第33話 チキンステーキ弁当⑥

 じゅわっという良い音が絶えず響く時間が始まった。

 カルディナはハンバーグが焦げないよう、ずっと目を光らせながら焼き続ける。


 焼けたハンバーグは、ユルルゥが保温している容器にすかさず投入。

 蓋をしたら完成だ。


 こうして皆の連携プレーで、次々と完成していくハンバーグ弁当。


「カルディナさん。全部のハンバーグの成形が終わりました!」

「了解! それじゃあマサヨシはできた弁当をバイクに積んでいって。そしてララーと一緒に第一陣をガイウルフさんの所に持っていく!」

「わかりました!」


 ララーも一緒に行くのは、ガイウルフの家でも弁当を魔法で保温するためだ。

 もちろん事前に許可は取っている。


「私は浮遊魔法であなたの後に付いていくわ。スピードは出ないから遅れるだろうけど、こっちのことは気にしないで。私も場所はわかってるから。普段通りに配達してねマサヨシ」

「はい。急ぎつつも安全運転で行きます!」


「ユルルゥ。私は一度ここを離れるから魔力切れを起こさないように気をつけて。頭がふらふらする前にちゃんと水分補給すること!」

「わわわかりました、ララー先生!」


「魔力回復薬、保冷庫に冷やしてあるからねー。いつでも飲んでいいよユルルゥちゃん」

「はっ、はい!」


 三人のそんなやり取りを聞きながら、正義は完成した弁当を保温バッグに詰めて宅配バイクに載せていく。

 先日も確認したが、今回の注文は2往復でギリギリ載る数だ。


「ララーさん。こっちは準備できました!」

「はいはーい。それじゃあカルディナ、ちょっくら行ってくるわね!」

「うん。そっちは任せたよ!」


(今のところ順調だ。とにかくガイウルフさんの屋敷まで無事に届けないと)


 いつもより後部が重たいので、とにかく気をつけて運転しなければいけない。

 正義は少し手に汗を滲ませながら、スロットルを握るのだった。






 無事ガイウルフの屋敷に到着。

 まだ商談中とあって、出迎えたのはガイウルフ本人ではなく初老の執事だった。


「旦那様よりお話は伺っております。本日はよろしくお願いいたします。どうぞこちらへお運びくださいませ」


 案内されたのは、非常に長いテーブルがセットされた静かな部屋だった。

 領主の屋敷に案内された時にも似たような部屋に通されたが、どうもここの上流階級の家にはこのような部屋が標準で設置されているらしい。


 隣の部屋からは、多くの人の話し声や軽快な笑い声が漏れ聞こえてくる。

 壁に掛けられた時計を見ると、指定された昼食の時間まであと35分程度だ。


(ここまで片道で10分かからないくらいだった。また往復して、荷下ろしの時間も含めると25分前後ってところかな。これなら昼食の時間に間に合う)


 とはいえ、急がなければという気持ちに変わりはない。


 ひとまず保温バッグから弁当を取り出し、テーブルの上に置いていく。

 すべての弁当を取り出し終えた瞬間、ララーも遅れて姿を現した。


「お待たせ。綺麗に並べるのは私と執事さんでやっておくわ。マサヨシはすぐに店に戻って次のを運んできて。おそらく店に戻ったタイミングで、弁当は全部完成しているでしょうから」

「わかりました。ここはお願いしますララーさん」


 正義はすぐに踵を返し、屋敷の外へと向かうのだった。






 店に戻った正義を出迎えたのは、余裕をもって弁当を作り終えた笑顔のカルディナ――ではなかった。

 ララーの言った通り、ハンバーグ弁当は既に完成していた。

 宅配バイクに詰め込めばすぐに出発できる状態だ。


 それなのに、カルディナもユルルゥの顔も浮かないものになっている。


「マサヨシ。この弁当を運んだらまたすぐに戻ってきて。たった今、追加の注文が入ったんだ」

「えっ!? 追加ですか!?」


「そう。何でも今日、商談に知人を連れてきてる人が複数いたらしいんだ……。いわゆる『知人枠』を使ってやって来た人がいたらしい」

「えぇ……」


 商談がどういう形式で行われているのか正義は知らないが、招待した人だけがきっちりと現れるものではなかったということだろう。


「しかもその人たち、牛肉を食べない種族らしくて。メニューに関してもお任せされちゃった。それに関してはまあ、すぐに作れるし全然問題ないんだけど」

「これ以上宅配バイクに載せられないですよ……」


「うん。3回目の宅配をするしかない。間に合わないのは仕方がないってガイウルフさんにも言ってもらえたし……」

「そうですか……。ひとまずすぐに行って戻ってきます!」


 正義は急ぎ残りの弁当をバイクに載せて、またガイウルフの屋敷へと向かう。


 ガイウルフとしても想定外だったということは容易に想像できる。

 それに関しては仕方がない。


 ただカルディナの表情から推測するに、彼女としてはこの予約注文を完璧に遂行できないことに落胆していたのだろう。


「…………」


 正義は真剣な目で前を見据えながら運転する。

 彼の目はまだ諦めていなかった。






「マサヨシ!」


 屋敷に着くなり、ララーと執事が慌てて飛び出してきた。


「ララーさん! 追加注文のことをカルディナさんから聞きました。すぐに宅配バイクに魔法をかけて欲しいんです!」


 弁当をバイクから下ろしながら正義が叫ぶ。


「えっ!?」

「地下水路に行く時にかけてもらっている、衝撃緩和の魔法です!」


 ララーはわけがわからないという顔をしたまま、それでもすぐに杖をバイクに向けた。


「ありがとうございます! 弁当はここに置いていくので頼みます!」

「わ、わかったわ」


 目を丸くするララーと執事を置いて、正義はすぐにハンドルを握る。


「絶対に間に合わせますから!」


 そう言い残し、宅配バイクは文字通り風のように駆けていった。






 正義が操る宅配バイクがヴィノグラードの街中を疾走する。


(道なりに通りを走っていたら確かに間に合わない。でもショートカットをすれば……!)


 カルディナの店周辺の道は入り組んでいる。

 それが原因で客足が伸びていなかったほどには。


 その主な要因は、民家と民家の間にある段差だ。

 ヴィノグラードの南側の地区は緩やかな傾斜になっている場所が多く、土地が平らではない。

 道の高さに合わせるため、家の敷地を底上げしている所が多いのだ。


 通りを外れた正義は、民家と民家の間の細い路地に入った。

 その先に道はなく、南区や貧民街の屋根が一望できる『行き止まり』。


 それでも正義は止まらなかった。

 すぐ下に道があると知っていたからこそ。


「いけえーーっ!」


 気合いの声と同時に、建物の2階ほどの高さを飛ぶ宅配バイク。

 一瞬の浮遊感。


 視界に空が映る間、正義はハンドルから手を離さないことだけに集中していた。


 ドン、と重量のある音と同時にバイクは着地。

 しかし音とは裏腹に、正義が覚悟していた大きな衝撃は襲ってこなかった。

 小石を踏んでしまった程度の揺れはあったが、それだけだ。


(既に何回か地下水路に宅配に行っていたし、ララーさんの魔法の効果は疑っていなかったけど……。ここまでとは)


 正義の予想通り、今回も彼女の魔法は正義とバイクを守ってくれた。

 そのままぐりんとハンドルを切り、バイクを走らせるともう店は目の前だった。

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