4話 出されなかった筈の手紙

 カイルベルトは領地の勉強の合間に、忙しいながらも休憩を取り、先程受け取ったばかりのフェリシアンヌからの手紙に、目を通し始める。最近、真面まともに顔を合わすことが出来なくなってからの出来事が、手紙に記されていた。ふむふむ。フェリらしい手紙だなあ。前世の彼女を思い出しながら、そう思う。


そうは言っても、育った環境が異なっている所為もあり、前世と全く同じという訳ではない。そういう片鱗へんりんが、度々たびたび見られるということだ。それでも彼は、元々知っている彼女の一部を見せられる度に、微笑ましい気持ちになっていた。


手紙を読むと、彼女に会いたいという気持ちが、ドンドン募って来るカイルベルトは。この機会に、領主としての勉強をすること自体に、異議はない。結婚してから忙しくなって、マシだと、思っている。婚約中ならば、彼女もまだ自由が効くし、家族と一緒の方がいいだろう、と。その日は、彼女の手紙の内容に満足し、カイルベルトは眠りについたであった。


ところが、何故か今朝早くに、カイルベルトは再び…彼女の手紙を受け取ることになる。手紙は、昨日貰った筈だが…。不思議に思いながらも、封を切った彼は…。手紙を読むカイルベルトの顔が、何時いつにも増して、険しい表情に変わって行った。そして顔を上げた途端、執事であるルストを呼び止める。


 「ルスト、今からハミルトン家に行く。馬の支度を頼む。」

 「えっ!?…今から直ぐに…ですか?…いくら何でも、早すぎる時間ですが、何か…ございましたのでしょうか?」

 「…分からない。だが、彼女がこういう事を書いて送って来るとは、余程のことでは…ないだろうか?…兎に角、自分の目で彼女の無事を、確かめたいんだ。」

 「そういうことでしたら、了承致しました。直ぐに手配致します。」


ルストはそう言い、主人に頭を下げて去って行く。カイルベルトはほう~と、息をいた。別に…彼女が助けを求めて来たのではなく、緊急性もないものだったが、嘘を吐いた訳でもない。前世の彼女ならば兎も角、現世の彼女は絶対に書かない、内容である。彼としては、何かあったのか…と心配になり。また、彼女の手紙通りに彼も、…というのも大きくて。


5分ほどで完璧に身支度を終えたカイルベルトは、同様に外出の手配を終えたルストが、用意させていた馬に乗り、大急ぎで婚約者・フェリシアンヌの元へと向かったのであった。本来ならば、本日中に訪問すること、若しくは…今から訪問することを、ハミルトン家に使者の遣いを出した後に出向くべきなのだが、今の彼にとっては1分1秒も惜しい…。


下手に訪問を知らせれば、彼女は…隠そうとするかもしれない。使用人達にも協力をさせて、彼女の本心を…隠してしまうことだろう。それは…困る。どういう気持ちで、あの手紙を書いたのか、是非とも…聞き出さなくては。


早朝ということもあり、馬で駆け抜けると…あっという間であった。前世と違い、車のような便利な乗り物もない代わりに、舗装されている道路が混むことは、そう滅多にない。たった今もすれ違う馬車は、殆どが停車されている状態だ。近くを歩いている人々も、殆ど見かけない時間帯である。それでも、彼は気をつけて、何時でも止まれるほどの速さで、馬を走らせた。


馬や馬車と言えども、生きている人間を撥ねたならば、撥ねられた人間は…無傷ではいられない。車同様、打ちどころが悪ければ、人間は死亡する確率も高くなり、前世の交通事故と変わらない。


前世では、知りあいを交通事故で亡くした彼には、自分が事故を起こす側にはならないようにと、現世でも気をつけていた。彼は…転生後も、は変わっていない。現世の貴族としては、致命的な部分でもあるのだが、そこは育った環境からも、前世のようにただ優しい訳でもなく…。それなりに、貴族らしく感情を出さないようにするのも、上手かったのである。


そう急がせて馬に全力疾走をさせなくとも、十分に普段よりも早く、ハミルトン家に到着したカイルベルトを見て、ハミルトン家の警備の者達の1人が、屋敷の中に居る執事に慌てて連絡しに行った。彼が何時ものように、自分の警備の者に馬を任せ、彼らが牛舎に預けているうちに、ハミルトン家執事である壮年の男性・ロイドが、珍しく慌てたように現れ、カイルベルトを出迎える。丁寧な一礼をし、カイルベルトの言葉を待っていた。






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 相手の人物が、あまり親しくもない貴族だったり、全く知らない貴族だったりする場合には、執事から「何の御用でございますか?」と尋ねる場合もあるが、本日のお相手は…主人の娘の婚約者である。然も…彼は、自分が使える主人よりも身分が上で、公爵家の跡取りのご令息だ。他家の執事のロイドにとっても、十分に配慮する必要があり、絶対に、相手なのである。


 「こんな早朝に、申し訳ない。今朝早くに、フェリから手紙をもらったが、何時もとは違う内容の手紙に、彼女の様子が…心配になったのだ。早朝にも関わらず、迷惑を承知で来てしまった…。」

 「そうでしたか…。お嬢様のお手紙が…ですか。昨夜、わたくし共がご様子をお伺いした限りでは、フェリシアンヌお嬢様は…何時もとお変わりのないご様子でしたが…。」


カイルベルトの語る内容に、ロイドは内心で…首を傾げる。ハミルトン家の執事たる者、不確かな情報をそのまま相手に伝える訳にはいかないと、自分が答えられる範囲の内容を口に出す。そして、決して…疑問に思ったとしても、行動には出すことなく、姿勢を崩すことのないまま、毅然とした態度で応答するのであった。


 「そうか…。フェリに会いたいのだが、もう起きているだろうか?」

 「はい。メイドからはそのように、報告を受けておりますが、今すぐ…ご確認致します。カイルベルト様にはそれまで、客間にてお待ちいただきますよう、お願い致します。」


テキパキと受け答えしながら、執事は玄関口を開けると、メイドの1人にカイルベルトの接待を託し、自分はメイド長に確認を取りに行く。お嬢様が起床されているのかどうかを、確認する為である。そうして、メイド長からフェリシアンヌが起床しており、既に朝の準備を終えたと報告を受けると同時に、婚約者の訪れを知らせたのである。


 「カイルベルト様が、いらっしゃっておられます。お嬢様にお会いしたいとのことですので、直ぐに客間の方へ来ていただくように、と…。」

 「えっ?!…カイルベルト様が…ですか?…まあ、それは大変ですわ。直ぐに、お嬢様にお伝え致します。」


メイド長は慌てて自ら、お嬢様を呼びに行く。他のメイドに指示する時間が、惜しくて。このような早朝に突然来られるお客には、それなりに待たせても、通常ならば文句は言わせないだろう。しかし、その相手がフェリシアンヌの婚約者では、別の話である。公爵家の人間であるにも拘らず、全く気取らないカイルベルトに、ハミルトン家の使用人達は、全員が好感を待っていた。


フェリシアンヌ付きのメイドのエルやマリルから、学年の違うカイルベルトと学園で中々会えない…と、お嬢様が寂しそうに零されていた、という報告をメイド長は最近受けていた。その上、カイルベルトは忙し過ぎて、この家にも最近は来ていなかった為、「少しでもお早く、会わせて差し上げなくては。」と、メイド長としての責任感を強く感じていた。


そうして漸く、彼女の部屋に辿り着いたメイド長は、扉をノックして素早く中に入る。フェリシアンヌの返答を待たずに入ったので、メイド長の態度に、フェリシアンヌもエルもマリルも、目を見開いた。「優雅な動作で」と言うのが、メイド長の口癖で。彼女自らが、普段からお手本を見せていて。3人は、ハアハアと肩で息をするメイド長に、内心では首を傾げる。


 「ラマダ、どうしましたの?…いつもの貴方らしくないけれど…。」


ラマダとは、メイド長の愛称である。メイド長の本名は『ラマンダ・テンプレス』と言い、ハミルトン家の料理長である『ロータス・テンプレス』の妻でもあった。ロータスもラマンダも元々は貴族の出なのだが、事情があって今は、ハミルトン家の使用人として働いている。2人の家は現在、名ばかりの貴族となっている。


ラマンダの母親は、礼儀作法を教える教師もしていたらしく、マンドリン男爵家の娘であったラマンダも、礼儀作法は厳しく躾けられていた。ラマンダの礼儀作法は完璧である為、ハミルトン家の子供達は彼女から学んでいる。ラマンダは厳しくも礼儀正しく、良き教師でもあった。


 「大変…申し訳ございません。実はたった今、カイルベルト様がいらっしゃいました。その為、急いでお知らせに参りました。」


メイド長が礼儀作法を疎かにしてまで、急いでやって来た理由は。それが…カイルベルトの来訪と聞かされて、フェリシアンヌだけではなく、エルもマリルも、言葉を返せない程に驚いて…。フェリシアンヌだけが何とか…言葉を返して。


 「………えっ?!…カイ様が?………。」


フェリシアンヌは、思考と共に身体の動きも、固まり、頭の中はパニックになっていた。昨日の手紙を書いた時点では、直ぐにでも会いたい…と思っていたけれど、流石にこんな朝っぱらから来られると、動揺が隠せそうにない。あの手紙は…送っておりませんのに、何故ですの?…そう思ってしまうのも、仕方がないだろう。


フェリシアンヌは、まだ…気付いていなかった。先に書いたものの、が、届けられてしまったことに……。全く…気付いていなかった。






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 今回は途中で、前日から翌日に変わりました。また、名前付きメイド長が初登場しました。主人公側の人物となります。


前日に、フェリシアンヌから手紙を受け取ったカイルベルトですが、翌日の今朝にも2通目を受け取り、その手紙の内容を見て、慌てて彼女に会いに行く…という流れとなっています。


1通しか届けていない筈のフェリシアンヌは、次回で…慌てふためくことに…?

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