第19話 最終決戦 5
「サクラ…姫?」
サクラは渋い顔をした。ライセの想い人が自分と同じ名前であったのだ。何とも言えない奇妙な気分である。
再び真っ白な空間に戻ってきたサクラは魂喰に呼びかける。
「魂喰。あなたがサクラ姫なのね」
此方は魂喰?サクラ?
魂喰は混乱している。
ライセの消滅という事実に耐え切れなかったサクラ姫は「魔剣」という存在ごと消滅寸前であった。
しかし、サクラの誤解から「魂喰」という第二の人格を形成し、自身は深い眠りについてしまった。
これが、魂喰の正体である。
そもそもこの魔剣は、ライセの魂が姿を変えたものであり、魂を吸収する魔剣ではない。
では何故、サクラ姫の魂を吸収することが出来たのか?それはサクラ姫本人の魂に魂喰が同調したにすぎない。
「サクラ姫、姿を見せてよ」
サクラはやっと繋がった僅かな望みをサクラ姫に託していた。なんとかサクラ姫に直接会って、この閉塞した状況を打開したいのだ。
しかし何度呼びかけても何の反応も示さないサクラ姫に、サクラはとうとう爆発した。
「いいから、出て来なさい!」
サクラは目前の何も無い空間に両手の指先を引っ掛けると、両開きの引き戸を開けるように両手を左右に開いた。
途端に白い空間がパリンと砕け散り、真っ暗な狭い部屋に場面が移る。
その部屋の隅っこに、膝に顔をうずめ、体育座りをするひとりの少女がいた。
「あなたが、サクラ姫?」
サクラは駆け寄ると膝をつき、サクラ姫の肩を揺すった。
「お願いサクラ姫、力を貸して。ライセを救けたいの」
「ライセ…」
サクラ姫は泣きじゃくった顔を上げる。
「でも、ライセは私が…」
「違う!」
サクラは強い口調で、サクラ姫の言葉を遮った。
「私は絶対、ライセを救ける!」
サクラは立ち上がり、サクラ姫を見下ろした。
「あなたは、諦めるの?」
サクラ姫はサクラを見上げた。
おそらく自分より少し年下であろうこの少女の瞳には、とても強い光が宿っている。
サクラ姫は涙を拭うと、力強く立ち上がった。
「いいえ、諦めません!」
サクラ姫は、凛とした気品を取り戻す。
「それでこそ、サクラ姫。私と同じ名前なだけある」
サクラは「アハハ」と笑った。
「ところで、どの様にしてライセを救けるのですか?」
「分かんない。でも絶対救ける!」
サクラの自信に満ちた表情に、サクラ姫は思わず吹き出した。
「サクラ姫?」
サクラは困惑した。
「ごめんなさい、私」
サクラ姫は目の端の涙を拭うと、サクラを見た。
「勝算があるから動くのではなく、動くから勝算が生まれるのね」
サクラ姫は静かに目を閉じると、自分の中に眠る力の源をそっと抱きしめる。
「サクラ、私に任せてください。必ずあなたをライセの元に送り届けてみせましょう」
***
天空から一筋の光が降り注ぎサクラの体を照らす。その瞬間ライセはサクラの体から弾き出された。
「何だ?」
ライセは困惑した。ついさっき入れ替わったばかりなのに、一体何が起きたというのだ。
「ライセ!」
サクラはライセの姿を確認すると、ホッとしたような表情を見せる。
「サクラ姫、やったよ!戻ってこれた」
「ええ。無事に成功したようですね」
サクラの横に、サクラ姫がフワリと着地する。
サクラ姫が自分の中にある「
時間と空間を渡り歩く能力である。
ライセの魂のカケラを探す際に目覚めた才能であるが、サクラ同様、日常生活を送るだけでは開花し得ない才能である。
今まではライセの気配のするところへ大まかに跳躍するだけだったので、これ程ピンポイントに狙った時間に跳躍するのはサクラ姫にとっても初めてのことであった。
「サクラ姫?」
ライセは驚愕した。
あの日あの時に護ることが出来なかった女性が、突然目の前に現れたのだ。
「ライセには、魔剣の記憶が残っていないのね」
サクラ姫はクスクスと笑った。
「私たちは、ずっと一緒にいたのよ」
「?」
ライセには意味がわからない。
何かしら良いムードが漂いだす二人に、サクラが待ったをかけた。
「とにかく、炎王をやっつけるのが先だよ!」
「そうね」
サクラ姫は炎王の方に顔を向けた。見るからに不気味な巨木である。
サクラ姫。
不意に呼ばれて、サクラ姫はキョロキョロする。
わしはこの世界を守護していた神木の意識体じゃ。サクラ姫にだけ語りかけておる。
(ご神木さま?)
炎王の天辺になる木ノ実を使ってくだされ。わしの神通力を封じてある。お主の力の手助けとなろう。
(木ノ実?)
サクラ姫は炎王の天辺になる桃色の木ノ実を確認する。
辿り着くのはかなりの困難ではあるが、やらなければならない。
「サクラ、炎王の天辺にある木ノ実のところまで、私を連れて行ってください。後はなんとかやってみます」
「テッペン?」
サクラも炎王の天辺に目を凝らす。そういえば、ライセも天辺がどうとか言っていた。
「分かった」
サクラはサクラ姫に返事をすると、ライセの方に向き直った。
「ライセ、あなたの力がどうしても必要なの。だけど消滅するのは、絶対ダメだからね!」
「分かってる」
ライセは力強く頷いた。
「サクラ姫に無様な姿を見せる訳にはいかない」
「なんだ?サクラに戻ってしまったのか?」
ムサシとトリナがそばにやって来た。
「ムサシさま。もしコッチに炎王の攻撃がきても、トリナさまを絶対に守ってくださいね」
「ん?ああ、もちろん」
ムサシは頷いた。
「トリナさまは残った次元の歪みをお願いします」
「ええ、手筈通りに」
「私は炎王をやっつけてきます」
サクラはスラリと剣を抜いた。
「ひとりでか?」
ムサシが「無茶だ」と制止をかけた。
「ムサシさまたちを危険な目に合わせられない。だから私に任せて」
サクラは「大事な国王さまに無茶はさせられないよ」と冗談ぽく笑った。
既に魂喰の見せた未来とは違ってきており、ムサシとトリナの生命も絶対無事とは言い切れない。
自分の我がままに付き合わせる訳にはいかない。
「じゃあ、行ってきます」
ムサシの制止の声も聞かず、サクラは走りだす。
「ライセ、お願い」
「本当に、一人でいいのか?」
サクラが無言で頷くのと同時に、サクラの身体から眩い光が炎のように立ちのぼる。
サクラはそのまま流星のように加速していった。
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