こぼれ話「神楽衣夫妻と未来の出会い」


こぼれ話

『神楽衣翔と未来の出会い』


 血溜まりに座り込んで動けなくなっていた少女の前に、彼は現れた。

 外に転がっていた人間の死体を幾つも見て来ただろうに、開け放たれた戸を叩いて少女の意識を自分へと向ける余裕すら彼は持ち合わせていた。


「やぁ、はじめまして。

 これは全部、君がやったのかな」


 少女は生きてきて初めて、騎士団に所属している騎士と出会った。

 物心ついた頃からずっと、貧民街か人の玩具かだったから、自分と同じような境遇の騎士としか接したことがなかったのだ。


 問われている意味を理解し、唖然としていた表情を改めて、少女は口を開く。


「なんて、言えばいい?」


 その、問いの答えになっていない発言に彼は不思議そうな顔をした。

 まるで此処にはいない第三者に問い掛けているような様子できょろきょろと辺りを見渡している少女のことを、観察する。


 突然、部屋を満たした「神」の気配に、彼は身構えた。

 気配を発する要因は少女の体から溢れ出てきた黄金色の光。

 光の塊を掌に乗せて、じっとそれを見つめていた少女は頷き、初めて彼の方を見る。


「わたしだけど、わたしじゃない」


 答えはやはり、答えになっていなかった。

 騎士と神、どちらの気配もする金色の髪の少女を前にして、彼は腕を組む。


「困ったなぁ、さっぱり分からないよ」


 笑って言いながら歩き出し、躊躇いなく血溜まりを踏んで近付いてくる彼の姿に、少女は怯えたように小さくなった。

 その態度を見ただけで、孤児を何度も拾ってきた彼には少女の今までしてきた経験が察せられる。


「大丈夫、僕は弱いから。

 君よりもずっと力がない存在だ、だから怯えなくていい」


 血溜まりに膝をつき、手を差し出す。

 怯えた子どもの手が触れてくるまで、決して彼からは動かない。

 思ったよりも素直な性質であるらしい少女は伏せていた顔を上げて、差し出された手をまじまじと見つめる。


 部屋に満ちるほどの神の気配が薄まった、黄金色の光が少女の体の中に溶け消えて、見上げてくる瞳が翡翠色であることに彼は気付く。


 彼にとって、少女の瞳の色は堪えようのない懐かしさを感じさせるものだった。

 新緑とも宝石とも捉えられる美しい色彩。


 彼は微笑んで、正体不明の少女に言った。


「ご飯にも寝床にも困らない家をあげる。

 僕の言葉を信じるかどうかは、君に任せるけど」


 少女は目を丸くして、信じられないものを見たように彼のことを見上げている。

 なんのために、と聞かれたような気がして彼は答えた。


「僕の名前は翔っていうんだ、騎士団を取り纏める立場で……細かいことは良いか。

 君のようなちょっと変わった騎士のことを探しては保護している」


「なんでも、騎士王っていうのは身寄りのない子どもから選ばれるらしい。

 全ては人類様のための活動だ、騎士らしいだろう?」


 今度は少女のほうが不思議そうな顔をした、何を言われているのか分からなかったのだろう。

 差し出した右手を下ろすことは無く、神楽衣翔は続けて言った。


「君のこれからの生を楽しく、幸福なものにする手伝いをさせてほしい」


 こうふく、と少女が呟く声がした。

 血だらけの幼い手が持ち上がり、翔の右手に触れる。


「おなかいっぱい、ごはん食べられる?」

「もちろん、きっと大好物がたくさん出来るよ」


 少女の問いに答えながら、彼は小さな体を血溜まりから引き上げた。





こぼれ話

『神楽衣薫と未来の出会い』




 翔に保護された未来は彼と共にリチアで暫くの間、共に暮らすことになった。

 人類殺害に関わった騎士である彼女に課せられた監察期間だったわけだが、外の世界の常識を少しずつ翔に教えて貰った未来は、オクティナとの付き合い方も学んでいく。

 騎士寮に入る許可が出て、翔に連れて来られた先で未来は薫に出会った(翔と暮らしていく中で忠明とも出会っているが、そこはまた別の話)



「こんにちは、可愛い子」


 目が合った瞬間に、真紅の髪の女性は未来にそう言って微笑みかけて来た。

 翔さんは奥さんだと言っていたな、と未来は思い出し隣を見上げる。


「未来、挨拶は?」

「……こんにちは」


 目が合った翔に促されて、未来は微笑み続けている女性に向けて会釈をした。


「うん、偉いねぇ。

 彼女は僕の奥さんで、この寮のボスをしている、何かあったら頼るように」

「寮母ってちゃんと言ってくれる?」


 夫の適当な発言を妻は見逃さない。

 未来はふたりのことを交互に見上げてから、教えてもらった常識と照らし合わせて考えた結果生まれた疑問を口にした。


「夫婦なのに一緒に暮らさないの?

 ……ですか?」

「僕も薫ちゃんも難しい仕事をしているから、その関係上、仕方なくだよ」


 僕は四六時中、一緒にいたいけどねぇと笑う翔の言葉を受けても、女性はにこにこしたまま何も言わなかった。

 何だか独特な雰囲気のひとだ、と未来は女性のことを見上げながら思う。

 未来のことを見つめながら、女性は優しい声音で言った。


「私のことは薫と呼んで。

 よろしくね、可愛い子」

「……かおるさん、よろしくお願いします」


 言われたとおりに呼んで、もう一度、ぺこんと頭を下げた未来のことを見て、薫は声を上げた。


「大変、翔くんったらまた可愛い子を増やして私を困らせる気なんだ!」

「そんなつもりはないけど、薫ちゃんが嬉しいならよかったよ」


 翔は笑いながら、何が何だか分からずにいる未来の頭を撫でる。

 薫が機嫌良さそうに笑いながら未来のことを見た。


「ねぇ可愛い子、何が好き?

 何で遊んで、何を食べたい?」

「あの……」


 返答に窮して困りながら、未来は薫に向かって言った。


「わたしは、未来です」


 訴えるような目線と見つめ合って、薫は瞬きを繰り返す。

 そして満面の笑みで頷いた。


「わかったよ、未来ちゃん」


 優しい声で名前を呼ばれて、未来はほっと息を吐く。

 その声で呼ばれるのはたぶん、嫌いじゃない。

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