4. 宿屋VS宿屋!

 宿を目指してぽくぽくと馬車を走らせる俺達家族。町の真ん中にあるちょっと大きい橋を渡ると、右手に大きな建物が見えた。


 「あれが宿かな? あそこにするのか?」


 父さんがホテルのような建物を指差し、俺に尋ねる。こういう温泉街はいろんな宿があるのが一般的……ホテルは悪くないけど風情のある宿が無いものかと、俺は手書きのパンフレットと周囲を見ながらいいところが無いか探す。


 「クリス兄さん珍しくこだわってるよね」


 「ですわね。即断即決、それがわたくしのお兄様だと思うんですけど」


 双子が声を揃えて不思議がる。まあ転生者としては、温泉といえば風情が欲しい。そうしてさっき見えたホテルに向かう十字路に差し掛かったところで声をかけられた。


 「あ、あの……宿を、お探しではないでしょうか?」


 眼鏡をかけ、青い髪を三つ編みにしたドストライクな女の子が話しかけてきた。少し女性に耐性がついてきた俺がドキドキしながら応対する。


 「あ、はい。旅行で来たのですが、ここは宿が一杯ありましてね、迷っていた所なんです」


 すると女の子、パアっと笑顔を輝かせて両手を組みながら上目遣いで俺を見つつ懇願してきた。


 「で、では是非ウチの宿へ! どうか! どうかお願いします!」


 「あ、ちょ……近い、近いよ!」


 「クリス様(何この子! 急に現われたと思ったら色目を使うなんて……これは阻止しなければ……)」


 「あ……な、なんですか?」


 俺が女の子に迫られた所で警戒したのか、フィアが俺を後ろに下げて間に割って入ってくれる。しかしメイドはそこまでしなくてもいいので、フィアの肩に手を置いてありがとうと微笑んで女の子に話を聞く事にする。


 「ありがとうございます(かっこいいー! もうホント私が貴族だったら即結婚ですよ! ふう……)」


 「あ、どうしたフィア!?」


 「お兄様、ここはわたくしが。その方にお話を伺ってくださいまし」


 「助かる。で、どうしてそんなに切羽詰っているんだい?」


 「は、はい……」


 と、話を始めようとしたところで、ホテルのある方の道から『いかにも成金です』という感じの、七三分けが登場した。くそ……話が進まない……!


 「これはこれは、セルナさんではありませんか! ご機嫌如何ですか? それはともかく、お客様。この娘さんの宿は止めたほうがよろしいかと……是非私めの宿をおすすめしますよ?」


 「ま、また貴方は妨害をするんですか!」


 女の子は憤慨しているが、あのホテルの関係者なら自信があるのも頷ける。とりあえず二人の話を聞いてみる事にしよう。


 「どうしたのークリス? お母さんそろそろ休みたいんだけど?」


 「ああ、ごめん母さんちょっと宿を決めかねてるんだ。着いたら起こすから寝てていいよ」


 分かったわとだけ言ってまた馬車へ引っ込む母さん。すでに戦いは始まっていた。


 「貴方がいつもいつも邪魔をするからウチに宿には全然お客さんが入ってこないんですよ! いっぱいお客さんが入るならこんな姑息な手を使わなくてもいいじゃないですか! こっちはあまり部屋数がないんですから……」


 「ははは、妙な事を。私めがいつ邪魔を? そろそろ諦めて私めのところに嫁に来ませんか? お父様もお母様も安心させることが出来ますよ?」


 「だ、誰が貴方みたいな卑怯者と!」


 「借金はかなり膨らんでいるのでしょう? このお客様が頼みの綱……でも一回分の支払い程度しかならないでしょうしね?」


 なるほど、証拠はないがこのセルナさんとやらを手に入れるために妨害工作をしているというところか? こういう話でこの成金が正しい、ということはほぼ無い。


 「あー待った待った。宿の紹介なのにおかしなことになってるからな? 宿の紹介なんだろう? 売りを教えてくれるか?」


 「おお、そうでしたな。ウチの宿の売りはなんといっても豪華な部屋。そして食事はバイキング形式を取り揃えており、各領地の名物料理を提供しております。さらに温泉施設も隣接しており、夜空の星を見上げながらゆっくりと浸かることもできます。あ、私めの名前はヨードと申します、以後お見知りおきを」



 スラスラと説明があり、ぺこりと礼をして元来た道を戻っていくヨード。


 「ん? いいのか、この子の話を聞かなくて」


 「ええ、見たところ名のあるご家庭かと存じます。セルナさんの宿を選ぶとは思えませんので……それでは後ほど」


 自信たっぷりに意気揚々と戻っていく。横を見ると今にも泣きそうな顔で睨みつけていたが、俺の視線に気づいてたどたどしく説明を始めた。


 「え、えっとですね。おじいさんの代から続いている宿屋でして、部屋数はそんなに多くないんですがお風呂はもちろん温泉で、部屋に一つずつ備え付けています。なのでいつでも入る事ができるんです! お料理は、父が調理の勉強をしていたのでとても美味しいです。身内びいきといわれますけど……きっと気に入っていただけると思います。『お刺身』という生のお魚を食べる料理が一番人気ですよ」


 刺身!? 今、刺身と言ったか? この世界、生魚を食べる習慣が無いので、その言葉が出てきた事自体驚きだ。オットセイを見つけた港町で俺が無理矢理作らせて好評をいただいた思い出の料理だったりする。


 「クリス、クリス。お刺身って何じゃ?」


 「ああ、生のお魚をこう、切ってな? 味のついた調味料で食べるんだ。新鮮な内だとかなり美味い」


 クロミアに説明していると「お詳しいですね……」と顔を暗くしていた。珍しい、という点が崩されたと思ったのだろう。


 「うーん、とりあえず部屋に温泉があるのは悪くないな……案内してくれるかい?」


 「は、はい! どうぞこちらへ!」


 三つ編みを揺らしながら振り向いて先頭を歩く足取りは軽い。お客さんが来てくれたことに心底喜んでいるようだ。

 まあ困っているみたいだし? 助けになるならそれもいいか、と思っていたのだが……。




 「こ、ここ?」


 ウェイクが建物を指差して戦慄している。無理も無い、この宿……完全に外見は廃墟である。塗装が剝げているくらいならいいが、壁が割れていたりするので色々とマズイ。地震がきたら一発KO必死である。


 「はい! ここがウチの宿『パーチ』です!」


 自信ありげだが、流石にこの外見は……そしてやはりというか馬車を降りてきた父さんと母さんが口をあんぐりと開けていた。


 「ま、まさかここにすると言うんじゃないだろうね?」


 「あまり庶民とか貴族とか気にしないけど……私もこれは擁護できないわ……」


 「う、うう……」


 ボロクソに突っ込まれ涙目になるセルナさん。


 「両親もああ言ってますし、今回は縁がなかったと言う事で……」


 俺が踵を返して向こうのホテルに行こうとすると、いつの間にやら回りこまれていた。


 「な、中は……中は大丈夫です!」


 と、言うので入ってみる事に。すると双子からは意外な感想があった。


 「あら、外見に比べて中はしっかりしていますわね」


 「うん。これなら僕はいいかな?」


 「……悪くはないですね(きー! クリス様をこんなボロ屋に泊めさせるのは正直かなーり納得いきませんけど、アモル様とウェイク様は気に入っているし……うう……)」


 「しかし、私達は領主という立場もあるからなあ……」


 「ダメかい父さん?」


 「そ、そんな……貴族様……こうなったら……」


 「ん?」


 「(と、止まってくれたら、わ、私を好きにしていいです……。ま、まだキレイな体なので、お気に召すかと……)」


 「こら! そんな事を言ったらダメだろ! それならあのヨードとかいう男と結婚すればいいだろうに……」


 「それだけは……それだけは嫌です! 生理的に受け付けないんです! でもあなたなら……」


 ぼそぼそと顔を赤くして俯くセルナさん。うーん……実際風情はあるし……仕方ないか……。


 「父さん、母さん。俺はこの宿に泊まる事にするよ。困っているってのもあるけど、内装は結構好みだからさ。父さん達はあっちのホテルへ行ってもらって構わない」


 「そういわれるとちょっと心が痛いじゃないか。よろしい、ルーベイン家はここに泊まるぞ! 母さんもいいな?」


 「そうね。早く休みたいのもあるし、お風呂が部屋にあるんでしょ? いいわよ。ここでクリスだけこっちとか悪いじゃない」


 なんと両親、みんなと一緒じゃないと意味が無いと結局この宿に泊まる事にした。


 「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 とりあえず俺達は宿を確保できた。さて、火山までの道のりを調べないとな……。



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 <あの世>




 <ほっほう! ついに出会いましたね。これで私の地位は磐石なものとなるでしょう! 感謝しますよハイジア>


 <そ、良かったわね。それじゃわたし行くから。何とかすがり付いてもらう助言が生きたわね。刺身を提供していたのも助かったわ>


 <そうですね。ってどこに行くのですか?>


 <え? あんたとの関係を終わりにしようと思って。こんな犯罪まがいの行為に加担するのはこれで最後。もうあたしに近づかないでね? 一応このことは誰にも言わないから>


 ものすごく嫌悪した顔でオルコスを見た後、部屋から出て行こうとするハイジア。それを止めようとオルコスが肩に手をおいた。


 <逃がしませんよ? 加担していた事がバレたらタダじゃすみませんよ?>


 <脅す気? でもわたしは屈しないわ。あんたが破滅するなら言いふらしなさいよ>


 <……くっ>


 <それじゃ>


 ドアに手をかけたその時だった。


 <許さないと言っているでしょうが!>


 <きゃ!? ちょっと何するの! どきなさい! 誰か! 誰かーー!>


 ハイジアを押し倒し、襲い始めたのだ!


 <ふふふ、あなたは先程の気概を見てもいい女……そう言う意味でも逃がす気はありません!>


 <いや! やめて! やめなさい! ……やめろって言ってるでしょ!!>


 <ぐは!?>


 はあはあ、と荒い息を吐きながら蹴り飛ばす事に成功したハイジア。ぺっと唾をはいてオルコスに告げる。


 <よもやここまでクズだとは思わなかったわ。二度と顔をみせるな!>


 乱暴にドアが閉まり、オルコスがよろよろと立ち上がる。


 <……まあいいでしょう、あの調子なら誰かに話すということも無いでしょう……なに、女は私が稼げばいくらでも……それより、クリスさんの動向を見ておかないといけませんね>



 ハイジアに警告されたのも無視し、モニターへと向かうオルコス。破滅の道へ足をつっこんだことに彼が気づくのはまだ先の話……。




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 セルナの宿に泊まる事になったクリス。


 外見はボロ、しかし内装は良かった。だが、部屋はどうだろうか?


 そしてついにハイジアに見捨てられるオルコスの次の手とは?


 次回『正体』


 ご期待ください。


 ※次回予告の内容とサブタイトルは変更になる可能性があります。


 

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