3話 婚約者との手紙のやり取り

 前世の旦那様のことを考えていた、フェリシアンヌ。丁度…その時、他のメイドが「お嬢様、カイルベルト様からお手紙が届いておりますよ。」と、部屋まで持って来てくれる。フェリシアンヌにとって、新しい婚約者であるカイルベルトは、、何故か…安らげる存在で。その彼からの手紙と聞き、頬をほんのりと赤らめながら、嬉しそうに手紙を受け取った。


フェリシアンヌはドキドキ胸を高鳴らせて、封を開け便箋を取り出す。彼の手紙には、暫く忙しくて会えなかった間の出来事から、今日の手紙を書いた時までのことが、詳しく記されていた。まるで、交換日記みたいだなあ…と、また前世の記憶に戻る彼女は。


前世にも似たようなことがあったと、思い出して。旦那様も似たような手紙を、書いてくれたっけ…と、感傷に浸りながらも…。懐かしいという気持ちで、胸が熱くなってくる。前世の旦那様に会えないから、というていではないのだが、無性に婚約者に会いたくなり、つい…そういう内容の返答を、手紙に書いてしまっていた。


封をしている最中に、ふと…フェリシアンヌは冷静になる。…会いたいなどと書くなんて、はしたないわね、前世でもあるまいし…。そう…我に返った彼女は、一度封をした封筒を使用する訳にもいかず、新しく書き直して封をした手紙を、エルに渡してカイルベルトの元へ…と、アーマイル公爵家へと出させたのである。


ノイズ家からの手紙は、ノイズ家の使用人が持参して、こちらの手紙である返答も持って帰って行った。では、カイルベルトからの手紙はどうなのか…と言えば、同様である。先ず、アーマイル家の従者の誰かがハミルトン家に持って来て、急ぎであればノイズ家の使用人のように待っているのだが、通常は対応に出たメイドに手渡し、帰って行く。そしてハミルトン家も同様に、従者の誰かがアーマイル家に持参する、という訳である。手紙が出される頻度は、主人が書き終えて封をした後、メイドに指示されれば、即仕組みになっていた。


前世の日本のような郵便システムがない以上、主人(家族も含む)に指示されたことは、絶対に優先すべき順位である。例え…その時間が、自分の忙しい仕事の時間であっても、または自分の食事や休憩時間であっても、既に就業時間が過ぎていても、主人の命令は絶対なのである。但し、それも仕える主人によって、異なってくる事項ではあるが…。


ノイズ家はどうだか分からないが、アーマイル家とハミルトン家に限っては、使用人達の自由な時間まで奪う程、冷酷な主人ではない為、手紙を出す時間に対して、使用人達の意思に任せてある。速達として頼むものは、例外ではあるものの、一般的な手紙に対して即配達しろ、とは言わないのだ。それでもなるべく、主人の為にと使用人達の意思で、手が空いている者が届けていた。


さて、手紙を出し終えたフェリシアンヌは、エルにお茶の用意をしてもらい、ゆっくりと寛いでいた。時間的に、ノイズ家に出した手紙は、今日中には確実にアレンシアに届けられ、今頃はもう…フェリシアンヌからの手紙を、読んでいる頃からもしれない。アーマイル家への手紙は、まだ使用人が届けていないだろうが、今日の夕方頃には遅くとも届けられるだろう。そう考えながら、のんびりと紅茶を飲む彼女は…。


知らなかったのだ。、出されてたのだとは。封をした状態で、彼女の机の上に置かれていた手紙は、エルではないもう1人のメイド・マリルに見つかり、彼女は良かれと思い、他の使用人に手渡したことを。そしてその手紙は、もう1通の手紙とは別の人物により、後から届けられることになることを…。






    ****************************






 一方、アーマイル公爵家では、カイルベルトが自分に与えられた執務室で、忙しく執務をこなしていた。カイルベルトは今年で18歳となる。王立学園では最高学年となる、5年生となっていた。来年は卒業することとなる。


王立学園に通う期間は、前世とは異なっている。乙女ゲームに似ている世界では、屡々しばしばゲームの設定通り、日本の学校と同じように4月で始まり、来年の3月で学年が変わることとなる。ところが、乙女ゲームとも日本の期間とも、この国の通う期間は異なり、その年が始まると同時に学年が変わり、年が終わるのと同時に学年が終業し、最高学年は卒業となる。それもその筈で、この国には四季というものがなく、年末年始という時期もない。年中穏やかな気候で、暑くなったり寒くなったりは…滅多にしない国である。


月の数え方は同じではあるものの、春初秋冬の言葉もなく、夏休み等の概念も無い為、カルテン国の王族の祝いの行事に、長期休暇が合わせられている。5月・9月そして12月の頃と決まっていた。当然だが、夏休みや冬休みが存在しないのである。だから、前世で言う早生まれの生徒は、同じ年齢の生徒と同学年である。


そういう理由で、カイルベルトは2年ほど前から、卒業と当時に実践が出来るようにと、学業の合間に少しずつ、公爵家領主となる勉強が増えている。その為、まだ比較的余裕のあった去年の暮れまでは、フェリシアンヌとの時間も取れていたのだが、婚約後は特に忙しくなっていた。それでも何とか、時間を作っていたというのに、最近はそれさえも難しくなっていたのだ。


これは……父上の指示だな。カイルベルトは眉を顰めつつ、そう思う。間違いなく父上は、領主となる勉強を、としている。当主となる勉強は、幼い時から既にしている。領主としての勉強は、それとは異なるものである。自分は領主になっても、自分が実務をすることはない。ほぼ指示をするだけで、あろう。何しろ、自分は…宰相になるという、道が用意されているのだから。


卒業までに領主の勉強を終わらせて、卒業後はフェリが卒業するまでは、領主の実務をさせるつもりなのだろう。そして、結婚後に頃合いを見てから、宰相補佐という形で、宰相の仕事を実務の中で覚えて行く、という過程を踏みたいのだろうな。このまま上手くいけば、今の王太子が王位に就く頃には、息子が宰相になれるという計算なのだろう。


カイルベルトは父の考えを読み、はあ~と深い息を吐いた。父には期待されているのは理解できるが、自分も勉強が嫌いな訳でもないし、宰相になりたくない訳でもないのだが…。それでも、理不尽だと言いたくなる…。これでは…フェリと会える時間が、殆ど無い…と。漸くだと、言うのに…。


その時、彼が居る執務室の扉をノックする音が響き、彼は入室の許可をすると…。

アーマイル家のメイドが、手紙を持って入室して来た。


「フェリシアンヌ様からのお手紙が、届いております。」


メイドには机の上に置くように指示し、再び仕事に熱中する。メイドが出て行くとすぐさま、「お茶の用意をしてくれ。」と執事に話し掛けて、手紙を手に取るカイルベルトに。


カイルベルトの傍に立ち、執務を教えているアーマイル公爵家の執事ルストは、長年この家に仕えている。届いた手紙を微笑みを浮かべて読む、カイルベルトを見つめながら、微笑ましい物を見るように目を細めた。こういう子供っぽい、年相応のお坊ちゃまを拝見したのは、何年ぶりのことでしょう、と感慨深くなり。少し前までは、結婚に興味がないのでは…と、思われていたカイルベルトに、アーマイル公爵家では誰もが、この婚約を心の底から祝福していた。


カイルベルトが唐突に、ハミルトン侯爵令嬢に好意を示した、という噂を聞いた時には、誰もが嘘だろう…と思っていた。今までの彼は、異性に対して特別な好意を示すことが、皆無だったからである。その彼が、婚約破棄となったばかりのご令嬢に、自分から近づくなどは有り得ない…と、誰もが思っていたのだった。


しかし、噂は…本当であった。誰もが気付く程に、彼は彼女を口説いていたのだ。今まで誰にも向けなかった熱意を、彼女ただ1人に向けて。彼女は婚約破棄された側の立場だが、国王が彼女には一切の非がないと認め、婚約自体がないものとされていた。国王がこういう事態に口を出すなど、異例の事態である。然も、彼女自体の評判は非常に良好で、王太子とも兄妹のような関係でもある。


アーマイル公爵家が反対する理由など、何処にもなく。それどころか、カイルベルトが恋に堕ちたのが彼女で良かった、と大賛成であり。この機会を逃がしてしまっては、カイルベルトはもう…結婚をしないことだろう、と誰もが気付いてしまうぐらいで。そういう事情もあり、アーマイル公爵家の行動は非常に迅速であった。


カイルベルト本人に確認した後、公爵からハミルトン家に正式な婚約の申し込みを入れ、政略結婚に近い形式で、早々と…彼女を囲い込んだのである。アーマイル公爵家が一丸となれば、可能な事である。


その間、あっという間の出来事…と言いたいが、流石に彼女側が婚約破棄となったばかりでもあり、王家へ提出する書類の作成、並びに王家側が受理するのに、少々時間が掛かってしまった。それでも最短ルートで、決定したのだが…。アーマイル公爵家とハミルトン侯爵家が、王家にからこそ、成り立った最短ルートでもある。


 「フェリシアンヌ殿なら、申し分ない。カイル、よくやったぞっ!」

 「本当ですわ。あのように礼儀作法の完璧なご令嬢が、わたくし達の娘になるなど…。嬉しいですこと。」


子供のように燥いでいる、アーマイル公爵夫妻を見つめていたルストは、彼も同様に心から嬉しく思い、ひっそりと嬉し涙を流していたのである。


坊ちゃま…ようございましたね、と……。






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 一応は、前回からの続きとなります。今回から漸く、フェリシアンヌの婚約者が登場致します。そして今回から、婚約者側の名前付き執事が初登場です。


さて、前回では、アレンシアに手紙を書いたフェリシアンヌですが、今回は婚約者に書いています。1回目は読まれると不味いので、書き直したようですね。


後半は、その婚約者である、カイルベルト側の事情となります。現在と過去のお話が混じっています。カイルベルトの両親は今のところ、特に名前がない予定です。

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