14.「人類会議」


 人類圏における国王とは、「人類代表」のことを指す。


 必ずしも血筋が重要視されるわけではなく、民から信頼を集める為政者による指名や国民投票によって決められる。

 その時代と国民性に適した、人類の未来を守るための各国の代表、それが人の王。


 ──ライオス王国の玉座に座ったその日から、彼は人類至上主義だった。


 騎士との共生を目指す派閥や、原初の騎士王を信仰する人々が人類圏の半数を占める中で、ライオス王国だけが人類と騎士の正しい在り方を追い求めている。


 創造主はかつて、人を守護する兵器として原初の騎士王を遣わした。

 兵器であるから、道具であるから騎士はこの惑星で生きていても良いのだ。


 神と同じ異能を持つ恐ろしい存在を、という枷が制御している。

 騎士が兵器である限り、我々は彼らに怯えなくて良い。


 騎士は人間と同等やそれ以上の生き物になってはならない。

 もし彼らが人と同じものになり、己が枷を外して……牙を剥いた時、止める術など何一つ我々は持たないのだから。


 信仰を否定はしない、共生にも理解は示そう、だが人類の安寧の為に、騎士を兵器から逸脱した新たな生命として扱う時代の流れは断たねばならない。


 それこそがライオス王国、原初の聖王が齎した正義によって進化した我々の選択だ。






 ライオス王国、王城──謁見の間。


 凱と共に自らが仕える人の王の前に姿を現した雄大は、深々と騎士礼をした。


「出立の時間です、我が王」


 淀みなく響く凱の声を聞き、玉座に腰掛けた初老の王は目を開けた。

 右手に握った杖で、カツリと床を突く。


 ライオス王──カインズ・ローグ。

 己が治める国を表す純白を身に纏い、彼は立ち上がる。


「行くぞ」


 放たれたのは一言だった。

 ライオス王は凱に目を向けたあと、雄大のことを一瞥する。

 その目には一切の感情が無く、真意も隠されている。


 歩き出した王の背を、聖王騎士団長と第一階級騎士が追う。


 向かうのは人類圏の中心、リチアに存在する騎士団本部。

 半年から一年に一度開かれる、各国の王と騎士団の幹部たちが集う人類会議に出席する為、彼らは歩き出した。



 ◇ ◇ ◇



「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。

 今回も変わらず人類会議の進行は私が務めますが、よろしいですね?」


 騎士団本部六階、会議室の中に響き渡ったのは女性の声だった。


 用意された椅子に着席した国王たちと、その傍らに控える幹部騎士たち。

 全体を見渡せる位置から声を発した女性は、青い軍服に身を包んだ人間だ。


 彼女は国王ではないが、それと同等の立場にある。

 情勢に応じて各国に治安維持の為の兵力を貸し与える組織──「人類軍」を率いる彼女もまた、人類代表の一人だ。


「異論はないようですね。

 ……では、始めましょう」


 人類軍総統、リナリア・ツォイトギアはその場にいる全員と目を合わせた後、言った。

 リナリアの傍には騎士長、神楽衣翔かぐらぎしょうが控えて立つ。



「まず初めに、アルメリア王国の前人類代表、マリア・ライアット様の死去に伴い、遺書による指名で王位を継がれた、新たなる王の紹介をさせていただきます」


 リナリアが手で示した先に一同の注目が集まった。

 皆の視線を受けるのは小さな、本当に小さな王。

 その傍には竜王騎士団長と朝川忠明あさかわただあきが控えている。


 ……人類圏の東に位置するアルメリア王国は竜王領域だ。

 北の正義ライオス王国と、南を統べる魔術のサザル王国に挟まれて位置するアルメリア王国は、半年前に国王を亡くした。


 跡継ぎとなったのは、幼い頃から王として育てられてきた前王の娘。


 十代前半──この場にいる誰よりも若く幼い国王が、臆することなく口を開く。


「ご紹介に与りました、ジェシー・ライアットと申します。

 ご覧の通り子どもではありますが、人類代表として責を全う出来る能力は備えているつもりです」


「原初の騎士王へのを胸に、変わらず、アルメリア王国は存続します」


 幼い少女の声で、真っ直ぐに放たれた言葉の意味はよく通った。

 各国の王がそれぞれの意図を交えながら、アルメリア王の発言を受け止めていく。


 一人、優しい眼差しをアルメリア王に向けていた老女がゆっくりと口を開いた。

 傍にひとり控えている久世詩音くぜしおんは目を伏せ、己が王の声を聞いている。


「前王の意向を引き継がれていく……。

 アルメリア王国が信仰の元に在り続けるのなら、我々リーテも変わらず、竜王領域への協力を続けましょう」


 ──素晴らしいですね、と微笑む老女。

 人類圏の西部、海側に位置する医療王領域、リーテ王国の人類代表ネアル・ステイシーの言葉を皮切りに各国の王が口を開く。


「サザルも概ね同意見です、こちらとしては竜種の生息域を抱えるアルメリアとは続けて仲良くしていきたいものですから」


 精霊王領域、サザル王国の人類代表。

 魔術師である青年、ウィリアム・アザルブが笑いながら言い放ち、傍に控える桑原龍海くわばらたつみにそう思うだろ?と笑い掛ける。

 返答は控えめな笑みだけに留められた。


「騎士信仰派と共生派は共に歩むことが出来る、人類の危機が続く時代だからこそ人同士が手を取り合い、騎士を助けていくべきだ。

 ……我々、コウラン王国もアルメリア王国の新たな王を歓迎する」


 事態を見守っていたルージア・マシェルも深く頷いた。

 彼女が治めるコウラン王国は武器製造の拠点でもあり、人類圏の西部、陸側に広がる冥王領域に守られている。

 傍に控える冥王騎士団長と天宮恵一あまみやけいいちが穏やかな表情でルージアのことを見ていた。


 さて、最後に残ったのはライオス王国だ。

 騎士との共生、原初の騎士王への信仰を尊重し、人同士の協力に重きを置く姿勢を見せた人類代表たちを静観していたカインズ・ローグは口を開く。


「アルメリア王国は代替わりを経ても変わらず、我々と対立なさるおつもりのようだ」


 告げられた言葉を聞いて、会議室に緊張が走った。

 次に一同の注目を集めたのはライオス王だ、杖を撫でながら彼の王はアルメリア王を見据える。


「貴国と対立する意思は我々にはありません、それは前王も同じでした。

 ……我々には我々の、貴国には貴国の文化と思想がある。

 受け入れ難いものを潰すのではなく、互いに尊重し合い生きていける時代を作りたい」


「人類圏全体で、この危機を乗り越えるべきだと我々は考えています」


 ライオス王の厳しい眼差しにも負けず、凛とした声でアルメリア王は答えた。

 その言葉を聞きながら表情一つ変えず、ライオス王は続ける。


「ほう、母君が語られていた理想とまるで同じ事を仰られる。

 原初の騎士王に対する信仰、騎士を種族として認め共生しようとする動き。

 人類圏が抱える思想と文化を押し進めようとする姿勢、なるほど」


「貴女は確かにアルメリア王として立派にお育ちのようだ。

 ……原初の騎士王に進化を齎された過去と守護されている今があるからこそ、人間は騎士を正しく扱わなければ」


「間違いは正さねばならない。

 二代目アルメリア王、我々は貴女を敵国の王として歓迎する。

 ……リナリア、続けると良い」


 場の空気を掌握していたライオス王は、アルメリア王の返答を待たずにリナリアへと主導権を返した。

 ライオス王を冷えた目で見つめていた彼女は深く溜息を吐く。


「話が長い年寄りは最悪ですね。

 ……では、続けます」


 その後、ライオス王は一言も口を挟むことはなかった。

 緊迫した空気のまま人類会議は終わる。

 騎士たちは不動のまま一言も発さなかった。

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