第41話 終戦

 数秒後、特殊演出と思われるファンファーレが鳴って、決着がついたことが分かると、会場から大きな歓声が上がった。

 思わず観客席の方を見てしまう。

 一通り観客席を見回して、再びスワローテイルの方に向き直ると、フィールドに投げ込まれた武器が次々と消えていく様子も見えた。

 観客席からランマルが飛び込んでくるのも。


「システムにある技で倒されちゃうなんて、私もまだまだ、《WHO》完全に理解した、なんて言えないなぁ」


 独り言のように呟いて、彼女もこちらを向いた。


「ミラもランマルも、やっぱり強いねぇ」

「クソガキだからな……」


 何の話だっけ、という感じで首を捻られたので言葉を付け加える。


「クソガキの方が、たかが一ゲームにも全力を尽くすから強いんだ……って昔言ってたのはアンタだろ?」


 ランマルも試合後の一服をしながらしみじみと頷いた。


「そういえばそんなことも言うてたなぁ」

「ん。確かにそんなことも言ったと思う。はぁ……そういうアツい心まで再現出来るようにならないと、勝てないか」

「いや、最初の武器がめっちゃ降って来たところとか激アツやったやろ。あの演出考えれた時点で割と既にアツいという概念を理解出来ていると言ってもええんちゃう?」

「そう思ってくれるのならありがたいけど」


 笑って応えながらスワローテイルが立ち上がった。

 体力がゼロになっているはずなのだが、未だにアバターが消える気配がない。

 その点を不思議に思っていると、スワローテイルがどこかからマイクを取り出した。


「皆様、おめでとうございます。《ゴースト・アリーナ》がクリアされたため、イベント期間終了後に《YDD》でも《WHO》に登場していたエリアに挑戦できるようになりました。ちゃんと魔法を使うモンスターとかも出て来て《YDD》仕様に調整されていますのでお楽しみに! また、今からイベント終了期間までの間、皆さんが何度でもここにいるアバターたちと戦えるようにしておきましたので、気になった相手とドンドン戦ってみてください!」


 言葉が途切れると、フィールドに次々とアバターが出現した。

 その中には、アイギスやグレイスも混じっている。


「ゲームの中で満足な見送りもないまま散っていった我々にとって、多くの人からこのように盛大に見送られることや、かつて同じゲームで覇を競ったプレイヤーたちと再会したり、自分を倒した相手に再挑戦出来たりしたことは、これ以上ない喜びです。どうか最後までこのイベントをお楽しみください。……あと、クリア記念に閉会式やります! ゲームのお知らせをチェックしてね!」


 全てのアバターたちが一斉に頭を下げると、観客席からスタンディングオベーションが巻き起こった。

 拍手と歓声を浴びながら徐々にアバターたちが消えていく。

 アバターたちが消えゆく時に発する光の粒子が、アリーナ内を幻想的な光で満たし始める。

 ランマルが、消えていきそうになっていたスワローテイルにしがみつく。

 それを見ていると、後ろからグレイスの身体に包まれた。

 逆らわずに身体を預ける。

 そんな俺たちに《WHO》製作者アイギスが声を掛けてきた。


「私たちは今後も様々な方向性で自分たちの生存方法を模索していく。これまでも色々試していてね、その一つがコレというわけだ。君たちがクリアしてくれたおかげで我々は《YDD》運営に怪しまれることなくスムーズに居場所を確保出来た。感謝する」


 スワローテイルも肩を竦めた。


「そういうこと。まあ別にクリアされなくても色んな方法を模索していたから、ネットのどこかで再び出会うことがあったかもしれないけどね。戦闘中に言われた、見送り云々って話は……うん、多分そういう考えもどこかにあったと思う」


 恥ずかしそうに目を逸らしながら頬を掻いた。

 ランマルが小さく呟く。


「なるほどねぇ、そういうやり方で不死を体現しようって話?」

「電子データだから、消える時は消えるよ。バックアップがキチンと取られていたら話は別だけど……ランマルも人体を超えた無限の可能性に挑戦したいと思わない?」

「その方舟が出航してから言われてもなぁ……」


 俺にはよく分からない事を話し始めた三人を見ながら、グレイスに話しかける。


「グレイスは俺の事を愛していたって言っていたけど、愛って、何だろうね」


 グレイスはそっぽを向きつつも、俺の頭を優しく撫でて、


「もう、恥ずかしいことを掘り返さないでください。それに、愛のカタチは人それぞれ。何が愛なのか定義付けることは困難ですが、愛だと思えば愛なのです」

「難しいね」


 ニヤニヤした顔でランマルとスワローテイルがグレイスに近付いて来た。

 グレイスに抱かれていた俺は必然的に三人の身体の間に押し込まれる。


「難しいってレベルちゃうで。ミラちゃんは愛どころか恋も知らんし、オナニーまで知らんのやで」

「グレイスの愛、重すぎるって。愛ゆえに心中とか、江戸時代を感じさせるレベル。……それに、ライバルも増えてたみたいだし?」


 スワローテイルがチラリと観客席の方を振り返る。

 窮屈な姿勢のまま尋ねる。


「おい、さっきから何の話をしているんだ?」


 しかし、逆に全員沈黙を返した。

 グレイスが溜め息をつく。


「スワローテイル、あなたの技術でその手の知識を学習させてあげられないの?」

「ちょっとちょっと! 何も知らないピュアなものは貴重なんだよ! コンタミ反対!」


 よく分からないやり取りを眺めている間に、二人ともアバターが消えかかっていた。

 既にアイギスも含めて他のアバターたちは消え去っている。


「本当に大丈夫なのか? この先」

「心配しなくてもいいわ。アイギスとスワローテイルが上手くやってくれると思うから」

「全部人任せにするつもり?」

「あなたたち二人と残りのアバターでは、持っている権限が違うでしょう? 手伝いたくても何も出来ないわ」


 スワローテイルがブラックな笑みを見せながら、


「そんなに手伝いたいなら手伝わせてあげるわ。過労死しそうになるぐらいにね。……既に過労死どころか死の概念を失っているけど」


 一度見せた黒い笑みを納め、


「そういうわけで、私たちの移動が成功すれば、色んな場所で出会えるようになるかもねってことで、今日はここまで! バイバイ、またどこかで」

「私も皆と再び会える日を楽しみにしています」

「せやな」

「ああ、また会おう」


 少し手を振って瞬きをした間に、二人の姿はどこかに行ってしまった。




「ホンマに行ってしもうたんやね……」

「おいランマル、泣いているのか?」


 タバコに火を付けようとしながら、


「泣いてへん。タバコの煙が目に染みただけや。それに、泣いとるんはミラちゃんの方やろ?」

「視界が少し悪くなっても、そのタバコからまだ煙が出てないことぐらいは分かるぞ」


 新品同然のタバコを一瞥してから、二人で笑い合った。


「アカン、涙でタバコの火が消えてしもうたわ」

「タバコの火を消せるような涙なんてねぇよ」


 笑いながら背中を預け合って座り込む。


「いや、ほら昔は涙で川が出来るみたいな表現も有ったから、VRなら出来るやろ思て……あ、ミラちゃんも一本要る?」

「要らない。タバコに興味無いし、世界での評判も悪くなるからな」

「ホンマ規制厳しいわ……。これ吸い終わったら帰ろ」

「そうだな。俺も大体同じ時間に落ちる。でも、今は少しだけ……」


 光の粒子が舞っている様子を見上げていると、彼らを追悼するような煙が一筋立ち昇っていった。

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