こぼれ話「誕生日プレゼントの渡し方」


こぼれ話(時系列は曖昧)


『誕生日プレゼントの渡し方』

久世姉妹の場合


「はい、未来。

 誕生日には早いけど、今のうちに贈っておくね」


 詩音が差し出してきた桃色の袋には、何やら柔らかいものが入っている。

 誕生日プレゼントだ、と言われた瞬間に笑みを浮かべた未来は、何だろうと袋を持ち上げた。


「開けてごらん?」

「うん!」


 包装のリボンを解いて、中を見てみると、収まっていたのはぬいぐるみだ。

 それも猫と犬、ふたつもある。


 ふかふかで手触りの良いぬいぐるみを持ち上げて、未来は歓声を上げた。

 ぬいぐるみには名前がついている。

 未来が子どもの頃から大好きな絵本に登場する、ラナとセトンという猫と犬。

 まさか商品化されていたなんて知らなくて、未来はびっくりしていた。


「嬉しいです!

 どこで買ったんですか?」

「買ってないよ、お姉ちゃんと作ったの」


 作った!?と未来は更に驚く。

 売り物かと思うくらい精巧な、絵本から飛び出して来たのではと思うほどの出来なのに、ふたりの自作だったのか。

 姉たちが裁縫を得意としているのは、未来も知っていたけれど……。


 詩音は思い出し笑いをしながら未来に言った。


「お姉ちゃんがこだわって凄かったんだよ、ラナの髭はもっと長いとか、セトンの鼻はこうじゃないとか」

「あはは、目に浮かぶようです。

 心を込めて作ってくれて、ありがとうございます」


 未来がお礼を言うと、詩音は安堵したように良かったと笑う。


「疲れたときの癒しにでもなればと思って作ったんだ、お姉ちゃんにも喜んでくれたって伝えておくね」

「はい、飾っておきます!」


 詩音と笑い合いながら、未来はラナとセトンを抱きしめた。





 『誕生日プレゼントの渡し方』

  桐谷雄大の場合


「今日は何でも買ってあげよう」

「急にどうしたんですか、お兄ちゃん」


 本当に珍しくふたりとも休みになって、商業地区で買い出しをしていたら突然、雄大が変なことを言い始めた。

 首を傾げる未来に彼は説明する。


「今度の冬で未来、十五歳になるでしょ、人間で言うところの成人の歳だよね。

 昇級話もあったわけだし、ご褒美とプレゼント、どっちもあげちゃおうかと」

「また突然、思いつきましたね。

 ……急に言われてもなぁ」


 兄の申し出はありがたいのだが、未来には物欲というものがあまりない。

 そんなすぐに欲しいものなんて、食べ物くらいしか思い付かないのだ。


「本当に何でも買ってあげるよ。

 ……今日じゃなくても良いけど、俺たちの休みが合うのなんて滅多にないから」

「言われている意味は分かっています。

 ただ思い付かなくて」


 困りながらも笑う未来を見て、雄大はそうだなぁ、と考え込んでから言った。


「あそこの屋台だったらどれが食べたい?」

「チーズとベーコンのサンド!!

……待って、結局食べ物になっちゃった!」


 歩き出した雄大のことを慌てて未来は追いかける、振り返りながら彼は言った。


「何でも買ってあげるって言ったでしょ。

 好きなだけ食べて、好きなだけ見て決めればいいんだよ」


 そっか!と何故か納得してしまった未来は、言われた通り暴食の限りを尽くすことにする。

 楽しくて仕方ない様子ではしゃぐ未来のことを雄大は優しく見守る。

 聖王騎士団筆頭の財力を遺憾なく発揮して、兄は妹の誕生日を祝ったのだった。


(最終的には屋台全制覇しそうになったし私服とかも買ってもらった)





 『誕生日プレゼントの渡し方』

 天宮恵一の場合


「未来、ちょっといい?」


 自室の扉が叩かれ、聞こえて来た声に未来は顔を上げた。

 せっかくの休暇だからと積んでいた本を読んでいたところだったので、栞を挟んで寝台の脇に置く。

 

 扉を開けると、恵一が立っていた。

 何やら片手に小箱を持っている。


「どうしました、恵一さん?」

「渡し損ねてたと思って、誕生日プレゼント」


 ついっと渡された小箱、有名な文房具屋の刻印を見て、未来は歓声を上げる。


「もしかしてペンですか!?」

「そう、無くしちゃったーって言ってたから、もう新しいのを使ってるかもしれないけど、別に貰って困るものでもないだろ」


 小躍りしそうになりながら、未来は嬉しさのあまり恵一の胸板に額から激突する。


「ありがとうございます、恵一さん!」

「よっ……ろこんでくれたらなら、良かったけど」


 まさか突っ込んでくるとは思わなかったのか、言葉を詰まらせながら恵一は笑う。

 未来はこれは部屋の中で使う、とっておきのペンにしようと決めた。

 頭をわしゃわしゃ撫でられるのも、今日は許した。






 『誕生日プレゼントの渡し方』

 桑原龍海の場合


「未来は誕生日プレゼントに欲しいものとかあるの?」


 居間でおやつを食べていた未来は、龍海に問い掛けられてきょとんとした。

 紅茶の前に山盛りになったクッキー、忠明が焼いてくれたそれをつまみながら、うーんと未来は考え込む。


「特に、ないんですよね」

「急に聞かれても困っちゃうよね」


 ごめんごめんと笑う龍海に向かって、慌てて未来は首を横に振る。


「違うんです、嬉しいんですよ!

 でも何というかわたし、自分の欲しいものとか好きなものって良く分からなくて」


 分からない、という未来の感覚に理解を示して頷いた龍海は、そっかと呟く。


「そういうの考える余裕も、忙しいと無くなっていくよね。

 ……未来が好きなものか」


 うーんと、ふたり仲良く同じことで考え込み始める龍海と未来。


「本は良く読んでるけど、ああいうのは自分で集めるのに意味があるよねぇ」

「ですね、基本的には誰かにねだるものじゃないというか……それに新刊買ったばかりですし」


 そういえばと一呼吸の後、未来は龍海に問い掛ける。


「龍海さんも物欲ないですよね、わたしと違って食べたい物とかもこだわらない気が……」

「ああ、僕はあんまり自分にお金や時間を掛けようと思わないんだ。

 強いて言うなら精霊術の触媒集めだけど、あれは仕事の一環だしね」


 笑み混じりに答えた龍海は、ああ、と何か思い付いたように声を上げた。


「未来は花も好きだよね?」

「あっ、好きです、好き!!」


 問い掛けられた瞬間にそうだと思い出した未来は、大きく頷きを返した。

 それじゃと龍海は未来に提案する。


「僕はこれから触媒集めで幾つか、花の群生地に行く予定なんだけど、未来さえ良ければ一緒に来ない?」

「そっか、精霊術は植物を使うものですものね、行きたいです、お花畑!!」


 元気良く返事をした未来に、龍海は満面の笑みで頷いた。


「よかった、これなら何とかなりそうだ。

 ……せっかくだから幾つか、精霊術を見せてあげる」

「わぁ、本当ですか?

 間近で見るの初めてかも!!」


 はしゃぐ未来を龍海は、普通なら見つけられないような場所にある花畑や、珍しい花の群生地まで連れて行ってくれた。


 触媒にする為、摘んだ中から龍海がくれた花を、未来は押し花にして栞を作ってみたりもして。

 宝物として机の引き出しの中に仕舞ったそれを見る度に、未来は美しい風景を思い出すのだ。






 『誕生日プレゼントの渡し方』

 朝川忠明の場合


 忠明は休日になると、仕事から日常へと速攻で自分を切り替えて全力でだらける。

 だらけながらも幼子の相手をしたり、料理当番だったりはもちろんこなすのだけど、外での彼を知るひとが見たら驚くことは確実だ。


 最優は芝生の上に寝転がって、幼子を腹の上に乗せながら昼寝をしたりはしない。


「忠明さん、お昼になりますよ」


 気持ちよさそうに眠っている彼と、彼のお腹の上で寝てしまっている子を起こしに来たのは未来だった。

 幼子の方が先に起きて、目を擦る。


「ごはん?」

「そうですよ、変に寝ちゃうとお昼寝出来なくなっちゃいますから、一度起きましょう」


 丁度良い重みが腹から退いたからか、忠明も目覚めた。

 伸びをしながら起き上がった彼に、未来は言う。


「お昼ご飯ですよ、忠明さん」

「ああ、分かった」


 まだ若干眠そうな顔で返事をして来た彼に笑いかけた未来は、空を見上げる。

 快晴の下で眠るのは確かに気持ちが良さそうだ。


「あー、意外と寝たな、変な夢見た」

「変な夢?」


 首を傾げながら歩き出す未来の後を追いながら、忠明は言う。


「なんか……お前が空から落ちてくる夢」

「何ですかそれ、変なの」


 未来は声を上げて笑った。


「空は飛んでみたいですけど、落ちたくはないです」

「まあ、確かに良いもんじゃねえな」

「……落ちたことあるんですか」


 竜の背に乗る竜王騎士の転落事故は、珍しい話ではない。

 竜を駆る天才だと称される忠明も例外ではないらしい。


「割と落ちるよ、真っ逆さまに」

「……そ、そんな経験をしても乗り続けられるのって凄いですよね」

「だから竜王騎士には向き不向きがある、適正持つ騎士も少ないしな。

 未来は割と向いてそうだけど」


 空を飛ぶ、と言われると未来は子どもの頃を思い出す。

 まだ出会ったばかりだった頃、一度だけ忠明に竜に乗せて貰ったことがあるのだ。

 ……夜空の星に手が届きそうだった、美しい思い出だ。


「また乗ってみたいなーって思ってますよ」


 未来が何の気なしに、思ったことをそのまま口に出すと、忠明は足を止めた。

 どうしたんだろうと振り向くと、彼はあーとか何とか言いながら呟く。


「覚えてるんだあれ……」

「はい?」


 聞き返すと誤魔化すように彼は首を横に振って。


「乗りたいんだったらまた乗せてやるよ。

 イカヅチもお前のこと気に入ってるしな」

「本当ですか? 嬉しいです!!」


 未来は単純なので、やったー!と声を上げて誤魔化され追求する気がなくなる。


「誕生日も近いしな、休みが合う日に飛べるようにしといてやる」

「うん、約束です!」


 気が逸れてくれたことに安堵しながら、忠明は未来に対して微笑んだ。

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