第20話 最終決戦 6
サクラのスピードは速い。
炎王の攻撃は全て、サクラが通り抜けたあとの地面を抉り取る。
「ほう、なかなか素早い」
炎王が愉しそうな声を出した。それから複数の枝を束ね捻じり上げる。
「サクラ、前!」
ライセの声と同時に、サクラの進行方向の地面が突然爆ぜた。
「きゃあああ!」
ライセの声に咄嗟に反応したサクラは、爆心地からは回避したものの、あまりの衝撃波に体勢を崩され後方に吹き飛ばされた。
爆煙のように土煙が舞い上がり、岩石が一面に降り注いだ。量より質に切り替えた、炎王の凄まじい一撃であった。
サクラの吹き飛んだ先に、同様に捻じり上げた枝が更に二本三本と降り注ぐ。何とか直撃は避けるが、凄まじい衝撃波にサクラの体は右に左に煽られる。
土煙に視界を遮られ、降り注ぐ岩石にも注意を割かなければならない。堪らずサクラは空中に跳び上がった。
「ダメよ、サクラ!」
サクラ姫が叫んだ。
同時にサクラの真横から、捻じり上げた枝が襲いかかる。直前で枝を切り裂き直撃ダメージは防ぐが、その衝撃までは相殺出来ずに吹き飛ばされる。
完全に体勢を崩された。
そこを狙いすましたように、捻じり上げた枝がサクラの身体を真上から捉え、押さえつけたまま地面に叩きつけた。
大地が爆ぜ、噴火のように砕けた岩盤が噴き上がった。
「サクラぁあ!」
ライセが悲痛な叫びをあげた。
サクラ姫は顔が真っ青になり、声も出ない。
風が土煙を徐々に晴らしていく。降り積もった土砂以外に何も確認出来ない。
「いやぁぁああ!」
サクラ姫が悲鳴を上げた。
「大丈夫…だよ」
土砂の中からサクラがヨロヨロと立ち上がった。
サクラの周囲で金色の破片がパラパラと崩れ、光の粒となって消滅していく。
「トリナさまが…守って…くれた」
サクラは魔剣の力により身体能力が強化されている。当然、防御力も格段に向上している。
しかし本来なら、炎王の攻撃と大地のサンドイッチに耐えられる筈はない。
トリナの魔法壁がサンドイッチの瞬間の衝撃を吸収してくれたのだ。さすがにダメージがゼロという訳ではないが、なんとか自力で立ち上がれる程度に収まる。
「サクラ、私たちも戦うわよ!」
ムサシとトリナがすぐそばまで近付いて来ていた。
「小娘風情がっ!」
立ち上がったサクラに、炎王が初めて苛立ちの声を上げた。そして捻じり上げた複数の枝でサクラに向けて追い討ちをかける。
サクラは咄嗟に避けようとするが、膝がカクンと砕けて体勢を崩す。
「マズイ!」
ムサシは炎王の攻撃より一瞬早くサクラの元に飛び込むと、回避魔法でサクラを連れ出すことに成功する。
しかし複数の枝が同時に地面を抉る衝撃は凄まじく、ムサシはサクラを抱きかかえたまま衝撃波に吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられる寸前にトリナの魔法壁がふたりを包み、落下ダメージを吸収する。そこにトリナが駆けつけ、ふたりに手を貸し立ち上がらせた。
「サクラ!」
ムサシが大声を出した。サクラはムサシの急な大声に、体がビクッと強張った。
「お前は確かに凄いヤツだが、もっと大人を頼れ」
言いながらムサシは、サクラの頭をグシャグシャと撫でた。
「ごめんなさい」
ムサシとトリナを守るためというのは嘘ではないが、自分なら出来るという子どもじみた過信も確かにあった。
サクラは素直に謝った。
「分かればいいのよ。援護は任せて」
トリナは優しく微笑むと、サクラの肩をポンと叩いた。
サクラは、ライセとサクラ姫の方にも顔を向ける。
「心配かけて、ごめん」
「無事なら、それでいい」
ライセは頷いた。
「行きましょう、サクラ」
サクラ姫はサクラに向けて右の手の平を差し出す。サクラはその手をとるように左手を伸ばした。
「うん。行こう、サクラ!」
ふたりのサクラは、顔を見合わせると揃って頷いた。
「ヨシ、行ってこい!」
ムサシがサクラの背中をポンと小突くと、サクラは再び駆けだしていった。
***
炎王の攻撃が量より質に切り替わったため、枝の本数が極端に減っていた。
そこでムサシはサクラを狙う全ての枝に雷撃を落としていく。消滅させることは出来ないが、雷撃により炎王の枝は炭化し強度が下がる。
捩じり上げた枝が地面を抉る瞬間、そのインパクトに耐えきれず炎王の枝が砕け散った。
「小賢しい!」
炎王の声から余裕が消えた。
炎王の攻撃力が極端に減ったことにより、サクラは巨木の根元に辿り着いた。しかし東京スカイツリー程もある巨大な木である。駆け上がるにしても容易な事ではない。
サクラは見えない程の天辺を見上げ「うはー」と溜め息をつくが、一気に加速して駆け上がり始めた。
「虫ケラが、這いずりおって」
炎王が吐き捨てる。
警戒すべきはサクラであるが、先ずはムサシたちを標的に変更する。
束ねていた枝を全て解き、無数の枝を大きく広げていく。瘴気を吸い上げることにより、枝がみるみる力を取り戻していった。
「コッチかよ!」
ムサシはトリナをお姫様抱っこで抱きかかえると、回避魔法を発動する。ホバー移動状態で猛スピードのバック走行が始まった。
次々と襲い来る枝の攻撃範囲を瞬時に見切り範囲外に回避するのだが、あまりの本数の多さに魔法の継続使用を余儀なくされる。ムサシの集中力が猛スピードですり減っていった。
その上、炎王の攻撃速度がムサシの回避速度を上回りだし徐々に追いつかれ始める。今や炎王の攻撃はふたりの足元の地面を抉り取るところまで迫っていた。
「駄目だ、避けきれない!」
ムサシの表情が絶望の色に染まる。
「ムサシさま!」
トリナは魔法壁を展開すると、ムサシの首筋にギュッと抱きついた。「最期までムサシさまと一緒に」絶望の中で、トリナの唯一の意志であった。
トリナの魔法壁が炎王の枝先をガガガと受け止めるが、程なくしてパリンと砕け散り光の粒子となって消滅した。
その時、遠くで何かが煌めいたと思った瞬間、ふたりの頭上を三日月状の巨大な光の刃が通りすぎていく。気付けば炎王の枝先が全て消滅していた。
ムサシとトリナを静寂が包み込む。
「助かった…の?」
トリナはムサシに抱きついたまま、キョトンとしていた。
窮地を脱したムサシとトリナは、巨木を駆け上がるサクラの姿に目を向ける。
「本当に凄い子ね、サクラは」
下ろしてもらったトリナは、ムサシの横に立ち、顔を見上げながら言った。
「この俺が、助けられるとはな」
ムサシはトリナの肩を抱き寄せると、少し悔しそうに苦笑いしていた。
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