第34話 7-3

(スキップの回数と知る権利、どちらが上かは難しいけれども)

 時任は抽選後に渡されたSカードを見つめながら、軽くため息をつく。

 彼女は行使できるスキップは二回で、他の参加者五名全員の戻る時空を知る権利がある、となっていた。このステータスは、当人にしか見えない仕様になっている。また、知る権利一回分とは予め決められた一人について知る権利であって、使用者の好みで知りたい人物を指定できる訳ではない。さらに、知る権利を行使して得た情報そのものを交渉の材料にしてはいけない決まりが追記されている。

(交換できると言ったって、ねえ。おいそれとはできやしない。私のスキップ先を、他の人が知り得る状況なんだから、その人に釘を刺す意味で、知る権利は誰にも渡せないのが本音)

 自分以外の五人の誰にどのようなSカードが渡ったのかは分からないが、Sカードのステータスにどんな物があるかについては公表されている。スキップ六回・知る権利ゼロのカードが一枚、スキップ四回・知る権利一のカードが一枚、スキップ三回・知る権利二のカードが三枚、そして時任に回ってきたスキップ二回・知る権利五のカードが一枚という内訳になっていた。

(知る権利は合計十二。六人いるのだから、一人あたり二つ、知られるルートがあるってことね)

 そしてまだ誰も自分のSカードがどのタイプなのか、明かそうとしていない。明かす行為に何らかのデメリットがあるんじゃないかと、全員が警戒し、勘案しているようだ。

 と、三分経つか経たないかの頃合いに、一人が己の手の内をさらしに出た。

「このままではらちがあかない。僕はスキップ六回だ」

 サラリーマンらしきスーツの男性だった。Sカードを掲げて見せているが、そのステータスは本人にしか読み取れないのだから、あまり意味のあるポーズではない。

「スキップが六回できるが、目標が決まらない。まるで、燃料はたっぷりあるがナビの付いていない車だ。この車を動かせるよう、取引を持ち掛けたい。知る権利を持っている人達で、スキップ一回と交換してもいいという方は名乗り出て欲しい」

「そんなの、簡単には乗れませんよ」

 高校生風の男がすぐさま反応した。

「何人分集める気か知りませんが、こちらの安全を保証してくれないとね。でも絶対確実に保証できる手段がないと思います」

「いや、勘違いしてもらっては困る」

 たしなめるような口ぶりになるサラリーマン氏。

「僕は憂いを断ちたいだけだ。他の人のスキップを妨害するつもりはない」

「憂いを断つとは?」

「僕の行き先を知る権利を有する人から、その権利を買い取りたい。僕の名は比嘉ひきだ。知る権利に名前が付属してるんだろう? 二人いるはず。二人から買えば、あとは何もしない。それにもしこの取引に応じてくれるのであれば、皆さんにさらなる提案をしたい。全員、僕と同じように自分の行き先を知られるリスクを買い取ればいい」

「え?」

「そうすれば、純粋にスキップをいつどのタイミングで行うかの勝負になる。その方が恨みっこなしでいいんじゃないか。妨害は怖すぎる」

 スーツ姿の男性、比嘉の話は一応、筋が通っている。

 誰もがスキップ二回分で己の情報を買い取れる計算になる。取引をしたとすれば、比嘉はスキップ三回になる。スキップ四回・知る権利一の人は、権利を売ってスキップが一増えるが、己の情報を買い取るのにスキップ二回分を譲り渡すので、結局はスキップ三回になる。同様の計算をすると、スキップ三回・知る権利二の人もスキップ三回。時任だけはスキップ五回になる。

(他の人達のスキップする先が分からない状況で、スキップが五回できようが三回できようがたいした差があるとは思えないけど、自分一人が数が多いっていうのは悪目立ちするような)

 ふとそんな懸念に襲われ、時任は挙手した。

「あの、いいですか」

「もちろん。賛成してくれると嬉しいけどね」

「比嘉さんの提案だと、それぞれが交換し終えたあと、スキップ二回・権利五の人のみ、スキップ五回になります。そういうのって不公平というか、何に役に立つんだっていう訳じゃないですけども」

 公平にするように前もって訴えておけば、比嘉の提案が実行される段になって、時任こそがスキップ二回・知る権利五のSカード持ちだと分かっても、悪い印象は与えまい。

「なるほど、確かにそうだ。他の人は全員、三回になる。じゃあ、同じ数になるようにちょっとレートを変えて、スキップ二回・知る権利五回の人は、スキップを倍の回数支払うことにすれば……ああ、だめか。受け取る側のスキップが増えてしまう」

「どうでもいいですよ、そんなこと」

 高校生風の男が割って入る。

「そちらのおねえさんが言った通り、比嘉さんの提案を実行したのならスキップの回数は重要じゃなくなる。一回残っていればいい。問題は提案を受け入れていいのかどうか、でしょう。何の駆け引きも戦略もなく、人生をやり直すチャンスを運不運に任せていいんですかってこと」

「そう言うからには、君は僕の提案には反対すると?」

「いえ、決めてはいません。提案を実行した上で、個人の力で勝負する場が新たに構築できるかもしれない。考え中ですね」

「議論が熱を帯び始めたところお邪魔して申し訳ないですが」

 江住の発言に誰もが緊張を帯びる。質問は最早できないものと思っている、なので江住からの情報は決して聞き漏らせない。

「Sカードは色々と使い出がある物ですよと、強くアピールしたい所存でございます。他の方の最終スキップ先を知らなくても、勝利するために活かせるではありませんか」

「教えてはくれないの。仄めかしばっかり」

 ドレスの女性が言った。しばらく黙っていたせいか声がしわがれている。

「お教えするとなると、皆さん同時に知ることになりますが、それでもよろしいので?」

「別にぃ。私はかまわないけど」

 時任ら他の五人を眺めやる。

「反対の方はおられます?」

 江住の問い掛けに、一拍置いてから白衣の男が反応した。これまで沈黙を通していた彼が、何をしゃべるのだろう?

「江住さんが言おうとしていることと一致しているかどうか分からんが、一つ、思い浮かんでいたことがある。遅かれ早かれ、皆さん直面して、否応なしに分かることだ」

「ええ、多分私のしようとしているお話と一緒です。どうぞ言ってください」

「――勝負は二十四時間続く。その間、ずっと起きていられるのか。眠ったら、他の参加者がSカードをかすめ取って、どこかに隠すかもしれない」


 続く

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