第21話 最終決戦 7

 サクラは猛スピードで巨木を駆け上がっていく。


 途中ドス黒い巨木の樹皮から、真っ黒な瘴気がモクモクと吹き出し、三体の巨大な鬼の上半身が出現する。上半身だけで7、8メートル程もある巨体である。


 サクラは僅かな足掛かりを頼りに、垂直に近い木の幹を駆け上がっている。立ち止まると落下してしまうため、スピードを落とす訳にはいかない。一気に鬼の元へと詰め寄っていく。


 自分の胸元に接近するサクラに対し、最初の鬼は頭上で手を組み合わせると、一気に振り下ろし叩きつけた。サクラはその攻撃を寸前で躱すと、鬼の肩に飛び乗る。


 間髪入れず二体目の鬼が、サクラに向けて右フックを放つ。サクラが寸前で跳び上がると、鬼の右拳はそのまま同胞の頭部を粉砕する。


 サクラが跳び上がった直後、三体目の鬼が蚊を叩き潰すように両手を叩き合わせた。サクラは叩き潰される直前に体を捻り、放射状に斬撃を放つ。鬼の両手の隙間から光が溢れると、そのまま両手が消滅し中からサクラが飛び出してきた。


 サクラは鬼にトドメを刺すことなく、再び幹を駆け上がり始める。倒したところで瘴気は無限に補充されるだけである。


 サクラは最優先である木ノ実を目指し、一気に駆け上がっていった。


   ***


 枝の広がるエリアに到達すると、サクラはその枝を足場に次々と跳び上がっていく。時折鬼の集団に襲われるが、最早サクラの敵ではない。天辺まで間近に迫っていた。


「何をするつもりだ、小娘!」


 炎王が苛立ちの声をあげる。


「懐に入り込もうが我を倒すことなど出来んぞ!」


「じゃあ何で、そんなに焦ってんの?」


 サクラは意地悪そうに笑った。意図した訳ではなかったが、結果的に挑発としては充分であった。


「虫ケラがっ!」


 炎王は無数の枝をサクラに向けて突き刺していく。しかしサクラのスピードに及ばず、全ての枝が幹表面に突き刺さる。


 天辺の木ノ実の周辺の枝が全て無くなり、一気に道が開けた。


「今だ!」


 ライセが叫ぶ。


 サクラは渾身の力で跳び上がると、桃色の木ノ実を眼下に捉えた。


「サクラ、お願い!」


「はい!」


 サクラ姫は力強く返事をすると、サクラを包み込むように背中から抱きついた。ふたりは瞬時に入れ替わる。


 サクラ姫は魔剣を中段に構えると両手でギュッと握りしめた。途端に不安に襲われる。


(本当に、私に出来るの?)


 サクラ姫はこれまでに、剣を振ったことなど当然一度もない。しかも炎王を倒す最初で最後の唯一のチャンス。絶対にミス出来ないという重圧が重くのしかかってくる。


 剣がズシリと急に重くなったように感じた。


「大丈夫です、姫。自分がついてます」


 ライセはサクラ姫の手を包み込むように、背後から自分の両手を添えた。ライセの気配にサクラ姫の心が落ち着きを取り戻す。


 そのままふたり一緒に剣を上段に振り上げると、一気に振り抜いた。木ノ実が綺麗に真っ二つになる。


 途端に封じられていた神通力がブワッと噴き出し、サクラ姫の斬撃に作用する。


 サクラ姫の放った一撃は空間を切り裂き、その向こうに磁気嵐の渦巻く異界の姿が映し出される。神木の神通力は、その異界と炎王とを繋ぎとめた。


「この力、まさか残っておったのか!」


 炎王の焦りの声と同時に、異界の口がブラックホールのように炎王を吸い込み始めた。


「引き、込まれる!」


 炎王は「グォオオ!」と吠えた。細い枝からバキバキと折れ、次々と吸い込まれていく。


「その先は閉じた世界です。何処にも繋がっていません」


 サクラ姫は凛とした声で、力強く言った。


「あなたはそこで、緩やかに朽ちていきなさい」


 サクラ姫は少しの間そのまま落下していく。大きな能力ちからを使った代償として、サクラ姫は随分と消耗していた。


「サクラ、異界の口は長くは保ちません。後は…お願い…」


 サクラ姫が眠るように目を閉じると、空中でパッとサクラと入れ替わる。サクラはクルリと体勢を整えると、太めの枝に着地した。


 しかし、入れ替わった筈のサクラ姫が一向に姿を現さない。


「姫、まさか?」


 ライセの声に焦りの色が纏わりつく。


「大丈夫。眠っただけ」


 サクラはライセを落ち着かせると、異界の口を見上げた。


「心配は分かるけど、今は時間がない」


 サクラは次に巨木の根元を見下ろす。


 炎王は雄叫びをあげながら根に渾身の力を込め、吸い込まれまいと踏ん張っている。しかし、自身の枝先での攻撃によって、前方の地盤が掘り起こされているので根の踏ん張りが甘い。自ずと炎王の意識は後方の根に集中していく。


 炎王にも分かっているのだ。この現象が長くは続かないということを。ここが最後の踏ん張り所だということを。


 サクラはそれを、このまま見過ごす訳にはいかない。「ふー」と大きく深呼吸をした。


「ライセ、絶対ダメだからね!」


「分かってる!」


 サクラは魔剣を逆手に持つと、大きく振りかぶり、炎王後方の真っさらな地盤に向けて真下に投げつけた。同時に幹を駆け下り始める。


 魔剣は光を帯び、隕石のような凄まじい威力で地面に突き刺さる。その瞬間、内部から爆発するように地盤が盛り上がり、噴き上がった。


 弾け飛ぶ岩盤と共に、魔剣も一緒に吹き飛ばされてしまう。


 魔剣を投げると同時に幹を駆け下り始めていたサクラは、目線で追いかけていた魔剣を空中で見事にキャッチした。


 それから空中に舞い上がった岩盤を上手に伝い、地面に降りてくる。


「お、のれー!」


 炎王は苦虫を噛み潰したような声をあげた。


 踏ん張り所を無くした巨木は根こそぎ引き抜かれ、抵抗する間も無く異界に吸い込まれていった。


 炎王を吸い込んだ異界の口はその役目を終え、徐々に小さくなり最後には消滅した。


「ふぅ」


 サクラはその場にへたりこんだ。


 その時、サクラのすぐ近くにあった次元の歪みが、トリナの魔法壁によってスッポリと覆われる。


 少し顔を向けると、こちらに向かってくるムサシとトリナの姿が見えた。


 やっと、やっと終わったのだ。


   ***


 ………の…。


 サクラは自室のベッドに座り、窓から見える月を眺めていた。そして覚悟を決める。


 サクラには、もう一つやり残してることがあった。


「魂喰、いてるよね?」


 サクラ姫が再び眠りについたため魔剣の表層意識は魂喰で正解なのだが、サクラはそこまで考えた訳ではない。魔剣の名が「魂喰」だと勘違いしているだけである。


 此方は、魂喰。


「ライセを元の時代に帰してあげて」


 …無駄だ。


「そんな事、尋いてない。『出来るの?』『出来ないの?』」


 …可能。しかし戻ったところで、其奴の魂はその瞬間に再び砕け散るのみ。


「ライセ、聞いた?」


「ああ」


 元々戻れるなんて、そんな都合の良いこと考えてない。しかも戻ったところでサクラ姫はもういない。


「死ぬ気で死なないように気合いで頑張れ!」


 サクラが訳の分からない事を言い出した。


「そして、眠ってるサクラ姫の魂を叩き起こすの!そこには身体も魂も、全部揃ってる」


「はあ?そんな事出来る訳…」


「ライセ、正座!」


 サクラの気迫にライセは思わず正座する。


「ライセ『やるか』『やらないか』だよ?あなたはどっち?」


 ライセは迷わず返事をする。


 サクラは満足そうに、ライセを見つめていた。

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