第40話 不可視の剣 VS 死にスキル

 フィールドに現れたキラがスワローテイルに向けて横一文字に剣を振るった。

 透明な剣で軽く受け止め、


「キラちゃん、だっけ? 悪いけど、君程度の実力じゃ無理だよ」

「だろうな。そいつ一人じゃ無理だ」

「えっ……」


 ギョッとした顔でキラが振り返る。

 その隙を見逃すほど、俺もスワローテイルも甘くない。

 ただ、こちらも人手不足に悩んでいるため、今回はスワローテイルの剣を弾いてやる。


 ここでランマルではなくキラが出てきたということは……まさかアイツ、しくじったのか?

 いや、今はこの試合の決着の付け方を考え直さなければならない。


「あ、ありがとう、ミラ」

「礼は後だ。俺がさっきまで考えていたプランが崩壊したからな。そこで十秒足止めしてくれ。十秒後にお前が生きているかどうかは重要じゃない。……ったく、ランマルのやつ、先走りやがって……」


 承諾も取らずにフィールドの端まで走り出す。


「えっ、ちょっと!」

「ほいほい。それじゃあミラの作戦に乗って、十秒以内に倒してあげましょうかね」


 叫び声とぶつかり合う金属音を聞きながら、目的のものを探す。

 スワローテイルの話によれば、あの片手剣以外にもいくつかの透明な武器がフィールドのどこかに刺さっているはずだ。

 そいつを探り当てて、状況を打開する一手にしたい。


 その辺に刺さっている武器を、あまり武器が刺さってなさそうな場所を目掛けて幾つか投げる。

 投げた武器が当たればベスト。

 当たらなくても……。


「そこか」


 風の流れや、僅かな音の変化などを総合して、刺さっていた武器を掴む。

 どうも槍のようだ。

 どうせなら刀が良かったのだが、ぜいたくは言っていられない。

 すぐに引き返す。


「途中から動きが格段に良くなったよ! 結構耐えるね」

「ぐっ……。ここまで重い蹴りは初めてよ」


 戦っている二人の方に駆け寄りながら、透明の槍を投擲する。

 スキルは使わない。

 使った瞬間、確実に軌道まで読み取られる。

 だが、これなら。


 槍が到達する寸前、スワローテイルが俺の方を見てニヤリと笑った。

 嫌な予感を覚えて、近くに刺さっていた普通の刀を引き抜きながら距離を縮める。


「このっ! プロの私を前に余所見なんて……げほっ」


 身体を思いっきり引っ張られたキラのアバターに何かが刺さる。

 当然、俺が投げた槍だ。


「やっぱり見えているのか」

「当然。自分にも見えない武器なんて地雷以外の何物でもないでしょ? でも、あの数秒で探して拾ってくるなんて想定外ですよ。こっちの用意した隠し玉がミラにはあんまり通用しないってことですし」


 こうなればもう泥仕合を展開して気合いで勝つしかない、と考えながらスワローテイルに斬り掛かった背後から、キラが消えかかったアバターのまま叫んだ。


「ミラ、まだ最後の一撃は残っている! ここまでの道のりを築いた皆を……私を信じて!」


 キラは、俺に「とどめを刺せ」とは言わなかった。

 わざわざ「最後の一撃は残っている」という婉曲的な表現を使ったことには何らかの意図がありそうだ。

 相手の回し蹴りを捌いたタイミングで、一瞬だけ視線を後ろに投げてキラの表情を確認する。

 まさか俺が振り返るとは思っていなかったのだろう。

 表情から力が抜け、エメラルドのような目が徐々に大きく見開かれていく様子を見送りながら、嘘や冗談の類ではないと判断して再び視線を戻した。


「もう遅い! その命、獲った!」


 当然、相手はこの隙を見逃すわけがなく、そのことは俺も織り込み済みだ。


「俺もだ。とらせてもらうぞ」

「何を……っ!」


 握っていた刀を手放し、感覚だけで透明な剣の軌道上に両手を構える。

 同時に、腰にぶら下がっていた《キュービット》のおかげで刀系のスキルが発生する。


「そ、その構えは、《真剣白刃取り》!」


 分かった時にはもう遅い。

 武器無しで戦う展開を考慮に入れて、グリップ力と防御力の高い手袋を《ヤバB》に発注しておいたのが役に立った。

 ちなみに、装備の名前は《ヒトの肉球》である。


 このスキルはタイミングがシビアなことで有名であり、ミスした時の代償が大きい割に成功してもリターンが少ないことから、誰もハイレベルな戦いでは使わない。

 俺も、このレベルの戦いで使うのは初めてだ。

 何なら、習得時期が後半なのでレベルの低い戦いでも滅多に使われないため死にスキルとまで言われている。


 腕の位置や空気の振動、風切り音、そして何よりも直感に訴えかけてくる「お前を殺すぞ」という意志によるプレッシャーを頼りに、相手の剣の位置を見極める。

 引き戻すよりもこのまま加速して押し切ろうと考えたのか、相手の腕に力が入った刹那、システムの力を借り、目にも留まらぬスピードで俺の両手が動く。

 不可視の剣をガッチリとホールドした瞬間、輝くエフェクトが発生して、相手と俺の動きが完全に硬直した。


「まるで見えているみたいに正確に……これがミラの絶対的なVR感覚! ……でも、増援のキラちゃんはもう退場していて、ミラちゃんも動けないから私にはダメージが入らない。この硬直時間が終われば、もうミラに勝ち目は……」


 勝ち誇った表情のスワローテイルの首元に、キラが普段使っている、いかにもレアリティの高そうな輝かしい見た目の片手剣が突き刺さった。

 剣と、それが飛んできた方向を見て、スワローテイルが力なく笑った。


「ランマル! ……そうか、本当に最後の一撃を残してたんだね。すっかり騙されてた」

「俺もだ。アイツは自分のNPCを倒して復帰するために剣を投げ込んだものだとばかり……」


 俺も同じ方向に視線を向けると、観客席の中でニチャァと笑っているランマルの姿が見えた。

 消えゆく相手の体力ゲージを確認して尋ねる。


「もう、満足か?」

「……うん、満足。ミラたちの勝ちだよ。おめでとう」


 死してなお届いた親友の剣が、スワローテイルの体力を余すことなく削り切った。

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