2話 突然の謝罪の手紙の理由

 ある日唐突に、幸せだった平和な日々は、終わりを告げた。そう言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、フェリシアンヌには…そう思えたに違いない。目の前が真っ暗になるような気分となり、思わず…クラっと倒れそうになったが、自分の意思で持ち直し、何とか失態をせずに済んだ。自分の家とは言えど、高位貴族の令嬢としての気品が、それを許さなかったのである。彼女は、倒れそうになる身体を持ち直したのち、父親の視線を真正面から受け止める。


 「今更、何を言って来られたのか、真意は…測り兼ねますが、今わたくしが逃げても、今後もまたお手紙をいただくかもしれませんし、根本からは…解決致しませんわ。ですので、直接…お手紙を受け取りたいと存じます。」

 「…そうか。お前がそう言うならば、その方が手っ取り早いであろう。ロイド、お前には、フェリシアンヌに付き添ってもらう。」

 「はい。旦那様、了承致しました。」


父からの了承を得たフェリシアンヌは、執事の先導に付いて、父の執務室を出る。自分のメイドであるエルと従者を引き連れて。本来は使いの使用人が待機する部屋で、ノイズ家の使用人は立って待っていた。簡素な部屋ではあっても、ハミルトン侯爵家の待機部屋は、ノイズ家やモートン子爵家とは比べようもない程に、広くてアンティーク物の家具が置かれている、立派な部屋である。


ノイズ家の使用人は、あまりにも立派過ぎて、壊してしまわないか…とか、汚してしまわないか…とか、心配で心配でソワソワして待っていた。やがて、執事と共にやって来たご令嬢は、彼の想像よりも遥かに楚々とした美少女で、「ノイズ家のお嬢様とは違って、上品な人だなあ」と見とれてしまったぐらいである。この世界では殆ど見ることのない、黒髪黒目の人物に引き込まれるような魅力を、彼は感じていたのだ。


 「わたくしが、ハミルトン侯爵家の長女のフェリシアンヌですわ。貴方が、ノイズ家の令嬢のお手紙をお預かりされていると、お伺いしたのですが。」

 「……は、はいっ!…その…これが、ノイズ家のお嬢様のお手紙です。…で、出来ましたら、ご返事を簡潔で構いませんので、お願いしたく……。」

 「…分かりましたわ。直ぐに拝見させていただき、返答の手紙もご用意致しますわ。暫く、お待ちいただけますか?」

 「……は、はいっ!…勿論ですっ!」


彼が想像したよりも、彼女の声は天女のように美しく、透き通った声であり、使用人は更に魅了され、「うちのお嬢様とは、天と地ほどの違いだなあ。」と先程同様に、そこはかとなく…失礼なことを、考えている使用人である。


フェリシアンヌはノイズ家の使用人から手紙を受け取ると、踵を返して部屋を出て行った。エルと従者を従えて自分の部屋に戻り、エルにお茶の用意をさせている間に、手紙を開封した。緊張して手が震えてしまったが…。恐る恐る…封筒から便箋を取り出すと、他には何も入っておらず、ホッとした。前世ならば、剃刀かみそりの刃とかがだけれど、大丈夫のようね。そう思いながら、便箋に目を通す。


 「フェリシアンヌ・ハミルトン様。失礼を承知で、手紙を送らせていただきました。どうしても、あなたにお伝えしたいことが出来て、謝罪も兼ねて手紙を書いたのです。以前は…ハイリッシュ様の件は、頭を下げて謝っても許してもらえない、と漸く自分のしたことの大きさに、気が付きました。本当にごめんなさい。申し訳ありませんでした。謝って済むことではないのは、百も承知です。それでも、言葉にしないのは卑怯だと思ったんです。手紙だけではなく、謝る機会も与えてもらいたいです。図々しいお願いだと思うので、今まで…謝罪もせずにいたんですが…。私、最近になって、重要なことを思い出してしまって。それが、フェリシアンヌ様には迷惑な行為でも、私は謝罪も兼ねて信頼を取り戻したい…と思って、筆を執りました。手紙には書けない内容です。どうか、面会の機会を与えてくださるよう、お願いします。アレンシア・ノイズ。」


日本語にすれば、こういう内容の文字が書かれていた。この世界の文字は前世とは違うのに、発音は何故か…日本語にしか聞こえない。文字は英語に近いけれど、微妙に異なり…。う~む、西欧風の舞台なのに…。発音が日本語で、文字はアメリカ英語みたいとは…。この事実に納得がいかなかったのは、フェリシアンヌだけではなく、ではなかろうか…。


特に彼女は、前世がフランス人と思われ、ヨーロッパ系の西欧人なので、違和感が半端ないのである。流石は、乙女ゲームと似た世界…ですわ。西欧の言語は…他の国にはあるのだろうか?…と、遠い目をする彼女であった。






    ****************************






 手紙の便箋は1枚だけかと思われたが、よく確認すればもう1枚あるのに、フェリシアンヌは気付いた。…あらっ?…白紙なの?…気付いた瞬間は、そう思ったのだが……。これは…日本語……。懐かしい言語だわ…。あらあら…。ヒロインさんは、のかしらね?……クスクスっ。


 「私は転成者で、前世の記憶があります。前世は日本人でした。乙女ゲームにあまりにもそっくりな世界だったから、自分がヒロインに生まれ変わったと勘違いして、攻略対象をゲーム感覚で攻略していました。フェリシアンヌ様は、転成者ですか?…だったら、話しは早いのですが……。」


…やはり、そういう事情でしたのよね…。貴方が転生者で、乙女ゲームだと思い込んでいるのは、気付いておりましたのよ。ですが、貴方は…聞き入れてくださらなかった。この世界の貴族の常識をお話しても、礼儀作法を注意しても、彼女は…自分の気持ちを優先されて。そういうお人に、自分も転生者だとバレれば、余計に…悪意が芽生えると思って、気付かぬ振りをしましたのよ…。こういうお手紙を出して来られたということは、反省は…されたのかしらね?


それよりも、転生者の字が…間違っておりましてよ?…ふふふっ。わたくし、前世は日本人ではありませんけれど、これぐらいの漢字は分かりましてよ?…ふふふ。アレンシア様は前世の時から、勉強が苦手でしたのね…。このお手紙を拝見して、何となく…彼女を憎めない気がしてきましたわ。本当はそういうお人が、彼女の本当の姿だったのかもしれません。乙女ゲームの世界だと、意固地になっていたのかもしれませんね…。


アレンシアからの手紙を全て読み終わった頃には、フェリシアンヌの気持ちは、ヒロインに対して、同情のような気持ちに変わっていた。緊張で震えていた手も震えが収まり、穏やかな気持ちになっていたのだ。もしこれが、にせの心情を綴ったものだとしたら、アレンシアという人物は、相当なつらの皮が厚い人物であろう。


フェリシアンヌは、ノイズ家の使用人を待たせていることに思い出し、慌てて手紙の用意をエルにさせ、日本語で手紙を書くことにした。勿論、封筒の方には、この国の言語である文字で書くけれど。


 「拝啓。貴方からのお手紙を、拝見致しましたわ。貴方からの謝罪は受け入れました。もし、どうしてもお話したいことがある、ということでしたら、我が家に来てくだされば、お会い致します。突然は流石に困りますので、今日の使用人に、日時を知らせた手紙を、持たせてくださいませ。貴方の日時に合わせたいと思いますので、訪問前の少なくとも2日前には、ご連絡をお願い致します。」


そう…日本語で書いたのである。どう見ても、転生者だと分かるだろう。但し、彼女の前世が、西欧人とは…想像もつかないだろうが…。


フェリシアンヌは封をしっかり閉じて、ハミルトン家の紋章である封蝋も垂らし、彼女以外が封を切れば分かるようにして、手紙をエルに持たせた。先程の使用人が待機している部屋に、エルは急いで持って行く。フェリシアンヌは先程、直接受け取る義務は果たしたので、高貴な身分の彼女が、渡す時まで行く必要はなかった。本来ならばノイズ家の使用人如きが、直接会える身分のご令嬢ではないのだから。


その頃、エルはノイズ家の使用人に、「このように、お嬢様が封をされておりますので、このままノイズ家のお嬢様に、渡してください。」と説明しながら、フェリシアンヌが書いた手紙を手渡していた。それを、ノイズ家の使用人も受け取りながら、「了承しました。」と返答して。そうして、帰って行ったのである。


エルは速やかに彼女の部屋に戻って来て、「お嬢様、確かにお手紙はお渡しして来ましたよ。」と、彼女に報告するのだった。エルがいない間は彼女は1人、部屋でお茶を飲んでいた。お茶と言っても日本茶ではなく、紅茶だ。この国にもコーヒーはあるが、まだ貴族ぐらいしか飲めないものであり、日本茶は…この国にはない。他の国には存在していても、まだ輸入には至っていない。だから、この国でのお茶は、もっぱら紅茶のことなのである。


紅茶も好きだけれど、偶には…日本茶も飲みたいわね…。前世を思い出しながら、そう考えていたフェリシアンヌ。前世では、大の日本通だった彼女は、自分の夫である旦那様とよく一緒に、日本茶を飲んでいたのだ。自分でもお茶を淹れていたけれど、旦那様の淹れてくれたお茶とは、比べ物になりませんでしたわ…。旦那様は日本人だから、淹れるのが上手なのかと思っていたら、同じ日本人でも下手な人が多かったですわね。そう言えば、旦那様の実家がお茶屋さんなので、上手に淹れられないといけなくて、子供の頃から教わった…とか、でしたっけ?


…ああ。…前世の旦那様に、会いたくなっちゃったなあ…。






=====================================

 前回から、執事とメイドが初めて登場しました。前作のヒロイン・アレンシアが庶民になった行先なども、これではっきりとしましたね。前作の名無しの登場人物にも、今後は名前がついて再登場する…ことに、なるでしょう。


プロローグで登場した、アレンシアからの手紙が届きましたね。アレンシアが覚悟していた通り、主人公側には歓迎されていません。如何やらアレンシアの熱意だけは、伝わったようですが…。


前作では、アレンシアが転生者だと明かされてはいましたが、誰にも話してはいませんでした。これが、初告白となる予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る