第43話 《ゴースト・アリーナ》閉会式

 告知されていた《ゴースト・アリーナ》閉会式の時間は、イベント終了直後に指定されていた。

 日曜日の夕方というだけあって、割と多くの人が集まっているように思える。


「よう、お前も来たか。……いや、このイベントクリアの立役者が来ない方がおかしいのか」

「先生、久しぶりっすね」


 声の方向を見たら、ヴォルフとハッシュが立っていた。


「久しぶりだな。……あと、もう先生じゃないからその呼び方は止めろ」

「あれ、そうだったんすか? そういえば今朝学校からメッセージ届いてたんすよね。それ関連?」


 メッセージを軽く確認したハッシュが、


「おお、確かに先生じゃなくなってますね。んじゃあ、改めてよろしくっす。ミラパイセン」

「ああ、こちらこそよろしく。ハッシュ、ヴォルフ」

「これからは敵チームってことか。ま、その方が俺もやりやすいから助かる。よろしくな」


 二人と握手を交わしている間に、定刻が来たらしく、フィールドの中心にスワローテイルとアイギスにグレイス、そして数人の楽器を持ったアバターが出現した。

 楽器を持った連中の中でも、一人だけはどこかで見た覚えがある。


「あれは確か……」

「おー、心音シオンと、そのバンドメンバーっすね」


 BGMの生演奏が始まる中で、スワローテイルが挨拶する。


「皆様、《ゴースト・アリーナ》閉会式にお越しいただき誠にありがとうございます」


 丁寧に一礼している姿を眺めていると、肩を軽く叩かれた。

 見ると、キラとランマルが立っていた。

 その向こうにヘイズとハルナの姿も見えた。やはり来ていたか。

 更に視線を動かすと、小春さんの私的なアバターであるマムポンの姿も見えた。

 俺の方に気付いて手を振って来る。


「閉会式をやるというのは、その場の勢いだけで発表したものだったので、正直何をやろうか困っていたのですが、心音シオンさんたちにオファーしてみたところ、快く引き受けてくださいました。ありがとうございます! 皆、拍手!」


 指示されるまでもなく拍手している人たちもいた。

 スワローテイルが視線を送ると、すぐさま心音シオンが頷いた。


「ただ今ご紹介にあずかりました、電子の歌姫、心音シオンです! 別のイベント用に作っていた新曲があったので、思い切ってこの場で初公開します! 短い時間ですが、楽しんでくださいね」


 会場から歓声が沸く。

 特に観客席の最前列には、彼女の髪の色と同じ色調の装備を全身に纏った一群がひしめいていた。

 恐らく彼女のファンなのだろう。

 凄まじい団結力だ。


「さてさて、閉会式という名目で皆様をこの場に集めたわけですが、終わりというものはいつも新しい始まりでもあるわけです。もうお分かりですね? そう、クリア特典である《フローティング・アサイラム》の出航の儀も兼ねているのですよ」


 言葉が途切れると、アイギスがフィールドに現れた魔法陣の中心に歩み寄る。

 魔法陣の中央にしゃがみこんで両手を地面に置き、叫んだ。


「《フローティング・アサイラム》、抜錨!」


 文様が目もくらむような光を放ち、地面が小刻みに揺れ始めた。

 客席がざわつく。

 どよめきを破るように、激しいドラムやギター、ベースの音が流れ始めた。


「皆さん、これから新エリアの攻略を頑張ってください。勿論、私も攻略に参加しますよ! それでは聞いてください。心音シオンで――《Warrior’s Heaven》」


 曲が始まった途端、客席最前列の集団を中心として、歓声が起こり始めた。

 客席全体の動揺が、少しずつ興奮によって書き換えられていく。

 間奏では、世界大会のオープニングでもやっていたように、マイクスタンドによって演武を披露していた。

 マイクスタンドが光っているので、スキル技だということが分かる。

 やっぱりあの時やっていたアレもスキル技だったのか。

 現実世界でも、今と遜色ない動きを見せていたのは驚きだ。

 会場が一体となってリズムを刻んでいた。


 歌い終えた心音シオンがマイクを天高く掲げる。

 そして、後ろのバンドメンバーたちの楽器の余韻が引ききった直後、空中にパッと光の粒子が散りばめられた。

 眩い光に包まれた観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 ハッシュが特に感慨深そうに何度か頷きながら拍手している。

 ただのファンかよ。


「と言う訳で、心音シオンさんでしたー! どうもありがとうございましたー!」


 彼女たちは一礼して、グレイスに導かれるまま闘技場の奥に入って行った。

 入れ替わるようにアイギスが歩み出る。


「《YDD》プレイヤーの諸君、空の旅へようこそ。《WHO経験者》の諸君はお久しぶり。君たちの新たな冒険は、この船によって再び始まることだろう。《YDD》向けに調整され、リニューアルされた《WHO》の世界をどうか楽しんでいただきたい。大丈夫。これはただのゲームであって、デスゲームではないのだから」


 短い挨拶が終わると、一際大きい衝撃が起きて、多くのプレイヤーがふらついた。


「ねぇ、もしかして……」


 キラが闘技場の外を見ながら呟いた。

 その方向から、外の景色を確認してきたらしいハッシュが走ってくる。


「マジで空飛んでますよ、この船! それに、ワープできる場所のリストに《フローティング・アサイラム》って場所が追加されてるっす」


 相槌を打ちながら、再びアイギスたちの方に視線を戻す。

 いつの間にか、フィールド内にはグレイスたちをはじめとした、《WHO》で命を落としたプレイヤーのアバターたちがひしめき合っていた。

 全員がにこやかに観客席へ手を振っている。

 スワローテイルが代表して挨拶する。


「私たちはこの世界のどこかでのんびり過ごす予定です。見かけたら気軽に声を掛けてくださいね。何か面白いことが起きるかも。とにもかくにも、皆さんの旅路がより良いものを願っています。《ゴースト・アリーナ》クリアおめでとう!」


 ファンファーレのような効果音が鳴るのと同時に、フィールド上のNPCたちが光の粒に変わっていった。

 幻想的な光のシャワーを浴びながら、消えていくアバターたちを見送る。

 プレイヤーの大多数は、巨大な船内の探索をするために闘技場の出入り口に殺到していた。

 残りの少数のプレイヤーは、知り合いと別れの言葉を交わし合っていた。

 小春さんはグレイスと談笑しているし、ランマルはスワローテイルと何やら話し込んでいる。

 その光景から視線を逸らし、出入り口の方に歩みを進める。


「俺も攻略に行くか」


 三歩ほど歩いたところで背後から猛スピードで近付いてくるプレイヤーの気配がしたため、ひらりと躱した。

 視界の端に、両手で空を切りながらつんのめっている女性アバターが映った。


「何やってんだお前」

「あの状況から避けられるとは思わないじゃない。後ろは見てなかったでしょ?」

「足音と気配が分かれば避けれるだろ」

「えぇ……」


 困惑気味に呟きつつ、姿勢を安定させたキラがこちらに歩み寄ってきた。

 そのまま、こちらに右手を差し出した。


「とにかく!」

「?」


 意図が読めず、首を傾げた俺に対して、キラは溜め息をついた。

 顔を赤らめ、目を泳がせながら、


「私たちも攻略に行くわよ!」

「あ? そりゃ行くけど、別に一緒に行く必要なくね? 解雇されたし」

「そんなの関係ない。ゲーム内なら、自由でしょ」


 確かに、この世界の中には色んな人がいる。

 上手い人も下手な人も、若者も年寄りも、ゲームのクリアが目的の人も、まったり交流するのが目的の人も、国籍も問わず、とにかく色んな人が。

 現実世界での所属が違うという程度のことは些細な問題に過ぎない。

 そこまで理解して、


「じゃあ行くか」


 差し出された手を引っ掴んで歩き出す。

 隣でキラが小さく笑った。


「ようやく、手を繋いでくれた」


 満足げな表情を一瞥して、懐かしき新天地へと足を進める。

 今なお確かに残っている過去の思い出に一区切りをつけながら。




(第一部:人工知能葬儀場ゴースト・アリーナ、完結)



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