8. どんな願いも一つだけ叶えて……ください!

 ふあ……


 陽も上がり、ようやく俺は目を覚ます。


 「さて、朝飯を作るか。その前にサーニャを起こさないと」


 テントを開けると腹を出して寝ているサーニャがぐーすかと寝ていた。あのビキニアーマーは脱いでオークからもらった麻の服を着ていた。


 「おーいサーニャ、起きろー。飯にするぞー」


 「ん……むにゃむにゃ……はーい……」


 「あそこの湖で顔を洗ってこい」


 コクリと寝ぼけ眼で頷き、よろよろと向かう。山頂には。ドラゴンのせいか魔物が居ないので割と安心して居眠りや食事の支度ができる。


 「そういやクロミアはどこ行ったんだ?」


 起きた時には姿が無かった。もしかしたら夢だったのかもと、一人笑いながらたき火にフライパンを当て、熱する。メニューはソーセージに目玉焼きというオーソドックスな朝食だ。飲み物は牛乳を飲みたい所だが、腐りやすいので水しかない。


 「ただいまー」


 「おう、おかえり。ちょうど出来たところだ」


 パンを炙り、皿にソーセージと目玉焼きを乗せてその横に盛りつけろとそれなりに美味しそうに見えた。

 

 「わあ、美味しそう! ……うん、美味しい!」


 ソーセージに被りつく姿が微笑ましく思え、俺も朝食を食べる。

 その間に昨日の夜の事を話していた。


 「そうそう、明け方にドラゴンだと言い張る女の子が現れたぞ」


 「女の子……浮気?」


 「なぜそうなる……まあ今は居ないみたいだけど、尻尾もあったし多分間違いないだろうな」

 黒髪ぱっつんロングで、今は懐かしい黒いポリ袋のような服を着た子はドラゴンだろう。

 

 と言うか俺は後悔していた。まさか起きたら居ないとは思わなくて……起き抜けで頼めばよかった……。


 「そうなんだ? でもこれでお父様が治せるかもしれない……良かった」

 ホッとした様子でパンと目玉焼きを咀嚼する。食べる元気があるならまあいいか。


 そんな調子でほのぼのしていたが、突如その空気は破られた!

 空が急に陰ったからだ!


 「あれ!? さっきまで晴れてたのに!?」


 雨かと思ってカバンなどをテントに入れようとしたところでフッと影が消えた。

 そして……。


 「戻ったぞ! わらわが!」


 何故か倒置法で宣言してくるクロミア。


 「どっか行ってたのか? あ、もしかして空に居たのは?」


 「わらわじゃ! 話しやすい様に人化して来たという訳じゃな。で……くんくん……いい匂いじゃ……わらわの採ってきた獲物もやるからお主のもくれ!」


 どさっと振り回す様に出てきたのは大きめの鹿だった。食べごたえはありそうだがジビエはきちんと血抜きをしないと匂いが酷い。


 「すまん、俺はサバイバルの知識は無いからそれはちょっと無理だ……」


 「あ、あたしも……」


 「なんじゃ、人間は好き嫌いが多いと聞いたが本当なのじゃな。では後でわらわが食べておきます!」


 「何故敬語に……? ああ、いやそれはともかく、自己紹介がまだだったな。俺はクリストフ=ルーベイン、クリスでいい」


 「あ、あたしはサーニャ。ドラゴン様! お願いします、聖水を……聖水を分けてください!」


 自己紹介で身分を明かさなかったあたり学習能力はあるようだ。言えば分かると言う奴か。貴族にしては素直だと思う。で、サーニャの言葉を聞いてクロミアはと言うと。


 「んあ? 聖水? ……あ、ああ……あれか……どうして聖水が欲しいのじゃ?」


 「お、お父様が、病気で……いえ、殺されそうになっているの! あの女を追い出す為にも絶対必要なの!」


 少し涙目で訴えるサーニャ。ソーセージを食べていたクロミアがえぐえぐと泣き始めていた。


 「うぐ……父上がのう……さぞかし辛いじゃろう……あい分かった! わらわがひと肌脱ごうではないか! ……ちょっと待っておれ……」


 「?」


 そそくさと湖の方へ行き、ごそごそとしていた。しばらくすると何やら器を持って帰ってくる。

 その器には黄金色の液体があった。神々しい光だ……!


 「まさかこれが?」


 「うむ、飲んでみるか?」


 「う、うん……」


 「あ、じゃあ俺も」


 俺とサーニャはコップに注いだそれを飲む。


 ……炭酸の無いリ〇ルゴールドのような感じだ……。不味くは無いが、冷たい状態で飲みたい気がする。


 「まろやかと言うか……甘いと言うか何とも言えないが、不味くは無いな」


 「そうね、子供用のシロップだと思えばまあいいかも? これならお父様にも飲ませてあげられるわ!」


 「そうかそうか! それは良かった!」


 俺は器を受け取り、水筒に入れてサーニャに手渡した。


 「そういや、向こうに行ってたけど湖の水が実はそうなのか?」


 するとクロミア、少しモジモジしながら答えてくれた。何だ?


 「う、うむ。ま、まあそうじゃな……」


 「……怪しい……何を隠している?」


 「う、怒らないかのう?」

 

 何かを確かめるように上目使いで俺を見てくるクロミアさん。ちょっと可愛い。

 しかし怒るとはどういうことだ?


 「とりあえず言ってみろ、話はそれからだろ?」


 「分かった……その聖水の原料は……わらわのおしっこじゃ!」


 ぶーーーーーーーーーーーーーーー!


 俺達は盛大に口に含んでいたものを吐き出した!! マジか! お前マジか!?


 「うへ……結構ごくごくいったな……」


 「あたしは少しだから……」


 「やっぱりその反応じゃのう、怒らなかったからまだいい方じゃ。母上の時は『騙された!』とか言って剣を抜いて来た馬鹿者もおったからの」


 「……その馬鹿者はどうなったんだ?」


 「決まっておろう、消し炭じゃ!」


 うほ!? ドラゴン様こええぇ! でもこいつは何か達観した所があるよな?


 「わらわそんな事はせん。が、一応弁解すると、ドラゴンというのは体内に強大な魔力を蓄えておるのじゃが、それを放出するのが難しいのじゃ。ドラゴンより強い生物がいないから、魔力を使って戦ったりもできないし、何かをする、というのが無い。自然とおしっこから魔力を放出してバランスを取るという風に体が変わってしまったそうじゃ。だから人間のような純粋な排泄物ではないし、湖みたいに水に溶かせば魔力の恩恵が得られるのじゃぞ? お主、魔法は?」


 「いや、全然使えないけど……」


 「なら火出してみい、いまなら出来るぞ」


 ふむ、もしそうならこのドラゴンの聖水、かなりやばい代物だな。

 俺はそんなことを思いながら授業で習った火の魔法を使ってみると……。


 ぽっ!


 ボッ! じゃなく、ぽっ! だが、魔法を使う事ができた! おおおお……。


 「本当だ……」


 「じゃろう? 原液はかなり強いから人間には毒なんじゃが……」


 「毒!? マジでか! それを飲ませてくれ!」

 毒と聞いては居ても立っても居られない。物理で死のうと思ったが、これはいいサプライズだ。

 

 「ダメじゃ。あれは本当に危険じゃから」


 「そこを何とか! 俺はここに自殺しにきたんだよ、だから強力な毒で構わない!」


 「え!?」


 驚いたのはサーニャだった。ああ、目的を言ってなかったからな。


 「そういうことだサーニャ、だから……」


 「だ、だめよ! あ、あたしと一緒にあの女を告発してくれるんでしょ!」


 あ! そういやそんな約束をした気がする。しまったな……あの時は困っているサーニャを見てつい言ってしまったが……。


 「そ、そうだったな……今のは忘れてくれ(後で話がある)」


 「分かったぞ(何じゃ夜でいいのか?)」


 「(それでいい、頼む)」


 ホッとした様子のサーニャをさておき、俺はクロミアへ相談を持ちかける……。



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 ドラゴンの聖水を手に入れたクリス達。目を瞑る、もしくはおしっこだと知らされなければ貴重な薬なのかもしれない。


 サーニャは安堵し、クリスはクロミアに交渉を持ちかける。


 そして、聖水に別の効果があることを知り、クリスは絶望するのだった。


 次回『オークの村襲撃』


 ご期待ください。


 ※次回予告の内容とサブタイトルは変更になる可能性があります。予めご了承ください。

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