その9

 車は都心から随分外れたようだ。

 相手はこちらの存在に気付いているのかいないのか分からないが、急にスピードを速めることもなく、ほぼ一定に保って進んで行く。

『所沢のほうに向かってるな』

 ジョージが呟く。ラッキーストライクの煙が、俺の座っている後部座席にまで流れてくる。

 しかも次第に人家が少なくなる。

 街路灯と、ヘッドライトに反射した道路標識しか光が無くなって来た。

 歩道を歩いている人の姿も次第に少なくなる。


『どこへ行くつもりなんだろうな?』

 ジョージは言ったが、俺は構わずに追跡を続けさせた。

『心配するな。ガス代プラスギャラは倍払ってやる。だから追跡続行だ』

『オーライ』

 4WDが横道を逸れた。

 坂道を上がっていく・・・・というより、そこから先はもう道なんかない。

 街灯も無くなった。

 舗装道路ですらなくなってくる。

『こっから先は山だぜ』

 なるほど、確かに山だ。

 4WDは構わずそのまま山道を上がって行く。

『停めてくれ』

 俺が言うと、ジョージはワゴンを急停車させる。

『後は歩く』

 俺は身支度を整え、車から降りる。

『何だったらここで待っていてもいいんだぜ』

 俺の言葉に、

『仕方ねぇ、けてやるよ。その代わりもう三つ上乗せだ』

『良かろう』

 ジョージは暗闇でも分かるように白い歯を見せて笑い、ヘッドライトを消す。

 俺はヘッドバンドに装着したライトをつけ、ジョージも同じようにライトを装着する。

 それからしばらくの間、俺たち二人は一言も言葉を交わさず、黙々と山道を登っていく。

 両側は笹と草むらがどこまでも続いている。

 東京からほんの1時間とちょっと離れただけでまだこんな光景があったのだな。


 20分ほど歩いたところで、目の前にそれほど高くはないが、山がそびえ立っているのが分かった。

 山に通じる入り口に鎖が渡してあり、真ん中に白い字に真っ赤なペンキで、

『立ち入り禁止』の文字があった。

『やつはこの中に入ったな』

 なるほど確かに山に通じる道には、轍の跡が続いている。

『いくぜ』

『おう』

 俺たち二人は鎖をまたいで中に入っていった。


 真っ暗な山道、頼りにするのは頭に着けたヘッドライトのみである。

 およそ30分は歩いたろう。

 大きなコンクリート製の入り口が山肌に造られてあり、錆びついた鉄の扉に、馬鹿でかい南京錠が、半分外れた形でかかっていた。

 恐らく、遥か大昔に日本軍が弾薬庫か何かの為に造ったものだろう。

 南京錠を外し、扉を押す。

 きしむような音をさせて、扉は内側に開いた。

 中に踏み込む。

 湿っぽい、換気の良くないコンクリートと土の入り混じったような臭いが鼻に届く。

 足を忍ばせ、前に進む。

 すると、100メートルほど前方のとっつきにまた扉があり、その上から薄く明かりが漏れていた。

 俺は懐のホルスターからM1917を抜く。

 ジョージもポケットからスリングを取り出した。

 二人同時に、ヘッドバンドの明かりを消した。

 その時、低く、籠るような音が、扉の向こうから響いてきた。

 何の音かは直ぐに判別出来た。

 銃声である。

 三発、四発・・・・銃声は続けて扉の向こうから聞こえ、狭い通路に尾を引いて響き渡った。

 俺は手で合図を送り、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと内側に押した。







 

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