その11

 俺はコートのポケットからスマートフォンとICレコーダーを出し、前者をジョージに渡し、警察に連絡してくれるように頼み、レコーダーのスイッチを入れ、川本の傍にかがみ込んだ。


『さあ、喋って貰う。辛いだろうが、こっちも金がかかってるんでね。当然だが、こいつは依頼人に渡す。それから一応ドンパチになったんだから、警察オマワリにも知らせておかなくちゃならん。ああ、お前さんには黙秘権って奴があるから、後で自分が不利になると思われることは話さなくても構わん。』


 面倒くさいが、俺は免許持ちの義務として言わねばならないことだけを言う。

 川本は相変わらず蒼ざめた顔で、荒い呼吸をして、上半身を起こし、暫くだまっていたが、やがてゆっくりと語り始めた。


 なるほど、俺が調べた通りだった。

 彼は別に当麻淳とは何の面識もない。

 格別熱狂的なファンだという訳でもない。


 なのに何故奴を狙ったか?

 答えは簡単。

”許せなかった”

 それだけだという。

 自分は結婚目前で婚約を破棄された。

 傷つき、何もする気が無くなり、そして仕事も辞め、引きこもりになった。

 ちょうど同じころである。

 川本が当麻淳について知ったのは。

 近頃は電子版というものがあり、一定の金を払えば、漫画だってネットで読むことが出来る。

 彼もそれを利用して、ある電子書籍のサイトで、当麻の漫画について知った。

 そして”あれ”を読んでしまったのである。


 傷ついた。

 まるで自分のことを言われているようで、ひどく不快になった。

 真面目な婚約者を裏切って、別の男に乗り換える。

 それだけじゃない。

 彼女はまだ婚約をしていた時に、既に男と性的関係にあったのだ。

 当麻の漫画は、あくまで”彼女視点”で描かれ、傷ついた男の事など一顧だにしない。

 欠片も自分に対し罪悪感を持たない。

 むしろ自分たちの行為を美化し、正当化している。

 自分の傷をえぐられているような、そんな気がしてきたのだ。

『そして彼の元に抗議のメールや脅迫状を送り付けたというわけか?』

 川本は何度も息を吐きながら頷いた。

 一度だけ返事が来た。

 そこには、

”自分は恋人を裏切ることを正当化しているわけではないし、彼女を美化しているわけでもない。ただ、描いている漫画のジャンルがジャンルだから、ああせざるを得なかったことを理解して欲しい”

 極めて事務的な調子に感じられた。

 その後も幾度かに分けてメールを送り続けたが、もう返事を寄越すことはなかった。

 川本の怒りは次第に増幅していった。

 勢い、言葉の調子も荒くなる。

 何度目かのメールにようやく二度目の返事が来た。

”いい加減にしてくれ。私にも創作の自由、表現の自由というものがあるのだ。これ以上執筆を妨害するようなら、こちらにも考えがある。”

 売り言葉に買い言葉だったんだろう。

 向こうも随分居丈高な調子に変わった。

 それからはもう、

”この男、許せん。”となり、

 殺害計画を練り始めた。

 ハッキングの技術を駆使して、彼の現住所や写真(今の漫画家達がそうであるように、当麻淳も顔写真を公開していない)を発見した。

 不法輸入した拳銃と弾丸も手に入れた。

 仕入れ先は、思った通りあの新橋の横手商会。

 拳銃だけじゃない。

 プラスチック爆弾も手に入れた。奴を殺せば、どっちみち自分は刑務所行きになるだろう。

 そうなれば、もうこんな世の中、生きていても仕方がない。

 それと並行して、当麻淳の行動も逐一調べる。

 彼がどこに行くか、誰と逢うか・・・・調べようと思えばたやすい。

 

 かくして川本博は襲撃計画を着々と練った。

 この施設は狙撃の為のトレーニング用として、銃器の密売屋に照会して貰ったのだという。





 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る