第18話 最終決戦 4

「こんな終わり方、絶対に認めない!」


 サクラは浮かび上がった映像をかき消すように、両手でワシャワシャとかき混ぜた。


「魂喰、魂喰!」


 サクラは魔剣に呼びかけた。


 魂喰?私は、魂喰…?


「それが、あなたの名前なんでしょ?」


 あ、ああああ!


 サクラの脳裏を女性の嘆きが木霊する。


 サクラには訳がわからない。ひたすらに絶望の嘆きがサクラの脳裏に響き続ける。


 濁流に飲み込まれ上下左右も分からない中で、延々と嘆かれ続けるのは堪ったもんじゃない。


「もう、いい加減にして!泣きたいのはコッチだって言ってるでしょ!」


 サクラはキレた。


 途端にプツリと声が途切れた。


   ***


 サクラは大きな刻の流れの中を彷徨っているようであった。


 姫の死…


 騎士の絶望…


 魂喰の覚醒…


 そして、騎士の自決…


 急に辺りが真っ白に染まり、サクラはひとり取り残される。


 上下左右の概念がなく自分がどっちを向いているのか分からない。気を抜くと自分の存在さえ見失いそうになる。


「魂喰!いるんでしょ、魂喰」


 サクラは叫んだ。


 此方は、魂喰。


「ここは、何処よ!」


 ここは此方の能力の中枢。全ての次元、全ての時間の交差する場所。


「ここで私に、何するつもり?」


 何もしない。其方はこれから自身の体に戻る。それで全てお終い。あるべき時間に戻る。


「お終い?」


 サクラは言葉の意味を図りあぐねた。


 おそらくは死を意味する言葉ではなく、決まった歴史の流れ通りに進んでいくということなのだろう。


「ライセは、どうなったの?」


 消滅した。


「消滅…」


 サクラは涙が溢れるのをグッと堪えた。


「消滅したらどうなるのよ?また生まれ変わったりするの?」


 消滅は、文字通り消滅。未来などない。ライセはこの時間のループを、ただ繰り返すだけ。


 サクラは息をのんだ。顔が真っ青になる。


 ライセは、

 産まれ、

 姫を失い、

 自決し、

 過去に戻り、

 消滅する。

 この時間の牢獄に囚われ続けているのだ。


「こんなのって、ないよ」


 サクラは心が揺れて、気が緩みそうになる。しかし寸前のところで自分に喝を入れる。


 この空間で気を緩めると、一瞬で自分の体に戻ってしまうと直感する。


「どうにか、ならないの?」


 どうにもならない。


 サクラはギュッと唇を噛んだ。


 やはり、どうにも出来ないのか。全ては決まっているのだろうか。


 そこでふと、素朴な疑問がサクラの脳裏に浮かぶ。


「ちょっと待って。どうして未来で死んだライセの魂が、魔剣に封じられていたの?」


 ここ最近のサクラの周りでは、突拍子もないことが起こり過ぎて、不思議なことに対する耐性が高くなり過ぎていた。


 だが、サクラは原点の疑問に辿り着く。


 其方、何を言っている?


 当のサクラには分かるはずもないが、今初めてサクラは刻の流れに楔を打ち込んだ。


「だってそうでしょ!今、この時代にある魔剣が、いつ、ライセの魂を吸収出来たって言うの?」


 サクラは叫んだ。


「魂喰!あなた、まだ隠してることがあるわね?」


 此方が、隠し事?


 魔剣の声が揺らいだ。


 ああああっ!


 突然、魂喰が悲鳴をあげる。


 同時に押し寄せた大波に、サクラは再び飲み込まれていった。


   ***


「魂喰!姫を解放しろ。替わりに俺の生命を持っていけ!」


 ライセは自ら剣を突き立てる。その瞬間ライセの体は光に包まれ、無数の粒子となって飛び散った。


 異形の鬼の本隊との戦場跡に、静寂が訪れる。


 暫くしてその場所に、ボンヤリと人影が浮かび上がった。長い黒髪を三つ編みのハーフアップにまとめた少女の姿である。


 サクラ姫だ。


 死を覚悟したライセの強い意思に圧された魂喰は、サクラ姫の魂を解放する。しかしそのため、存在を維持出来なくなった魔剣は消滅してしまう。その消滅に、ライセは巻き込まれてしまったのだ。


「ライセ…」


 サクラ姫は握りしめていた手を開き、一粒の光の粒子を見つめる。


「今度は、私があなたを護る番です」


 光の粒を再び握りしめると、強い眼差しで夕暮れの空を見上げた。


「例え、いつの時代、何処の次元に居ようとも、必ず私が探しだしてみせます」


 悠久の刻だけが、サクラ姫の味方であった。


   ***


 どれほどの次元と時代を渡り歩いただろうか。


 一際美しい満月の夜。サクラ姫はとうとうライセの最後の一粒を発見した。


 海岸にある背の高い岩礁の上に立ち、無数の光の粒子を夜空に浮かべる。


 この日をどれ程待ち望んだことか。


 サクラ姫は胸の前で手を組み、祈るように呼びかける。


「ライセ」


 光の粒子がゆっくりと集まり、人の姿を形作る。淡い光に包まれた赤茶色の短髪の青年が、眠っているように目を閉じていた。


「ライセ」


 サクラ姫は、再び呼びかける。


 ライセは、ゆっくりと目を開いた。


「…サクラ姫。ご無事だったのですね」


 ライセは微笑んだ。


「ライセ、やっと逢えた」


 サクラ姫の目から涙が零れ落ちた。


 その時ライセの姿が、ザザッと霞む。


「ああ、いけない。あなたの姿はまだとても不安定なの」


 サクラ姫は慌てた。


「ライセ、今のあなたが一番しっくりくる姿を思い浮かべてみて。心の声に耳を傾けるの」


 サクラ姫の言葉に、ライセはゆっくりと目を閉じる。すると次第に光が収縮していき、一振りの刀身が現れた。


「ライセはやっぱり、騎士なのね」


 サクラ姫は優しく微笑んだ。


「ええ、いいわ。ならば私はあなたを護る柄と鞘になりましょう」


 サクラ姫の姿が光に包まれる。


「ずっと一緒よ。ライセ」


 サクラ姫は一際強い光に包まれると、そのままフッと姿を消した。


 この日、海岸に現れた女神の姿を多くの者が目撃した。

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