちは、ワケのわからない恋愛ゲーム……、『オセロ』みてーな恋の決着をつける。全員、自分の気持ちを全部ぶちまけて……、誰が誰を好きなのか、『シロクロ』、ハッキリさせんだよ……ッ!」
彼の声は真剣そのものだ。いつものおちゃらけた様子はどこへやら、額に脂汗を浮かべている彼がすぅっと息を吸うと、他の三人が文字通り固唾を呑んで見守った。
「――言い出しっぺの、俺から始めるぞ……」
ラブコメ・オセロの終盤戦。
モノクロが埋め尽くされた盤上に、バチンッと、力強い音と共に丸石が叩きつけられる――
「――俺はな、ずっと紅ホタルに惚れている。……その気持ちは、今も変わらねぇ」
ビクッと、肩を震わせた乙女が『二人』……。
赤みがかったツインテールがたゆんで跳ねて、
線の細いロングヘアが、萎れた花のように、揺れた。
「……一年のころから、ずっと紅に憧れてた……。皆も知っての通り、俺は普段はヘラヘラしてっけど……、ホントは、どうしようもなくネクラで、どうしようもないチキン野郎なんだわ……、そんな俺の目に、紅はめちゃくちゃカッコよく映った。何が起こっても物怖じしねーで、自分貫いてて、周りなんてカンケーねぇってツラで……、こんな女、他にはいないと思ったんだ。……いや、『思ってた』――」
ふいに、彼の視線が移ろう。
その視線の先……、長髪ストレートの少女が、キョトンとした表情で、目をまん丸く見開いていて――
「……柳、俺の十七年の人生で、こんなにカッケー女はいないって……、そう思えたのは、お前が『二人目』だ……、ったく、お嬢様っぽいナリしてる癖に、ホントのお前は、とんでもなく――、ロックなんだからよ……」
「……こ、コトラ……、くん――」
ふるふると、少女が肩を震わせている。その目には涙さえあふれ始めている。
ボリボリと金髪の頭を掻きむしって、彼は罰の悪そうに地面に目を落として……。
「……だからよ、俺はホタルと同じくらい……、柳に惚れちまった……、――わりぃ、『シロクロ』ハッキリさせるとか、自分で言っておいて……、結局、俺はどっちの方が好きとか、比べることなんかできねぇ。自分の気持ちに向き合えば向き合う程……、二人のコト、好きって気持ちがドンドン大きくなっちまって……。ついでに、どっちか選んで、葵との仲がこじれちまうのも、イヤだし……」
「……僕は、ついでなんだね――」
シンッとした静寂が辺りを包んで、
「……これが、俺なりの『告白』だ……、以上ッ!」
沈黙を破った彼の声が、晴天の青空を貫いた。
「――わ、私は……ッ」
――幾ばくかの静寂が流れて……、甲高い少女の声が、がらんどうの空間に響き渡る。
「……私は……、普段は優等生のフリをしておりますが、実は……、実は……ッ!」
少女の身体が、少女の声が、震えていた。
地面に目を落としていた彼女が、グッと下唇を強く噛んで。
何かを決心したように、フッと顔を上げ――
「――本当の私は……、ロックが大好きで……、ものすごくおバカで……、しかも、とんでもなくフシダラな女なんですッ!」
悲痛な声が夏風にさらわれ――
押し黙って少女の声に耳を傾けていた三人は、
心の中で、「まぁ、知ってたけど」と、そっと呟いた。
「……そんな私を、コトラくんはカッコいいと言ってくれました。私が、コトラくんに対して抱いていた想い、最初は、ただの憧れだったのかもしれませんけど……、い、今は違います……、私は、自分の弱いところも含めた、全部をコトラくんに知って欲しいし、私も、コトラくんの全部を、知りたい、そ、それに――」
目に涙をいっぱいに溜めた少女が、今にも泣き出しそうな声で、
等身大の想いを、ありのままのエゴを、裸のまんま、一気に吐き出す――
「――私は、葵くんのことも、もっと知りたいんです……。普段はポーカーフェイスの葵くん、何を考えてるのか、てんでわからない葵くん……、でも、そう思ってるのは『周りだけ』で……、葵くんは、本当は、とても素直な気持ちを持っていて、当たり前のコトに、当たり前のように悩んでいる、ただの一人の高校生なんじゃないかって……、そう思うようになってからは、葵くんが考えているコト……、全部、教えて欲しいって、葵くんが辛いと思ってるコト、楽しいと思っているコト、全部、一緒に感じていたいって……、そう、思うように、なってしまったのです……」
ポリポリと、頬を掻く。照れ臭そうに、何かをごまかすように――
「だ、だから……、私も、コトラくんと同じ気持ち……、ごめんなさい、どちらかを選ぶなんて、とてもできない……、私は、せっかくお友達になれた紅さんのコトももっと知りたいし……、三人との関係が壊れてしまうような決断をするなんて……、と、とても――」
そこまで言うと、少女は両掌で顔を覆ってしまった。
何も見たくないと、何も聞きたくないと、だだをこねる子供のように。
「……便乗するようで、かっこ悪いけどさ」
ポツンと、淡々と、抑揚のないトーンの声が、がらんどうの空間に響く。
「ぶっちゃけ僕も、二人と同じ、この四人の関係が壊れてしまうのが、何よりも怖い……」
ポリポリと頬を描きながら、慎重に、言葉を選び取るように、たどたどしく言葉を紡ぎ――
「……ええと、僕はね、柳さんのコトが好き。……石ころのぼくを、唯一、クラスメートだって認知してくれていて、優しく話しかけてくれる柳さん。……そんな彼女とのささいなやり取りが、僕の人生の中で、唯一の楽しみだったんだ」
「……そんな、わ、私は、そんな大それたコト、したつもりは――」
少女がオロオロと声をこぼして、そんな彼女を包むように、フッと口元を綻ばせて――
「……でもね、考えてみたんだけどさ……、僕のこと、一人のクラスメートとして……、いや、もっと『特別な存在』として……、認知してくれてた奴、実はずっと居たんだよね。僕が、その想いに気づかなかったってだけで……、近すぎて、見落としてたって、だけの話で――」
チラッと彼女に目線を向けると、
赤みがかったツインテールがたゆんで跳ねて、
二人の視線が、静かに交錯して――
「……ホタル、ゴメンね。ずっと……、気づいてあげられなかった。……そんでさ、ついこの前フッておいて、自分でもホントにどうかと思うんだけど……」
ちょっとだけ逡巡して、
ちょっとだけ目を逸らして、
「……やっぱり僕、ホタルのこと『も』、好きみたい。……埋め合わせってワケじゃないけど、僕が気づけなかった分だけ、ホタルのこと、ずっと見ていたい――」
ふいに夏風がそよいで、ジト目の少女が、スッと地面に目を落として。
「……ばーかっ」
その小さすぎる声は、誰の耳に届くこともなかった。
「……ホタルも、同じなんじゃないの? この四人……、誰一人として欠けたくないし、一緒に居たいって、そう思ってるでしょ?」
小柄で華奢で童顔で……、
その愛らしい姿からは、およそ想像することができない暴力的な彼女。
――でも、あまりにも愛らしい彼女の正体は、その姿見と、一切違うことなんてなくて――
「……ったく、ホント、考えるのも、メンドクセェわな……」
ボリボリと頭を掻きむしりながら、あさっての方向に目をやりながら、ジト目の少女から吐き出されるぶっきらぼうな声は、誰の耳で聞いても、『照れ隠し』以外の何物でもなかった。
「……メンドクセェんだよ、お前ら……、どいつもこいつも、ズカズカと、ヒトの心ん中、入りやがって、アタシの心、か、かき乱しやがって――」
手負いの獣のように、ギロリと三人のコトを睨みつけた彼女は、……でもその頬が、徐々に朱色に染め上がっていく。
「――ああ、そうだよっ! アタシはね……、クジラのことも、コトラのことも……、き、気になって気になって、しょうがないんだよっ! ……風呂入ってる時も、飯食ってる時も、アンタらの顔がチラチラ頭ん中に浮かび上がってきて……、もう、二人のコトばっか考えてんだよっ! ……あ、アゲハだって、最初はキライだったけど……、こんなポンコツ、心配で心配で……、目、離すことなんて、できないし……」
文字通り、頭上から蒸気を放出しまくっている彼女が、ハァハァと肩で息をしながら、
叫んだ言葉は、あまりにも屈託がなくて――
「だから……、だから……、アタシは、アンタら三人のことが……、好きで好きで……、大好きで、たまらないんだよっ! ……悪いかっ!? ばかーーっ!」
吐き出された言葉は、一切のコーティングが為されていない、剥き出しの想い。
ただ、それだけに、それ故に、生々しすぎる彼女の心の吐露は、
三人の心に、グッサリと刺さってしまったのである。
「……紅、お前、かわいすぎるダロ……」
ポツンと、金髪の彼が声を漏らせば、
「――なっ! ……なっ、なっ、なっ、なっ~~」
童顔の彼女が、『な』以外の言葉の出し方を忘れる。
「……ホント、かわいすぎる……、た、食べてしまいたいです……」
「……! あ、アゲハ……、そ、そんな目で、見るんじゃねぇよ!」
長髪の彼女が恍惚な表情で、童顔の少女が恐怖に満ちた顔で。
――果たして、荒唐無稽な告白劇は、これにて全ての役者の演目が終わったワケだけど……
「……あの~」
幾ばくかの静寂が流れて――
長髪の彼女がおずおずと片手をあげたかと思うと、金髪の彼を窺い見た。
「……柳、なんだよ?」
「……いえ、皆さんの告白……、これで終わったと思うんですけど……、これ、どうなるんでしょうか?」
――果たして、『刮目』。
三人の視線が、金髪の彼の元に一気に集まって――
「……そっか、そうだなぁ……」
ボリボリと頭を掻きむしながら、晴天の空を仰ぎ見ながら――
「どうしよっか、ゴメン、わかんねーや」
あっけらかんと、そんなコトを言う。
――果たして、『必然』。
『シロクロ』ハッキリさせるために集まった今回の会合……、全員が全員、『シロ』と『クロ』、二つのカードを同時に切ったのだ。こんなオセロ、決着が着くワケがない。
――裏技でも、使わない限りね……。
「あのさぁ」
おもむろに声をあげる、三人の視線が、一人に集中する。
時が満ちて、満を持して、
まっ平な水面に、ポーンと言葉を放り投げたのは、『僕』……、
葵クジラで――
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