第35話 7-4

 白衣の人物の発言に、ちょっとしたざわめきが起きる。時任だけでなく、誰もが気付いていなかった様子だ。

「隠すと言ったって、この空間にはそんな都合のいい場所なんてないのでは? 服のどこかに隠したとしても、身体検査をすれば簡単に出て来るでしょう」

 比嘉が反論を試みるが、白衣の人物は首を左右に振った。

「私が想定している隠し場所は、Sカードでスキップした先ですよ。どの時空に跳んだか分からないなら、追い掛けようがないのでは」

 指摘に、場の空気が一瞬固まった。

「つまり……寝てはならないということですか」

「お互いを信じ切れないからには、そうするしかないでしょうな」

 比嘉の意見を肯定する白衣の男性。そこへ高校生らしき男子が「あるいは」と言葉を被せる。

「Sカードを盗られないよう、スキップして身を隠すという手もありそうです。となると、比嘉さんが俄然有利になる。六枚のSカードの内、一枚は最後のスキップに必要だから除くとして、残り五枚を三時間ずつ使って逃げ回れば十五時間も余裕がある」

 彼の話で、時任は己の置かれた立場の危うさを急速に実感した。

(私は三時間しか逃げられない訳? そんな。残りの二十一時間を起きているなんて。今でさえちょっと眠気を覚えるくらいなのに)

 動揺が顔に出ないよう、唇を真ん中でできゅっと噛み締める。

 そのとき。

「あー、もう! 何で言っちゃうんだよ、じいさんたら」

 はすっぱな調子で高い声が言った。その方向を見ると、女子高校生風の参加者がいた。ぱっと見、目鼻立ちのはっきりした、整った顔立ちをしている。黙っていればお嬢さまというイメージだ。

「じいさんとは私のことか。まあ歳を食っているのは認めるが」

 白衣の男性が苦笑交じりに応じたが、女子高生の方は謝る気配一つなく、それどころか「折角、出し抜こうと思っていたのに、じいさんがばらしちゃうから、やれなくなっちゃったじゃないの」と詰る。

「君も気付いていたのか。なかなか目ざといな」

「まあね。尤も、他の連中だって気付いていないふりをしていただけかもね。そこそこスキップの回数があれば、誰だって実行できる策だしさ。じいさんは大方、二回しかスキップできないカードが当たったとか? だからばらしたとかでしょ」

「いや。私はスキップした先で睡眠を取ったとして、三時間以内に目覚める自信がないんだ。たとえ強烈な目覚まし時計があったとしてもね」

「……医者っぽいのに目覚めが悪いなんて、務まんないんじゃないの」

「優秀なスタッフがおれば、そんなことはない」

 話が脱線の気配を覗かせる。場の緊張が多少は緩んだかもしれない。

 その間隙を突くかのように、比嘉の姿がふっと消えた。それに気付いた他の者が「え?」「何で?」と口々に呟き、弛緩した空気がまた一気に戻る。

「消えたということは、比嘉氏はどこかにスキップしたんだな」

 白衣白髪の男性が比較的落ち着いた口ぶりで述べる。滞在先での経過時間がこの空間にも適用される間、使用者の姿は消えるらしい。

「我々の内の誰かを妨害しに行けるとは思えないから、多分、先ほど私が言った策を実行に移したのだろう」

「おかしいじゃない。彼、あれほど自分の身の安全を確保したがっていたんだよ。ここにいる五人の内、二人は彼が最終的にスキップする先を知り得るってーのに、それを放っておいて消える?」

 疑問を呈したのは高校生風の女子。寡黙なイメージだったが、一度しゃべり出すともう気に留めないキャラクターらしい。

「何か思い付いたんだろうね」

 やや宥め気味に高校生男子。知り合いではないのは当初からの振る舞いで明らかだが、顔立ちや身長など、お似合いのカップルに見える。

「何かって何」

「それは想像になるけど、たとえば、うーん」

 男子の方はさっきまでの流暢な話しぶりとは違い、考えながら答えているのが丸分かりになった。

 時任は白髪男性の方を見たが、彼もまた眉間に軽くしわを造り、考え込んでいる様子。ドレスの女性に至っては、考えているかどうかすら怪しい。

(もしかしたら比嘉さん、他の人達より多くスキップできることを活かして、とりあえず最終スキップ先に行ってみたってことはないかな? そしてその時空にいる比嘉さんに警戒するように言うとか)

 時任はそんなことを思い付いていていたが、誰も言い出さないのでおかしな考え方なんだろうかと、声に出すのを躊躇していた。

(……ルールには明記されてないけれども、最終スキップ先には、最後の一回で跳ばなきゃいけない? もし禁止行為だとしたら比嘉さんは消えないはずだから、違う時空に行ったことになるけれども、カーナビがないことに例えていたあの人にとって、他に目的地なんてないと思う)

 疑問が膨らんできた。どうしても江住に聞いてみたい。質問タイムは終わってしまっているが、だめ元で。

「ねえ、江住さん」

「はい、何でございましょう」

「江住さんがここに居残っている理由は何?」

 時任は他の四人の視線を背中に感じつつ、江住との会話を続ける。

「それは色々ございます。主に、暴力行為の禁止及びルールの遵守を徹底していただくため――」

「それはどこかから見守っていれば済む気がするんだけど。姿を現して、こんな近くにいるって変なの。ルール遵守の徹底というのも気になる。もしかしたら、ルールに関する質問、まだ受け付けてくれるんじゃあないかな?」

「規則に反した際、説明のために言葉を尽くすことは当然想定されますね」

「反する前に、ていうか反するかどうか分からないから行動に移す前にあなたに聞くっていうのは?」

「……まあ、多少は大目に見ましょう。ルール無視が横行すると全員失格などの事態に陥り、ゲームが成り立たなく恐れもわずかながらあることですし」

「よかった。じゃあ仮の話として聞くわ。今消えた比嘉さんが、彼の戻るべき時空の比嘉さん自身に対して、何らかのアドバイスを与えるのはNGになる?」

「いえ、自由です。老婆心から付け加えますと、本来戻るべき時空と完全に一致した時空にスキップした場合は、ご自身からご自身にアドバイスを送ることはできません。一人の人間なりますから。アドバイスを送るとしたら、少し前の時空にしなければいけないでしょう」

「ふうん。分かったわ。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 続く

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