第42話 戦後処理

 期間限定イベント《ゴースト・アリーナ》の攻略が完了してから一夜明けた。

 あのイベントは今日まで開催されており、クリア記念に挑戦回数の制限が解除されたため、今も多くの人が挑んでいることだろう。


 朝食としてコッペパンを食べていると、少し機嫌が良さそうな小春さんが話しかけてきた。


「昨日はお疲れ様。雄斗の件も昨日処理が終わったし、久しぶりに冬香姉さんの姿を見られて良かったわ。……結局、姉さんも未来くんに負けちゃったけど。でも、未来くんと戦ってる時の姉さん、輝いて見えた」


 グレイスの事と、昨日俺を雄斗から守ってくれた時の小春さんの姿を思い浮かべる。

 個人的な憎しみと、公の仕事への責任感との板挟みに何度も葛藤した末に出したであろう結論によって俺はまだ生かされている。

 その決断に至るまでの小春さんの苦しみは、俺が推し量れるようなものではない。

 俺は結局、これからどうしていけばいいのだろうか。

 でも、取りあえず何かを始めていかなければならないことだけは分かる。


「あの、その、グレイスのことは……申し訳なかった」


 小春さんは俺の予想に反して明るい表情を見せた。


「いいの。あの後、姉さんと《ゴースト・アリーナ》でちゃんと話し合えたから。姉さんは、未来くんが姉さんを殺さなくても自殺するつもりだった、って聞きました。それが姉さんの望みだったのだから、私はそれを尊重してあげたい。それに、姉さんの最期を満足いくものにしてくれた未来君をこれ以上責めるわけにはいかないよ」


 一旦言葉を切った小春さんが言いにくそうに付け足す。


「それに、姉さんの想い人を悪く言うと、姉さんに恨まれそうだし……」

「ん? どういうことだ?」

「ああ、いや、私たちの間の話だから」


 あたふたしながら手を宙で動かしていた小春さんは、何かを誤魔化すように一転して厳しい表情を見せた。


「でも、殺してしまった人たちや、残された人たちのことを忘れないで。そして、これ以上罪を重ねないでね。あの事件は、法が追い付いていなかったから罪に問われていないだけなの。もし未来くんが本物の犯罪者になったら……その時は私が逮捕します」


 昨日、雄斗の動きを止めるために色々やり過ぎそうになったことを思い返しながら頷く。


「ああ。そうならないように努力する」

「そうそう、今日も橘さんが面会の申請を出していたわ。昼からよ」


 昨日は《ゴースト・アリーナ》を攻略した後、物理的なダメージを診察させろと何度も言われたため、キラが誘ってくれた打ち上げにもいかずに治療を受けていた。

 その後もすぐに寝てしまったので、ネットの反応がどうなっているのか、全くリサーチ出来ていない。

 まあ、昨日のスワローテイル戦でも露骨に俺を目掛けて武器を投げる人や野次を飛ばしてくる輩が複数いた時点でお察しなのだが。


 昼食も済ませて面会室に通されると、この前同様、キラまで面会に来ていた。


「先日はおめでとう、未来君。さて、早速本題に移らせてもらうおう。これは会社の経営陣と話し合った結果なのだが……」


 成蔵さんがわざとらしく一拍置いた。

 俺よりもキラの方が緊張しているように見える。


「我々には致命的に思えるほど、君の評判は悪かった。我々としても誠に遺憾なのだが、君を手放さざるを得ない」


 一瞬、二つに割かれた部屋の両方とも静寂に包まれた。

 やはりこうなったか……という程度の感想しか出て来ない。

 一拍遅れて話を進める。


「そうですか。じゃあ、この前言っていたお金の方は何時振り込まれることになるんです? それだけは聞いておきたい。退職金代わりでしょ、アレ」

「ハハハ、あのお金は本日中に振り込もう。ランマル君にも分けてあげると良い」


 無言で一礼すると、向こうの部屋から大きな音がした。

 机を思い切り叩いたキラを成蔵さんが窘める。


「おい、ここはゲーセンじゃないから台パンはマナー違反だぞ。行儀よくしなさい」

「それ、ゲーセンでもマナー違反だからね……って、そんなことじゃ誤魔化されないわ! 解雇って、一体どうして?」


 成蔵さんは、駄々っ子に語り掛けるようにゆっくりと、


「何度も言ったが、彼の国内での評判が悪すぎるんだ。海外からは未だに根強い人気があるようだが、未来君以外の人材はほとんど国内向けだろう? 炎上した一人を手放しても多くの人を守る。残酷に思われるかもしれないが、会社を守るためには致し方ないんだよ」

「そんなっ……!」


 まだ何かを言おうとしていたキラに声を掛ける。


「少数を犠牲にして多くを助ける……俺も昔やってきたことさ。甘んじて受け入れるよ」

「うむ、未来君は話が分かるようで助かる」

「そういう問題じゃないでしょう? それに、ミラが引退するのは、私があなたを……」


 未だに困惑している様子のキラを差し置いて話が進んで行く。


「さて、悲しい知らせを届けたところで、嬉しい知らせも届けなければならないだろう」


 かなり意外な発言だったので、固まってしまった。

 そんな俺を見て笑いながら、


「実は君の専属契約を解除するという話を一部の人にお知らせした結果、海外から熱烈なラブコールが届いてね、《ボーダーレス・ゲーマーズ》という新進気鋭のゲーマー集団からお声が掛かっている。国籍に関わらず、一癖も二癖もある優秀で変わった人材を集めている所だね。資料は後で送ろう。それにしても驚きの契約金だよ。海外資本には、もう到底太刀打ち出来ないな……」


 ようやくキラが落ち着きを取り戻した。

 一度深呼吸をして、少しだけ頬を緩める。


「……そう。プロゲームシーンから完全に離れるわけじゃないのね。これからは別のチームになるのだろうけど、これまで通り気軽に接してくれていいし、何かあったら私を頼ってね。私は、どんなことがあっても最後までミラの味方だから」


 微笑を浮かべたキラが左の掌をガラスに押し付ける。

 その笑みを見ていると、不意にグレイスの顔が思い浮かんだ。

 俺の行く末を案じ、俺を殺す覚悟を決め、俺に殺された人。


「やめておけ。百人殺した人間の味方なんて、命が幾つあっても足りないぞ」


 忠告を言っても相手の微笑みは揺るがない。

 一見緩い表情に見えるのに、その実、強固な意志を感じる。


「それでも、私はミラについていきたい。私、あなたの、他を寄せ付けない戦闘を見る度に感動しているんだから。でもミラって、ちゃんと見ておかないと、いつの間にか消えてしまいそうだから、それだけが心配で……」

「心配される筋合いは無いと思うのだが……。倒す相手の心配をしてどうする」

「いつかは倒すけどさ、今はほら……」


 そう呟きながら、目が合ったキラが顎を少し動かして、目線を手の方に向けた。

 応じるように自分の右手を動かす。

 ゆっくりと手を近付ける途中で躊躇してしまう。

 果たしてこれに触れてもいいのだろうか、と。


 一度、自分の手をまじまじと見つめてしまった。

 こうやってじっくり現実の自分の手を見るのは久しぶりだ。

 前も何時かこうしたことがあったような気がするけど、多分、その頃とあまり変わっていないだろう。

 細くて、非力。

 道具に頼らなければ人も殺せないような、か弱い手。

 それでも多くの命を屠って来た手。


 一度引っ込めようとしたが、それでも微笑みを崩さずに待ってくれていた。

 そっとガラスに触れると、やっぱり少し冷たかった。

 でも、キラが触っている部分は、他の所より少し温かかったような気もした。


「あなたとはガラス一枚を隔てているけど、それでもミラの体温を感じることが出来たと思う。またいつか、こんな壁越しじゃなくて、直接触れ合えたらいいね」

「さあ、それは何年後かな」

「一応ここから出る気は有ったのね。その時が楽しみだわ」


 俺とキラの話が一段落つくと、成蔵さんが帰り支度をしながら声を掛けてきた。


「君を解雇することになったのは間違いないが、これからも単発の仕事を頼む時があるかもしれない。その時はよろしく頼む。実は今、少し企画しているものがあってな……」

「え? パパ、それってどういう仕事なの?」


 成蔵さんが、キラにだけ言い聞かせるような小さな声で呟く。


「いやほら、ワシ元々ゲーム会社出身で今も経営しているから、新作のテスターとかの仕事をだな……。ちょっとハードに作ったやつをプロ目線で……」

「うげ、パパの会社のゲームって言ったらアレでしょ? 法的にも厳しいんじゃないの?」

「その辺は少し調整することにして……まあ、詫びゲーム的な?」

「絶対ミラが向いてないタイプのゲームでしょ! 私がテスターした方がマシよ!」

「いや、アレは基本的に男性向けだから、綺羅々にテストしてもらっても仕方ないのだが……」


 何の話かは良く分からないが、俺が甘く見られているという程度の事は分かる。


「それがどんなゲームか知らないが、そこまで言うならやらせて貰いたいところだな」


 成蔵さんが、遠い目をしながら、


「ぜひお願いしよう。……テスターを募集する必要が出て来たら、なのだがね。今絶賛制作中で会社は修羅場なのだよ」


 帰り際に、


「ちゃんと閉会式にも来なさいよ!」


 とだけ言われた。

 暇なので行かない手はない。

 それに、もしかしたら彼女たちに会える最後の機会なのかもしれないのだから。

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