13.「聖王候補である彼は」下
人類圏の北方、聖王の
白を基調とした街並みと、聖王騎士団の支部が存在するこの国において、騎士は兵器以外の何者でもない。
むしろ、騎士を人間と同じ権利を持つ生き物だとする昨今の流れの方がおかしい。
騎士に意志など必要なく、人間でいう感情や、人格を持った騎士が生まれてくる現状をどうにかしなければ。
人と同じように生きる騎士も、騎士を人扱いする人間も排除すべき──ライオスに生きる人々の大半を満たすこの思想のことを、人類至上主義と呼ぶ。
「だから、絶対変ですって。
騎士王結界が破られたなんて話、聞いたこともないでしょ?
聖王結界だけなんで急にこんな脆くなるんですか、意味わかんないでしょ」
人類圏の外側、結界の届かぬ圏外区域と呼ばれる灰の荒野とライオス王国の境界付近。
自己修復作業の途中である聖王結界を指差し、亜麻色の髪の女性騎士が雄大に言った。
ひび割れた結界は普段とは違い、薄い膜上に実体化している。
雄大の後輩である女性騎士──
「絶対何か意図があるんですって、
ライオス王もお父さ……団長も国民が危険に晒されているのに妙に冷静だし!」
「紗世さん、分かりましたから落ちつきましょう?」
語気が強まる紗世の肩をぽんと叩き、宥めたのは揺れる金髪。
我らが騎士寮の妹分──
「だって変でしょ、お姉様。
聖王騎士団の主要部隊が遠征に出た日を狙ったみたいに結界が破られて……。
お姉様が殆どひとりで二ヶ月間も戦ってたって報告すら私たちにはなかったんですよ?」
「うーん、でも何とか守りきりましたし、他の騎士団の協力だってありましたから。
起きちゃったことは仕方ないから、今はやるべきことをやりましょう?」
未来に笑顔で諌められて、紗世は不満げな顔のまま黙り込んだ。
……同門で学んでいた経験があるからか、階級差があってもふたりの掛け合いは気安いものだ。
年齢で言えば紗世のほうが年上なのだか、未来の方が姉弟子なのでお姉様、と呼んでいる、この説明を紗世からされたときは雄大も、ややこしいなと言ったものである。
ふたりが静かになったところで、雄大は声を掛けた。
「もういいかな、終わった?
さっさと始めたいんだけど」
「桐谷先輩ってほんと、仕事になると途端に心が無くなりますね。
心取り戻した頃にまた話します……」
文句言ってるの私だけじゃん、とかなんとか言いながら、紗世は自分の持ち場に戻っていく。
修復途中の結界からライオスの中に、天使や神が侵入しないようにする為の防衛部隊、その指揮を紗世には任せてあった。
ああ見えて彼女は優秀な聖王騎士だ、雄大が一から育てた後輩なんだから間違いない。
離れたところで紗世が部下に指示を飛ばすのを聞きながら雄大は、いつも通り、常に微笑を浮かべている未来に声を掛ける。
「それじゃ、行こうか」
「はい、雄大さん」
足を向けた先は、結界の外。
今日も変わらず騎士として人類を守る為、ふたりは死地に飛び込んでいく。
◇ ◇ ◇
──時刻は少々遡る。
早朝、聖剣を取りに行った後、雄大はライオス王国の中心部、王城に程近い場所に建つ聖王騎士団の支部へと足を運んでいた。
リチアにある本部よりは小規模だが、此処も立派な聖王騎士の拠点の一つだ。
書類や物資の入った箱で溢れた、雑多な廊下を通り抜け、雄大は騎士団長室に入る。
「おはようございます、凱さん」
「ああ、来たな」
団長室には、整理整頓された執務机の上に予定表を広げた男性がいた。
大柄なその騎士が右胸に付けている剣の徽章が、聖王騎士団の団長であることを示している。
「お呼びと聞いたので」
「予定の変更があってな、雄大。
今日の昼頃から未来と共に聖王結界の防衛に入れ」
雄大は頭の中で、告げられた命令を復唱し、同時に浮かんだ疑問点を整理する。
「防衛に入れ、と仰られましたが、防衛隊を率いろという話ではないのですか?」
「ああ、防衛隊の指揮はうちの娘に任せろ。
お前と未来は結界の破損箇所から圏外に出て、天使の巣を破壊してくれ」
凱は淡々と、予定表に目を落としながら雄大の問いに答えた。
人類圏を守る結界が破損している今、聖王騎士団は緊張状態にある。
常にライオスで暮らす人間たちが危険に晒されているのだ、凱の落ち着きようは流石というか──。
(緊迫感が、ない?)
目線を合わせて来ない上司のことを観察しながら、雄大は頭の中に浮かんだ言葉にそんなわけはないと首を横に振った。
凱がどれほど理想的で、素晴らしい人格を持った騎士なのかは今までの付き合いでよく分かっている。
子どものころから教えを乞い、憧れ、追いかけてきた騎士のひとりが彼なのだから。
「未来には伝えてありますか?」
「まだだ、お前から伝えてくれ。
……今日は遠征の予定がないから、一日中、王子のところにいるだろう」
雄大が頷くと、凱が椅子から立ち上がる。
今日初めて、雄大は凱と目が合った。
「色々とやり始める前に、我が王のところにいくぞ、半年ぶりの人類会議がある。
……アルメリアの国王が代わってから初めての会議だから、どうなることだか」
よめねえなぁ、と言いながら、凱は薄く笑った。
その笑みが見慣れたものだったので、安堵したように雄大は笑う。
何を不安に思っているのかも、今はまだ理解できずに。
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