第34話 チキンステーキ弁当⑦

 ガイウルフの屋敷では、昼食のために既に着席している者が大勢いた。

 皆、目の前に置かれている初めて見る宅配弁当を興味津々といった様子で見つめている。


 テーブルに用意していたグラスに、酒をついで回る執事やメイドたち。


 その様子を入り口で見守っていたララーは、腕を組みながら不安げな表情を浮かべていた。


(宅配弁当の保温は問題なし。開けた瞬間にできたての温度になるよう調整した。後は――)


 チラリと時計に目をやる。

 昼食の予定時刻まであとわずか。


 だが5人の席に弁当が置かれていない。

 彼らが『牛肉がダメ』という追加注文分の客だが、その理由はララーも一目見てわかってしまった。


 牛の頭を持った獣人だったからだ。

 家畜の牛と獣人とはまったく別の生き物だが、だからといって牛肉を使用したハンバーグを躊躇ためらいもなく出すのは、さすがに問題があるだろう。


 ガイウルフも眉間に皺を寄せながら壁の時計を見つめている。

 昼食の時間が遅れるほど、午後からの商談の時間も遅れてしまうからだろう。


(国外から来ている人たちは今日は泊まりでしょうけど、近隣の街から来ている人は日帰りの予定だろうしね。あまりずれ込んでしまうと陽が落ちてしまうからそれは避けたい――といったところかしら?)


 ガイウルフの表情からそこまで読み取ったララー。

 魔物は夜行性のものが多いので、夜に街の外に出るのは危険だ。

 どうしても避けられない外出の場合、傭兵や冒険者といった魔物を払うことができる者を雇う必要がある。


(マサヨシ、本当に大丈夫かしら?)


 ララーが彼の身を案じた、まさにその瞬間だった。


「お待たせしました!」


 息を切らせながら正義が部屋に飛び込んできたのは。


「マサヨシ!」

「おお!」


 思わずララーは笑顔になり、ガイウルフも立ち上がる。

 正義は即座に弁当が目の前に置かれていない獣人たちを見つけ、彼らの前に弁当を置くのだった。






 予定の時間ピッタリで始まった昼食。


「こちらはヴィノグラードのとある飲食店が独自でやっているサービス、『宅配弁当』なるものです。本日は皆さんにも特別な体験をして頂きたく注文をしました。どうぞ皆さん、蓋を開けて召し上がってください」


 ガイウルフが告げた後、皆が一斉に弁当の蓋を開ける。

 ほのかに湯気が立ち上ったのを見て、正義とララーは同時にホッと胸を撫で下ろした。


「ちゃんと保温できてたみたいですね」

「私の魔法なんだもの。当たり前でしょ。とはいえ今回は数が多かったので、ちょっと不安だったけど」


「さすがはララーさんです」

「ふふっ……。もっと褒めて」


 壁際に並んだ二人がそんなやり取りをしている間、ガイウルフの客人たちからは次々と驚きと賞賛の声が飛び交っていた。


「宅配弁当――。料理をそのまま運んできてくれるとは」

「さすがは珍し物好きのガイウルフだ」

「シンプルな見た目に反し、味は素晴らしい。味の薄いご飯とソースの絡んだハンバーグを同時に口に入れることで満足感も増す――と。これはスプーンが止まらんな」


 追加注文分の牛の頭を持つ獣人のメニューは、新しくできたばかりのチキンステーキ弁当だ。

 ハンバーグ弁当とあまり差が出ないよう、同じ肉系のメニューから選んだ結果だ。

 加えてトンカツは微妙に揚げる時間がかかるので、比較的早く調理できるこちらをカルディナは選んだのだろう。


「おお。このスパイシーな味のご飯とチキン、絶妙に合いますな」


 こちらも好評のようで、獣人たちはどんどん口に運んでいく。


「こうして目の前で美味しそうに食べてくれている姿を見ると、頑張った甲斐がありますね」

「そうね。カルディナにも報告しなきゃ」


 二人は宅配弁当で楽しげに食事をする皆の姿を、しばし目に焼き付けるのだった。






「一時はどうなるかと思ったが、本当に助かった。君たちには感謝の言葉もない」


 食事も無事に終わり、休憩時間。

 メイドたちがテーブルを片付ける中、ガイウルフは正義とララーのもとへ行き、深く頭を下げた。


「いえ。皆さんに喜んでもらえてこちらもホッとしてます」

「これから午後の商談の時間が始まるので私はそろそろ失礼するが、この礼は必ずや果たさせてもらおう」


「いえ、そんな。お礼なんむぐっ」

「ありがとうございます~。それでは私たちも一旦失礼しまーす」


 無理やりララーに口を抑えられ、連れられていく正義。

 ガイウルフは穏やかな顔で二人を見送った後、踵を返しまた商談が行われる部屋へと向かった。




 屋敷の廊下を歩きながら、正義はまだ強めに抑えられていた口を何とか振りほどく。


「ぷはっ! いきなり何するんですかララーさん!?」

「ごめんごめん。でも正義がせっかくのチャンスをふいにしそうだったから」


「チャンス……?」

「知りたくないの? アクアラルーン国の工芸品のこと。マサヨシが気になってることを尋ねる絶好のチャンスじゃない」

「――――!」


 確かにあの招き猫のことについて、ガイウルフに聞きたいと正義は思っていた。


「それに、ガイウルフさんの仕事って貿易業なんでしょ? もしかしたらカルディナの店に役立つ物を譲ってもらえるかもしれないし――。まぁそうでなくても、お礼ってのは遠慮なく頂いておくものよ」


 そう言ってウインクするララーを見て、やっぱり彼女は自分よりも大人なんだなぁと思ってしまう正義だった。






 店に帰ると、カルディナとユルルゥがわっと二人に飛びついてきた。


「お帰りなさい! さっき執事さんから無事に終わったって連絡があったんだ! もう本当、今回ばかりはすっごくハラハラしたよー!」

「カルディナさんもお疲れさまでした。ユルルゥちゃんもありがとう」


「わわわわ私はっ、そそそそんなに役立ってはっ!」

「何言ってるのよ。あなたの魔法があったからこそ、温かい弁当をお客さんに提供することができたのよ。もっと胸を張りなさい」

「ララー先生……。は、はいっ!」


「ララーもユルルゥちゃんも本当に助かったよ。ありがとうね。あ、そうだ。お礼といってはなんだけど、皆の分のチキンステーキ弁当も作ったんだ。食べて!」


 カルディナがテーブルを指差すが、ララーはそこで露骨に眉を下げた。


「この前もそれは食べたし、できれば違うやつの方が……」


「あ……。先生って辛いのが苦手でしたっけ……」

「お礼は受け取っておくべきですよ、ララーさん」

「うぐっ――」


 正義が言うとララーは降参したのか「一本取られたわ……」と小さく呟く。


「大丈夫。ララーの分はドライカレーじゃなくて普通の白米にしてるから」

「んもう、先に言ってよね! あんたのそういう気配り大好きよ。さあ、今日は店も休みにしてるし私も有給だし、パーっと打ち上げしましょ! パーッと!」


 即座に掌を返して元気になるララーに、皆は洩れ出てくる笑いを堪えるのだった。

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