第一章「燻る白光」聖王領域
11.「原初の聖王」
episode01
『原初の聖王』
人類に善悪と正義、そして法を齎し進化を促した存在。
罪を見抜くことの出来る瞳を持ち、悪を裁く聖剣を携えて白光と共に降臨した。
多くの人類を救い同時に信仰され、決して間違えぬ王として在り続けた聖王は、同胞であり対極である『原初の魔王』の暴走を止めるために戦い、相打ちとなって命を落とす。
剣の意匠が描かれた白き旗の下、聖王騎士たちは集う。
死して
◇ ◇ ◇
己の左手から滴る血を見て、人と同じ色が自分にも流れているのだと聖王は知った。
天使の骸で築かれた山の上で、振り下ろされた刃を片腕を犠牲に止めた彼女は、無表情のまま、銀色に光る瞳で対象を見つめる。
目に映した者の罪を見抜く権能、聖王が持つ万能の力は正しく行使された。
血みどろの狂気に満ちた顔が目の前にある、聖王を殺すために、魔剣が彼女の地肉を食い荒らしながら赤い光を迸らせていた。
「魔王」
聖王は魔剣を持つ同胞に呼び掛けた。
……何のつもりだ、と問うためでは無く、己の声で彼が正気に戻らないかという、淡い期待を込めて。
魔王が狂気から醒めることはなかった。
天使に食い千切られた腑から、止めどなく血が溢れているというのに、彼は力を緩めることなく魔剣を振り切ろうとしている。
このままでは、私の左腕は切り落とされてしまうだろう。
表情を変えないまま、そう判断した聖王はだらりと力を抜いていた右腕を動かす。
そして、鞘から聖剣を抜き放った。
外に出された途端、聖剣は大喜びで白光を放つ。
この時を待っていたと言わんばかりの反応だ、一際輝く己の象徴武器を片手に提げて、聖王は眼前にて光る魔王の瞳を見た。
赤く輝く瞳は見開かれている。
今の彼にかつてのような知性はなく、理性もない、自らの機能に従って手当たり次第、殺せるものを片っ端から殺してしまう。
神も天使も、同胞も人間も。
全てを殺戮する怪物に成り果ててしまった魔王のことを、聖王の瞳は「罪」と断じた。
聖剣が切り払われる。
同時に魔剣が、聖王の腕を断つ。
魔王の右腕と、聖王の左腕が転がった。
血飛沫を撒き散らして尚、魔王は吹き飛んだ魔剣を残った片腕で掴み取り、聖王の首を狩りにくる。
赤黒い剣閃が迫るのを見つめながら、聖王は思い出していた、かつて優しい笑みと共に言われた言葉を。
──僕が狂気に呑まれたら、そのときは。
迸る赤と白が激突し、魔剣が聖王の腹を貫いた。
一つになろうとでもしているかのように、ふたりは肉薄する。
「きみに、罪など……」
吐息が掛かる距離で、聖王は口の端から血を溢しながら魔王に囁いた。
殺したくて堪らなくて震える彼の体を抱きしめようとしても、腕が足りない。
「君に罪など、あるわけがないのに」
初めて、聖王は表情を変えた。
悲嘆に暮れた微笑みを浮かべて、彼女は白光の刃で魔王の体を刺し貫く。
骸の山に倒れたのは、同時だった。
焦点が合わず瞳孔が開いた瞳と、悲しみに濡れた瞳が見つめ合う。
──原初の時代、聖王は狂気に堕ちた魔王と相打ちになって命を落とした。
後世に伝わる伝承に、偽りはない。
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