5. 正体



 「着きました! ここです!」


 「こ、ここ、か……?」


 セルナさんに案内され、到着した宿は……正直かなりアレだった。何がアレかは各自想像して欲しい。


 「これはまたすごいな」


 「お、お兄様、お、お化けとか出ませんわよね……」


 「あははは! すごいね! 僕ちょっと楽しくなってきたよ!」


 びびるアモルに何故かハイテンションになったウェイク。クロミアは元々山育ちなのであまり気になっていない様子である。


 「う、うん。趣があっていいじゃないか……さ、入ろう! な、中はいいんだろう!」


 「あ、はい! どうぞ! お父さんー! お客さん! お客さんよ!」


 ロビーで待っていてくれと奥へ引っ込んでしまう。ロビーというか休憩所みたいだけどな。扇風機とテレビがあったら野球中継を見て涼んでいるおっさんがきっと居る。そんな感じだ。ん? 扇風機か……あれなら作れそうな……などと思っていると母さんがキョロキョロしながら感想を言った。


 「ふうん。確かに中はキレイにしているわね。これは」


 「……みたいです(外はボロボロでしたけど、掃除は行き届いている……あの娘が? だとしたらやるわね……)」


 フィアも眉をぴくっと動かして窓の汚れを確認していた。メイドとして、掃除はやはり厳しめの目線なのだろう。鋭い目つきがあちこちに向けられていた。


 「これはどうも……って、お貴族様!? は、ははあ……こんな汚い所にようこそいらっしゃいました!」


 「あなたが主人かな? 私はルーベイン領の領主、マーチェスと言います。しばらくご厄介になりますよ」


 久しぶりに父さんの名前を聞いたな。忘れかけていたよ。親父さんはかなり恐縮してぺこぺこと頭を下げていた。


 「こ、こちらこそ、貴族の方が泊まられるとは思ってもいませんでした……この宿『パーチ』を経営しております、カルワンドと申します」


 深々と頭を下げた後、早速宿について説明が入る。こいうところは仕事として認識している


 「それで料金ですが、一泊お一人様銀貨5枚で朝と夜は食事をつけています。お昼はだいたい観光をされるので外で食べる方が多いものですから。もし必要であれば銅貨5枚でお出しする事もできます」


 「料金は問題ないわ、スィートルームでも泊まれるくらいは持ってるし。それより部屋はどんな感じなのかしら?」


 お偉いさんに弱い親父さんに代わって、セルナさんが説明をしてくれる。基本的にはさっきの説明どおり、部屋にお風呂があり、大浴場も設置しているとのこと。


 「部屋はこの人数が入れる部屋はないので二つに分かれてということでよろしいでしょうか? ご家族なら組み合わせはお任せしますけど」


 「そうだな、父さんとウェイクに俺でいいかな? 母さん、クロミアを頼めるかい?」


 「いいわよ。それじゃ案内してちょうだい」


 「かしこまりました! お部屋は二階になります!」


 三つ編みを揺らしながら笑顔で接客をするセルナさん。ううむ、見た目はかなり好み……さっきの好きにしていいってどこまで本気なんだろうな……いやいや、俺は火山へ行くんだ! そんな事をしている暇は無い!


 とりあえずセルナさんの背中を見ながら、俺は部屋へと入っていった。


 


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 「他にお客様もいらっしゃらないので、ごゆっくりどうぞ! お夕飯は宴会場でということでしたので、ちょっとしたパフォーマンスをご用意しますね」


 そう言って扉を閉めた。


 「ほほう、これはいい眺めだね! 山が近い!」


 「海はちょっと遠いけど、お魚も食べられるなんて凄いね」


 そう、この土地は扇状地になっており海と山の間に町があるという感じなのだ。湯煙がもうもうと上がっていて、山からも煙が上がっていた。どうやらビンゴのようだ。


 「俺はちょっと大浴場とやらを見てくるよ、二人は休んでてくれ」


 行ってらっしゃいとの声を受けて、俺は再び廊下へ。もちろんまだ計画を実行するつもりはない、頂上までどれくらいかかるのか、魔物はいるのかといった情報が必要だからだ。とりあえず親父さんかセルナさんに聞くかと探していたら炉ボー(という名の休憩所)にセルナさんが居た。



 「あ、ク、クリス様! ど、どうかなさいましたか?」


 「ちょっと聞きたいことがあってね、って名前?」


 「先程何度かお話されていましたので」


 そういや母さんとかが言ってたっけ? 自己紹介する手間が省けたから本題に入るとしよう。


 「この町、火山が近くにあるみたいだけど、あそこに行くにはどうやったらいいか知りたいんだ。何日くらいかかるとかね」


 「? あそこに、ですか? 危ないから近づかないよう町長さんが入山禁止してますけど……」


 マジか。いや、まあそういわれればそうだよな……観光客が誤って亡くなったら評判が悪くなるのは明白か。これはこっそりクロミアに運んでもらうしかないか?

 と、思っていると、何やらセルナさん、俺の顔をじっと見ていた。


 「……何かな?」


 「い、いえ……わ、私と、その……ごにょごにょ……してもらえますか?」


 「またか!? どうしてそんなに積極的なの!? と、とりあえずその気はないから! それじゃ!」


 くそ……勿体無いが女性に免疫の無い俺が即答できるはずもなく、そして怪しいので踵を返して立ち去ろうとしたが……


 「お願いです! このままだと良くないことが起こるんです!」


 一瞬で回りこまれた!? ん? この動きどこかで……。


 「良くないこと? そりゃ一体どういう事だ?」


 「そ、その神託があって……橋を渡ってくる貴族にクリスという人とその、しないと不幸が起きるって……」


 神託!? さっきの動き……まさか……。


 「まさか……岩瀬さん、か?」


 「え? どうして私の前世を……ハッ!?」


 マズイとばかりに口を抑えるセルナさん。やはりか……。


 「俺はクリスだが、前世は折戸 真。あの世で会った、同じ会社の社員だよ」


 「え……」


 その言葉を聞いたセルナさんが大きな目をさらに大きくして驚いていた。



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 <あの世>



 <シット……! 正体がばれるとは! しかしこれはこれでいいかもしれません。元同郷が金持ちのボンボンに言い寄られている状況を見過ごせるとは思えませんしね>


 ソフトクリームを舐めながらモニターを見つめるオルコス。彼の目論見とは、転生者である月菜と結婚させる事にあった。これなら断りにくいと判断し、ハイジアの担当であったセルナをけしかける事にしたのだった。


 <さて、これでも自殺できますかね? ククク……>


 狂言とバレればさらに激怒するに決まっている。だが、そのことに気づかないオルコスはやはりアホだった。


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 オルコスが結婚相手に選んだのは同じ転生者、岩瀬 月菜だった。


 この出会いがクリスに何をもたらすのだろうか?


 そして、宿の経営状態は一体?


 次回『絶対に許さない』


 ご期待下さい。


 ※次回予告の内容とサブタイトルは変更になる可能性があります。

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