その10

 そこは、四方の壁、そして天井を打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた部屋だった。

 奥行きはざっと30メートルはあるだろう。

 すぐ手前に横長のスチール製の台があり、その前に一人の男が、ヘッドホーン型のイヤープロテクターを嵌め、サングラスを掛け、両手で拳銃を保持し、遠方にある標的を狙っていた。


 後ろから見ているので、拳銃の型式までははっきりと確認できたわけではないが、おそらくベレッタであろう。


 蛍光灯の青白い光が、部屋中を包んでいる。

 拳銃を構えた男、川本博は、的に向かって、心持ち足を開き、腰を落として引き金を絞る。

 轟音が室内に響き、標的に続けて6つの穴が開く。

 穴の開いた標的、それは紛れもなく、あの当麻淳の著書だった。

 彼はマガジンを押し出し、テーブルの上に置いてあった別のマガジンを取り、装着する。

 再び轟音。

 また当麻淳の著書に穴が開く。

 本はどうやら二冊分をガムテープで重ねて縛ってあったようだが、そんなものをものともせずに貫通していた。

 その後も彼は夢中で撃ち続け、2分もしないうちに、コミックス二冊はハチの巣になってしまった。


 俺とジョージは彼が的に集中している間にドアの隙間から足音を忍ばせて中に入る。


『そこまでだ。ゆっくり拳銃を下ろせ。そして手を上げろ。』俺は部屋に入ると、M1917の銃口をまっすぐ川本の後頭部にむけて叫ぶ。


『分かっているだろうが、俺も拳銃を持っている。それに俺は探偵だ。あんたと違って合法的に拳銃の所持が許されているんだ。』

 川本がふいにこちらを振り返り、ベレッタの銃口を向け、引き金を絞るのと、俺とジョージが左右に分かれ、横っ飛びに飛んだのは、殆ど同時だった。

 轟音が長方形の屋内にコダマする。

 俺の.45ACP弾が奴の左肩を、ジョージのスリング弾(簡単に言えばパチンコ玉だ)が、奴の右肩を捉えた。


 拳銃を放り出し、川本は仰向けにコンクリートの床に倒れる。

 

 俺はベレッタを拾い上げ、弾倉マガジンを抜き、遊底を引いて薬室に残っていた残弾を押し出す。

『大丈夫だ。ダンナ、命はあるぜ』

 川本の上にかがみ込み、脈と呼吸を確認したジョージが叫ぶ。

 俺は拳銃をベルトに挟み、ダウンポーチに入れてあった止血帯を取り出して奴に向かって放った。

 

 ジョージは手慣れた手つきで止血作業を施す。

 俺は大股で歩み寄ると、蒼い顔で荒い呼吸をしている奴の鼻っ先に、認可証ライセンスとバッジを突き付けた。

『た、探偵・・・・その探偵が何の用だ?』

『それはこっちの言うセリフだ。一体何の目的で当麻淳をそこまで着け狙い、殺そうとするんだ?』

『お前には・・・・お前には関係のないことだろう』

 苦しそうな喘ぎ声に続けて、絞り出すように言葉を吐きだした。

『関係あるね。それが俺の仕事だからだよ。』


 

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