第35話 からあげ弁当①

        ※ ※ ※ 


 街の通りの一角で、道行く人たちに宅配チラシを配るチョコの姿があった。


「『羊の弁当屋』です。新作メニューが出たのでどうぞー」


 彼女はハンバーグ弁当の試食の時からカルディナの店を見守ってきて、都度チラシ配りを手伝ってくれている陰の功労者だ。


 チョコにしてみれば飢える心配をなくしてくれたカルディナに対する恩返しのつもりなので、街に立つ時間は全く苦ではない。

 何もできなかった子供の自分に役割を与えてもらったことを、むしろ嬉しく思っていた。


「あ、あの。それください……」


 突然後ろから話しかけられて、チョコは少しビックリする。

 振り返ると、チョコより少し年上らしき少女が佇んでいた。


 異様なまでに白い髪に白い肌。

 細い肩紐のワンピースも白く、ところどころ穴が空いていて裾もボロボロだ。

 靴は履いておらず、文字通り頭からつま先まで真っ白という風貌だった。


「はっ、はい。どうぞ!」


 チョコがチラシを渡すと、その白い少女は笑顔を見せた後、ペコリとお辞儀をして去っていった。


(貧民街の人かな……)


 少女が去って行く方向もそっち方面だ。


 宅配弁当の値段設定は、決して高いわけではないが激安というわけでもない。

 なけなしのお金で買うつもりなのだろうか……と、チョコは少女の背中を見ながら思うのだった。 


        ※ ※ ※ 





 ガイウルフの大口注文を成功させてから数日後が経った。

 その間も宅配弁当の注文は順調に入っていた。


 特にハンバーグカレー、トンカツカレーの注文の増え方が著しい。

 所変われど、カレーを美味しいと感じる文化は変わらないのだなぁと、正義はちょっと感動していた。


 そして約束通り、ガイウルフの方から「お礼がしたい」と店に連絡がきて――。





 正義とカルディナ、そしてララーはガイウルフの屋敷まで赴いた。

 ガイウルフはカルディナに会うや否や、がっしりと固い握手をして先日の件の礼をする。


「ショーポットで声はお聞きしていたが、まさか店主がこんなに若くて美しい方だったとは」


 というガイウルフの褒め言葉に、カルディナは骨が抜けてしまったのかというほど照れてふにゃふにゃしていた。

 あまり真正面からこういう賛辞を送られたことがないらしい。


 ララーも付いてきたのは彼女も招待されたからだ。

 確かに彼女の魔法がなければ先日の件は無事に終わっていなかったので、当然と言えば当然だ。


 ちなみに、ユルルゥは魔法学校の授業があるので不参加。

 前回の手伝いの時はララーが補習授業を行うという体裁で連れ出してきたらしいが、さすがに連続で学校を抜け出すのはちょっと――という本人の希望もあってこの場にはいない。


『ララーさんも学校の授業があるのでは?』と正義が聞いたところ、彼女のメインは魔法の研究なので授業はあまりやっていないとのこと。

 よくわからないが、他の教員よりずっと自由度が高いらしい。


『私がいた方が、お礼をもっと良い物にできる可能性あるでしょ? カルディナって良くも悪くも馬鹿正直だから』

 と正義に耳打ちしてきた時は、さすがに苦笑してしまったが。



 三人はガイウルフの書斎まで案内される。


 相変わらず、書斎の壁に貼ってある大きな世界地図は迫力がある。

 だが正義の目が吸い込まれるのは、やはりあの招き猫だった。


「凄いなー。見たことない物がいっぱいある」


 キョロキョロと部屋の中を見回すカルディナ。


「みっともないからやめなさい」


 と小声で制すのはララーだ。

 だが彼女の小声はガイウルフの耳に届いていたらしく、彼は楽しそうに笑ってから続ける。


「遠慮しないでくれたまえ。私としてもこの部屋に飾っている物はお気に入りの中からさらに厳選した物だからね。むしろ見てもらえた方が嬉しい」

「す、すみません。珍しくてつい」


 カルディナが肩を小さくするとまたガイウルフは笑った。


「それで、君たちへのお礼だが――。何が良いのか私も正直迷っていてね。何かリクエストでもあると助かるのだが」


 ガイウルフが言うと、三人は一瞬だけ顔を見合わせて頷く。


「お礼というか、まずはお話を聞かせてもらいと思いまして」

「話?」

「はい。あそこに置いてある猫の置物。あれを作っている所についてです」


「やけに具体的だな。そんなに気になるのかい?」

「は、はい。以前アクアラルーン国の村で作られた物だと言ってましたよね?」

「そうだ。アクアラルーン国のシギカフという小さな村で作られている。『招き猫』という物だ」


(やっぱり招き猫……!)


 正義の心臓が跳ねる。


「どういう村なんでしょうか?」

「そうだな……。アクアラルーン国の中でもかなり独特の雰囲気がある村だ。アクアラルーンの民はかなり開放的な国民性だと思っているのだが、その村の人たちはどちらかと言うと閉鎖的だ。私も商談の取り付けまでに苦労したよ」


 誠実に答えてくれるガイウルフだが、正義としてはあまりしっくりこない。


 それもそのはず。

 正義が聞きたいのは「日本と似ているかどうか?」ということだ。

 だが正義が別の世界から来た人間だとガイウルフは知らないし、ましてや日本のことなど知っているわけがないのでハッキリと聞くことができない。


「この猫の置物、どういう成り立ちでできた物なのかは知っているかしら?」


 次に何をどう尋ねれば良いかわからなかった正義に、助け船を出してくれたのはララーだった。

 ガイウルフはこくりと頷くと続ける。


「何でも160年ほど前に、別の世界から来た人間によって作られた物だと村の人は言っていた。まぁ今となっては確かめようもないがね。話題性のための作り話という可能性もある」


(やっぱり……! 俺の他にもこの世界に来てしまった人がいたんだ! しかもそんな昔に……)


 ガイウルフは半信半疑だが、正義はほぼ間違いないと確信していた。


「その人は、村で独自の調味料をずっと研究しながら作り続けたらしい。そして完成した暁に村のよろず屋に調味料を置いてもらえるようにと送ったのが、この招き猫というわけだ。『商売が繁盛する』という文句で渡された招き猫のおかげかはわからないが、そのよろず屋は売り上げがずっと好調で、今でも代替わりをして続いている。ちなみに、左右どちらかの手が上がっているかで効果が違うらしい。右手はお金とのことだ」


「へえ……。なるほどねぇ」


 ララーはそこで再度招き猫を見つめる。

 彼女の目がいつもよりずっと真剣なものになっているのが正義は気になった。


 が、今はそれよりもさらに気になることが一つ。


「あ、あの……。その『独自の調味料』ってどういう物なんでしょうか?」


「おお。さすが料理を扱う店だからそこが気になるかね? 取り引きはしていないが、土産に貰った物が倉庫にある。うちのコックに一口だけ味見をしてもらったのだが、かなり独特な味で扱いが難しいらしく結局そのままになっているんだ」


「見せてもらっても大丈夫ですか?」

「もちろんだ。付いてきたまえ」


 ガイウルフに連れられて部屋を出る三人。

 長い廊下の先にある、下へと続く階段をおりていく。

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