「ライオス王国」/1855年 冬
12.「聖王候補である彼は」上
両親が死んで孤児になっても、別に悲しいとは思わなかった。
幼さ故に状況が分からず、死というものを具体的に捉えられなかったというのもある。
両親は理想的な騎士であり人類守護を何よりも優先していた、抱き上げられたり話しかけられたりすることもあまりなかった。
人間の子どもであればきっと、親を亡くして独りでは育っていけない。
けれど自分は騎士でやることが明確に決まっている、簡単に死ぬこともない生き物だ、人間の孤児とは訳が違う。
これから先も生きていけるし、生きていくのだろうと、両親の葬儀を見つめながら漠然と考えていたのを良く覚えている。
騎士の骸は腐らず川に流され、やがて流れ着いた果ての泉に溶けて転生する。
葬儀を執り行った統合騎士に説明されながら、ぼんやりと立っていたとき。
「ねえその子、貰ってもいい?」
白い風が吹いて、声が聞こえた。
風に色なんて付いていないのは知っている、だけど確かに白く輝く微風が髪を揺らしていったのだ。
傍に立っていた統合騎士は面食らった顔で、何やら口を開いて言っている。
音が何一つ耳に入らないまま、親を亡くした少年は声の主のことを見上げた。
白い髪と、銀色に輝く瞳。
騎士服も羽織った外套も全てが純白。
──原初の聖王の力を継承した、五代目聖王であるその女性は。
当時五歳だった
「君、聖王になるよ」
気怠げな声で告げられた言葉の意味を、すぐに理解することは出来ず。
ただ、生きていく中で思い知った。
彼女が残した言葉の重さと、意味を。
◇ ◇ ◇
完璧な未来予知が出来る──そんな埒外な神技を五代目聖王は持っていたらしい。
らしいというのは彼女から直接、そう聞いたわけではないからだ。
彼女は自分の神技のことをあまり話したがらなかった、そのくせ当たり前みたいな顔をして予知をする。
変なひとだったと雄大は今も思う。
幼い頃の雄大は「聖王になる」と予言された上で、彼女の弟子として育てられた。
両親の葬儀の後、五代目聖王は雄大のことを強引に引き取ってしまったのだ。
本来行く予定だった孤児院との手続きの為に来ていた統合騎士たちは、突然の出来事に困り果てたようだが、雄大は手を引く純白の背について行くしかなかった。
思い返してみれば、五代目聖王はとても自由で破天荒な騎士だったと思う。
常日頃から気怠げにしていたが、時に他者に有無を言わせぬような気迫を放つ。
周囲に十分な説明をせず、自分が正しいと判断した行動だけをする。
混乱の渦の中を掻き回して去っていく、嵐のような女。
自分が聖王を継ぐと予知した日に、適当に選抜を受け聖王騎士団に入り、聖剣を抜きに行ったら抜けた。
……実際に雄大が聞かされた、彼女が騎士王になるまでの一部始終がこれである。
気怠げで自由奔放、周りを振り回しまくる、そんな聖王が雄大の師匠だった。
だったというのは……師匠がもうこの世にいないからだ。
ふらっと戦場に行って帰って来なかった。
前日は雄大と一緒に眠ってくれた、もしかしたら自分の死すら予知していたのかもしれない。
天使に食い尽くされたか、神の万能で吹き飛んだか、死体すら残らなかったと聞いた。
何一つだって師匠は帰って来ず、川に流されなかった騎士は転生できるのだろうかと、今でも雄大は考える。
二度目の天涯孤独は、流石に堪えたけれど、翔に助けられて雄大は騎士寮に入った。
十二歳になり
自分は師匠の予言通りに生きていくだろうという実感が湧いた。
この辺りから、師匠の残した言葉に示された意味が雄大の両肩にのし掛かり始める。
五代目聖王の未来予知は完璧だ、予言は絶対に現実となる。
人類を救う新たな騎士王、周囲から向けられる期待に満ち溢れた目。
それが雄大にはとても鋭い刃物のように感じられた、まるで喉元に切っ先を突き付けられているようだと。
五代目聖王の予言通り、雄大は「聖剣」に選ばれた。
聖剣とは原初の聖王が扱った象徴武器、次の聖王を選ぶと言われる、兵装として現存する伝承の一つ。
六代目聖王の到来だと誰もが喜んだ。
年を重ねていく程に、雄大は理想的な騎士として成長し見合うだけの戦果を上げた。
けれど結論から言えば──雄大は聖剣に選ばれただけで、次の聖王にはなれなかった。
なれなかった、と言い切るにはまだ早いかもしれないけど。
雄大は今も聖王候補で留まっている。
その理由は──。
1855年、冬というには暖かすぎる朝。
聖王領域「ライオス王国」の王城にて。
自分の靴音を聞きながら、雄大は長く続く階段を上っていた。
此処は本当に音が良く響く、騎士の聴覚では若干辛いところもあるが、流石に慣れた。
聖王騎士団に入ったその日からずっと、暇さえあれば上り続けている階段の先。
開けた空間の中央に、白光を放つ巨大な結晶体がある。
……聖王の
かつて雄大を選び、聖王騎士団に所属させた存在だ。
目が眩むほどの輝きを放つ端末の前に設置された台の上に。
白鞘に収まった片手剣が横たわっていた。
台の近くまで歩み寄った雄大は、美しい鞘をそっと撫でる。
選ばれた者以外が触れると死に至らしめることさえあるという聖剣は、大人しく雄大に撫でられていた。
柄を持って持ち上げても、特に異論はないようで、聖剣は静かに雄大の腰に収まる。
腰につけた剣帯には既に、使い込まれた片手剣が一振りあった。
二つの剣を腰に吊るした状態で、雄大は溜息を吐く。
愛剣とも呼べる片手剣の方は、一般的に聖王騎士が持つものと同じ仕様だ。
柄も手に馴染むし、抜くのも容易い。
重さも厚みも何もかもが雄大の好みだ。
対して、聖剣はどうかと言えば。
柄を握った瞬間に、雄大はお手上げだと項垂れた。
「何にも分からない」
思わず声に出してしまいながら、結果は分かりきっているけれど、一応抜こうと試みる。
聖剣は雄大がどれだけ力を込めたところで抜けなかった、抜ける気配すらない。
本当にこいつは俺を選んだのだろうか、と雄大は十二歳から今までずっと自分に付き纏っている疑問を頭に浮かべ、首を傾げる。
剣の天才だ、と雄大を呼ぶ騎士は多い。
それには雄大が扱う神技も大きく関係しているが、第一階級に上り詰めるほどの実力だってあるのだから、そろそろ聖剣も雄大のことを気に入ってくれても良いと思う。
何故なのか、と疑問には思うが、不思議と憎たらしくはない聖剣の柄から手を離し、雄大は目の前にある白光の塊を見上げた。
伝承の通りなら、
原初の聖王は雄大に一体、何をしてほしいのだろうか。
師匠はきっとこんな風には悩まなかったのだろう、と思いながら雄大は踵を返した。
来た道を戻って、階段を下る。
抜けもしない聖剣を取りに来ること。
──仕事を始める前に、雄大がいつもすることだった。
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