第33話 7-2

・本ゲームは、皆さんが元いた時空に無事戻ることを競います。


・参加者各位には一人につき一枚、特殊なSカードが貸与されます。


・このSカードの使用限度は後ほど抽選で決まります。最も多いのは六度、最も少ないのは二度となります。ただし、行きたい時空へ行くのみで、ブーメラン型帰還機能は備わっていません。


・その他の使用条件はスタンダードと同じです。


・参加者各位はSカードの機能を使って、元いた時空に戻ってください。そうなる前にSカードを二度使った場合は即座に失格になります。


・本ゲームの勝利条件は、スタート時点から二十四時間の範囲内で、“六名の中で最後から二番目に、元の時空に戻るためにSカードを使うこと”です。二十四時間経過後のSカードの幸司はすべて無効。


・なお、時計やそれに類する器具はこちらでお預かりします。体内時計あるいは直感で二十四時間の見極めを行ってください。


・Sカードを使っての他参加者への妨害工作は自由です。ただし、物理的な暴力行為は禁止。偶発的なアクシデントのケースを覗き、即失格となります。



 ルールは以上のようになっていた。特に難解な表現はなかったが、これでゲームをしろ、しかも生死の懸かった大勝負をと言われても、戸惑ってしまうのが大半ではないだろうか。Sカードの使い道次第となる余地は残しているが、基本的には二十四時間経過の間際を狙って、最後から二番目になるよう運任せで、元の時空にスキップを試みる。それだけじゃあない?

 時任はつかみどころのないルールの提示に、質問を考えるのも忘れていた。

「さて何かご質問はございませんか。数分間、時間をお取りします。お知りになりたいことがあれば、今の内です」

「あの」

 学生風の男が挙手しながら発声した。

「二つ続けて聞きたいんですけど、まず質問に対する返答は、皆さんに聞こえる形でなされるのですか」

「はい。お一人の疑問は皆様の疑問でもあることが往々にしてありますので」

「そうですか」

 ちょっぴり落胆の見える質問者。どうやら答を聞けるのが自分だけであれば、他の面々を出し抜ける可能性が高いと思ったらしい。

「まあ、仕方がありません。質問その2は、今僕達のいる空間にスキップで戻って来ることは可能ですか。可能であれば、どこの何時何分を思い描けばよいのでしょう?」

「可能か不可能かをお答えすると、可能です。そして勝負中、この空間においては何時間いてもらっても大丈夫です。制限はありません。

 そしてスキップで戻って来る場合は、0年の0月0日を思い浮かべてください。時刻の指定は不要です。何時かを指定してその時刻にここへ現れることができるのであれば、二十四時間の計測を容易かつ正確にしてしまうでしょう。それでは勝負の妙味が失われしまいます」

「そういえば、二十四時間のカウントダウン自体、基準がよく分からないな」

 スーツ姿の男性が声を上げた。

「ずっとこの空間にとどまっているなら分かり易いが、Sカードを使うとややこしくなるんじゃないか」

「スキップした先での活動時間は、そのまま経過したものとしてカウントされます。スキップした先からここへ戻ったとすると、その分、時間が経過していることになります」

「なるほど。ついでに聞いておきたい。時計の類を取り上げられた身で、スキップ先での三時間を計測するのは、現地で時計を手に入れられない事態になれば難しい気がするんだが、それも勘でやれと?」

「さようでございます。三時間を超えて滞在した場合は、勝負の如何に関わらず、復活することは叶わなくなりますのでご注意ください」

「通算しての活動時間がイコール経過時間になる訳ね」

 ドレス姿の女性がハスキーボイスで言った。

「つまり、Sカードで元いた時空に戻るのは、スキップした先からでもいいのかぁ。てっきり、この空間に戻って来てからでないとだめなのかと思っていたわ。分かりにくいんだから」

「相済みません。そのため、質問を受け付ける時間を設けた次第です。老婆心から申し添えておくと、今回のゲームではそれぞれの方の行動は、行動したときになって初めて意味をなします」

「はあ? また分かりにくくなってる」

「たとえばSカードでAとB二人の方が同じ時空に跳んだとします。その場合、より早くスキップしたAの方がスキップ先で某かをなし、その結果変化した時空にBが現れることになります。そこにAはおりません。AとBが鉢合わせすることはないという意味です。お分かりいただけました?」

「分かったつもりだけど……そんなことしたら経過時間と滞在時間にずれが生じそうな気がしないでもない」

「ご心配なく。ちゃんと調整が入ります。後から行動を起こした方に“待ち時間”のようなものが発生しますが、そこは時間を飛ばすことでロスをなくし、各人の体感時間にも影響が及ばないように配慮します」

「気にするところはそこじゃないような」

 学生風の男が再び口を開く。

「要するにあとから行動を起こした方が上書きされるって認識でいいんでしょう? だとしたらみんな動こうとせず、様子見、腹の探り合いになるんじゃないかな。元に戻るスキップだってブービーの人が勝ちになるんだし」

「膠着状態を懸念されているのですね。皆様各人の資質にも拠りますが、そうはならないかと思っております」

「何故? 聞いた限りでは戦略的に待ちの姿勢が基本でしょう?」

 この疑問に対し、江住は恭しくお辞儀する。

「相済みません。まだお話していない点がございますので。最前述べました抽選とも絡んでくるため、そのときにお伝えするつもりでした」

「何だ、それを早く言ってくれなくちゃ」

 学生風の男は得心した様子で何度かうなずいた。

「ちょうどよいタイミングですし、この辺りで抽選と参りましょう。これによりスキップできる回数が決まります。そしてそれとは別に、他の方の戻る時空について、知る権利も決まるのです」

「戻る時空について知る権利……」

 時任舞子はそのフレーズを聞いて、おおよそ理解できた。

(他の参加者の戻るべき時空がいつどこなのかを知っていれば、邪魔をしやすいということね。極端な話、戻った先が火の海だったら戻るに戻れないっていうか、戻っても無駄。焼け死ぬだけ)

「なお、スキップできる回数が多い人は、知る権利は少なくなります。逆もしかり」

「スキップ可能な回数が少ないのに、情報だけ多くてもしょうがあるまい」

 スーツの男性が言った。独り言なのか疑問文なのか、訝しげな口調が低音で響く。

「その辺りは参加者の自由です。あくまで一例ですが、情報一つとスキップ一回分を交換することが可能なシステムになっております」

「それなら分かる」

「ただし、交換ができるのは今おられるこの空間に限ります。よそでもできるようにすると、あとからの妨害が可能になって収拾が付かなくなりかねませんので」

 そうか、と時任は合点が行った。

(この空間だけは過去や未来にスキップできないんだ。スタートして時間が流れていく、戻ったり早く進んだりのできない世界……それってSカードのない当たり前の世界だわ)

 遅まきながら理解した時任の前で、抽選の準備が始まった。


 続く

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