第36話 7-5

 江住とのやり取りを終えて、振り返ると、他のみんなは新たに得られた情報を元に思案顔になっていた。白髪男性が時任の顔を見ながら口を開く。

「あなたの推測が当たっているとしたら、スキップの回数が比嘉さんより劣る我々には、彼を下手に追い掛けても意味がないことになりそうだ。妨害工作をしても、上書きで対処される」

「僕達が協力し合えば相手を上回れますが、比嘉さん一人を全員で潰す意味もありませんしね。比嘉さんは比嘉さんなりに勝算ありと踏んで、スキップした訳だ」

 高校生風男子が補足する。さらに重ねて、今度は女子の方が結論めいた話でだめを押す。

「ていうことは、あのおじさんに関しては放置がベスト? 追い掛けて、知る権利をスキップの権利と交換する話を持ち掛けたとしても、応じる理由が向こうにはもうないし」

「そのようね」

 ドレスの女性が気だるげに言った。

「じゃあどうする? 残った私達で争う? その挙げ句、比嘉って人が労せずして漁夫の利を得るかもしれないけれども」

「確かに、争うのは無駄かな。比嘉さんがすんなり勝ち抜く可能性が出て来た状況下で、五人だけで争って自分に有利な状況を作れたとしても、たいした意味はないでしょう。運を天に任せて二十四時間ぎりぎりでのスキップをし、ブービーを狙う方が建設的ってもの」

 男子高校生風が言うのへ、白髪男性が今思い付いたという体で、右手の人差し指をぴんと立てた。

「我々の競争が運任せになってもいいのであれば、そのついでに比嘉氏を出し抜く方法があるね」

「へえ、どんな?」

「今からこの五人で同時にスキップして、それぞれいるべき場所に戻るのだよ。そうすれば比嘉氏は一人取り残され、最下位になる。そうして我々の中の誰か一人が、運によって下から二番目になる」

「ははあ……二十四時間待つ必要はないと。確かにその方法を実行すれば、比嘉さんは確実に最下位だろうなあ。しかし、僕らが同時にスキップするというのはどうですかね。誰かが裏切って、ワンテンポ遅くスキップしやしないかと、疑心暗鬼になるのは目に見えているような」

「そうなのだよ。いくら公平ならいい、運に任せると口では言っても、目の前に出し抜くチャンスが転がっていればそれに飛びつきたくなるものだろうし。この計画は現実味が薄い」

「ではどうします?」

「各々が自由に過ごすしかないと思うが」

「しかし、スキップの回数に余裕がある人に、自分の行き先を握られていたら不安が募りますよ」

「そこまで気に病む必要があるかね? こうして穏やかに会話しているが、我々は敵同士、控えめに言ってもライバルだ。それも運命が懸かった勝負の。腹の探り合いにも疲れた。そろそろ切り上げて、本音で語った方がいいのではないかと思う」

「じいさんの言う本音って?」

 女子高校生風が口を挟む。その表情を見ると、腹を割っての議論になるのを待っていたかのようにも思えた。

「個人で行動するのがいいと考えている者もいれば、最低でも二人で協力して最後はその二人で二分の一の勝負に持ち込みたいと画策している者もいるかもしれない。あるいは全員の出方を見極めた上で、自分も方針を決めようという人も。そういうのを全部吐き出せば、少なくとも現在の膠着状態は抜けられるだろう」

「それなら、まずは本人から始めてみたら?」

「ん? 私か。そうさな、最初に全員のSカードがどんなタイプなのかを見せ合えたらよいな、とは思っているが現実的ではないだろう?」

「私は別にかまわないけど」

 ドレスの女性が即答した。が、行動は伴っておらず、カードを隠したままだ。

「ネックなのは、行き先を知る権利があることよねえ。Sカードを見せたら、誰が誰について知っているか、丸分かりになる。それを理由に邪魔されたら厄介」

「でしょうな。私も同じ気持ちだ。そもそも期待しとらん。何故ならスキップが二回しかできないSカードを持っている人にとっては、そのことを知られるのは大きなハンデとなるからな」

 どういうことですか?と思わず口走りそうになった時任。だがその行為は、自らがスキップ二回のSカード持ちだと告白しているようなものじゃないかブレーキが働き、口をつぐめた。

 代わりにはからずも、ドレスの女性が聞いてくれた。

「それ、どういう意味? 言っとくけど、私は違うから」

「誰かをあぶり出そうという狙いで言ったのではない。純粋に親切心からだ。各人、最終的な行き先がどの時空なのか、二人に知られているはずだろう? その二人が妨害工作に出たら、スキップ二回の人は妨害に対処する術がない。余分にスキップできるのは一度きりなのだから。無論、一度のスキップで二つの妨害をまとめて解消することもあり得ないとは言い切れんが、可能性は高くないと思えるのだよ」

 そんな弱点が……時任はまたまた、今頃になって己の立場を思い知らされ、身震いする思いを味わう。その動揺を面に出さないようにするだけで一苦労だった。

「結局、協力することは望めそうにないの? なら、私はタイミングを見て、何度かスキップして来ようかしら」

 女子高生風が始まらない議論に苛立った様子で、早口で言った。ドレスの女性が尋ねる。

「何で?」

「もう一つの可能性に気付いたんだよ。あの比嘉っておじさんが何をやるのか。寝だめをしておくのが賢いかもだわ」

「寝だめ?」

「分かんない? あのおじさんはSカードを使って、今の内に目一杯睡眠を取る。そしてここにいる私らが疲れてうとうとし始めるであろう頃に戻って来ると、私らが眠るのを待って、Sカードを奪おう――こういう作戦だってあると気付いたの」

「ほー、凄い。よく気が付くもんだわ」

「対抗するには、Sカードを使って跳んだ先で自分もできるだけ眠っておくこと。これしかないんじゃない? 私はとりあえず、比嘉のおじさんが戻ってくる可能性のある三時間後ぐらいを目安に、どこかにエスケープしておこうと思ってる」

「――」

 皆が賛同したようだった、と時任は感じた。


 続く

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