摘草




 甘味処『さささささ』。この店の長にして唯一の店員でもある婦人の名は、富士綾子ふじあやこ。雄々しい顔立ちからよく腕の立つ用心棒に間違われるが、武道武術ともにからっきしりだめである。


 定年退職をして、余生を趣味のお菓子作りをしながら過ごそう、どうせならば、お菓子を提供しながら人と接せられればと、開店。しかし、店に見えない小さな住居が悪いのか、立地が悪いのか、客は一人しか来なかった。


 その唯一無二の客の名は真武新五郎。大番頭の彼は、場所柄としても、お菓子の味もいたく気に入ったらしく、勝手に根城にすると宣言。


 富士は何を勝手にといきり立ったが、いろいろなやつを連れて来てやるからと、イケメンも連れて来てやるからと説得され、渋々受諾。以降、ここは新五郎の根城になり、手回しをしたのか何なのか、彼と彼から紹介されたと訪れる者以外は、誰も足を踏み入れない。甘味処の幟旗は年中無休ではためいているにも拘らず。


 店のめにゅうは、茶畑を継いだ妹から送られてくる品物から、一日一品だけ作ると決めているが、大体が抹茶を使った甘味である。






 本日は抹茶あんみつ。抹茶の寒天に求肥、甘さ控えめの粒あん、生クリーム、砂糖水に漬けた栗、蜜柑、苺、さくらんぼを彩りよく器に盛り立てた後、抹茶を混ぜた黒蜜を全体に程よく垂らす。お好みで足せるように、小さな器に黒蜜を入れて、お客様に提供。あとはこの狭い空間の中で共に過ごすが、新五郎から席を外してくれと頼まれれば、近所の友の元に足を運ぶ。

 面倒だなと思う事は多々あるが、まあ、退屈はしそうにない上に、お菓子を美味しいと笑顔で食べてくれるお客様のおかげで、わりかしこの生活も気に入っている。


 

 今日も今日とて、友の元に足を運ぶ事になってしまったが、今回連れてきた少女を見て、まさかと勘繰ってしまう。半分冗談、半分本気。愛人との密会に使われているのではないか、と。


 小説の読みすぎであると、重々承知である。








「いつになったら、俺をおてんば娘、もとい、絃に会わせてくれるのかな?」


 竹蔵は新五郎に問いかけられるも動作を止めず、竹のスプーンに乗せた、抹茶の求肥と生クリームと苺を口の中に招き入れて、丁寧に味わい、こくりと、食道へと送り込んでは、にっこり微笑んだ。



「会わせないって言ってんでしょう。何回言えばその頭の中に記録されるのかしら?」

「いやー、俺の優秀な頭は会わせるって返答しか記録されないみたいで」

「…幻灰は私。あの子は無関係。あんたに会わせる理由がない」

「でもおまえになんか遭った場合に、保護をするのは俺、だろ。それとも『豊慢』の若旦那に鞍替えしちまったか?」

「鞍替えも何も」



 竹蔵は緑茶を含んで喉を潤した。知らず、息が漏れる。美味しさ故だ。



「会ってどうすんのよ?」



 湯飲みを抱えたまま問いかけると、さあと首を傾げられて、頭をはたきたい衝動に駆られた。



「会って話してみたいだけだ。色々な所で甘味を食べながら」

「甘味友達ならいるでしょ」

「友達になりたいわけじゃないんだよね。かと言って、恋人になりたいわけでも、娘になってほしいわけでもない。しいて言うなれば。名もなき間柄?」

「可愛く首を傾げても鳥肌が立つだけだから」

「魅力がありすぎるのも考え物だな」

「勝手に言ってなさい」



 湯飲みを持ち上げて、一口緑茶を飲む。やっぱり、息が漏れる。

 さて次は、少しずつ残っている具材を全部スプーンに乗せて、と。



「若旦那には会わせたくせに」



 口を尖らせて抗議する新五郎をひとまず無視して、なんとか崩れずに乗せたプチ抹茶あんみつを慎重に口の中に招き入れる。ゆっくりと噛んで、噛みしめて、崩しそうになる相好をこらえて、小さくちいさく噛み進めて、こくり、喉を鳴らして、食べ干す。


 多幸感に浸る中、緑茶で余韻を引き立たせてから一時、無言で抹茶あんみつを堪能してから、小さく口を開いた。口の中にたゆとうていた抹茶の微かな味が鼻腔もくすぐる中、迷っているのよねと、聞き漏らしそうになるほどの音量で告げる。



「約束を果たすか否か、をか?」



 新五郎が竹蔵から聞かされた情報はそう多くはない。


 上層部からの依頼で、お金を一度盗むが、必ず返すから見逃せ。


 ただし、新五郎以外他言無用で、他者に捕まれば愉快犯として素直に応じ、二度と行わない。


 竹蔵が面倒を見ている娘を気にかけてほしい、そして、竹蔵に何かあれば、面倒を見てほしい。竹蔵の友として。


 以上である。




 竹蔵の言葉通り、上層部からその旨が書かれた密書を忍びから手渡されたが、誰の筆跡かは不明。事情を知らぬ日付盗賊改にしてはいい迷惑だろうが、金は返ってくるわ、悪徳業者は改心するわ、いい事尽くめで調査をするのも馬鹿らしいと放置。してはいたが。


 この頃の幻灰、もとい、竹蔵の盗人ぶりがどうにも気もそぞろな感じが気になった。

 まるで、捕まってもいいような気がすると言わんばかりの身体さばき。

 新聞に取り上げられているのも、実は気になる。

 上層部からの依頼というのならば、竹蔵の盗人情報は握り潰されて当然であるのに、そうはならなかった。


 上層部が手を引き始めた、と考えるのが、自然だろう。

 だから、竹蔵は絃を若旦那に会わせた。

 竹蔵の身が危ういかもしれないから。



(で。俺に任せないのは、任せきれないと判断したから、か)



 全部を話してほしいとは、まあ、思う。思うが、口には出さないし、事情を知りたいが為に、絃に会いたいと言っているわけではない。

 ただ、本当に、真実、会って、甘味を食べながら、話してみたいだけ。それだけ。

 名もなき間柄とは言ったが、しいて例えるならば、遊園地の客とキャラクター、みたいな。楽しんでほしいな、この遊園地にいる時くらい、みたいな。

 やっぱり、名もなき間柄だろう。一過性でいいのだ。深入りしたいわけでも、させたいわけでもない。



「おまえ、俺にどうしてほしいわけ?」



 事情を話されてはいるが、味方になってほしいとは言われていない。

 ただ、できる範囲で協力してほしいだけなのだろう。が。

 それはこれまでの話。

 何か事情が変わったのであれば、間柄も変化せざるを得なくなる可能性も出てくるだろう。



「うー」



 新五郎が見つめる先、竹蔵は唸りながら、何度か首を緩やかに振って、考えた。


 どうしたいのか。どうしてほしいのか。分からない。

 分からないが。同業者が出てきた以上、答えを出さないわけにはいかない。


 竹蔵は頭を身体の中枢に戻して、とりあえず現状維持でと答えた。

 分かった。新五郎はあっさりと答えた。はいはい、現状維持ね。そうそう、現状維持。

 幾ばくか、すっきりとした表情になった竹蔵を見て、新五郎は、にやり、片側の口の端を上げた。悪巧みを企んでいそうな顔に、嫌な予感が過る。



「激震三莫迦組との茶の席を設けなくても元気が出たみたいだな」



 あ、つーかもう、一緒に茶をしたかと、下世話な笑いを響かせる新五郎の言葉に、竹蔵は顔を引き攣らせた。



 もっとも知られたくない相手に知られてしまった。

 確信を言葉に出されてはいないが、確実に気付かれている。分かる。あの顔は。長い付き合いだ。悲しいかな。分かってしまう。



 まさか、まさかの話。追っかけられている間に、恋に落ちてしまったなんて。



 死んでも知られなくなかったが、まだ誰か特定されていないだけ、ましだろうと、虚ろな笑いを吐き出した。












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