第12話「相性は最高!」

 いつの間に、眠ってしまったのだろう……

 小さな窓から差し込む朝陽の眩しい光を感じて、アルセーヌは目を覚ました。


 と、同時に。

 低い声だが元気の良い、挨拶の言葉が掛けられる。


「おはよう! アルセーヌ」


「あ、ああ! お、おはよう! ツェツィリア」


 アルセーヌが慌てて身体を起こすと……

 ツェツィリアは既に起きていた。

 素裸に近い、肌着姿の彼女を見て、アルセーヌはつい目をそむけてしまう。

 

 ツェツィリアが眠っている時、見守るのは平気だったが、いざ相手が起きていると、まともに正視出来ないのだ。

 

 しかしツェツィリアは……

 アルセーヌが顔を背け、自分を真っすぐに見てくれない事が、大いに不満のようである。


「駄目、アルセーヌ! 目をそらさないで! 私をしっかり見て!」


「だ、だって……」


 われながら、自分でも情けないと思う……

 女子に不慣れなアルセーヌには、ツェツィリアとのやりとり全てが初体験。

 初めての連続なのである。


 そんなアルセーヌへ、ツェツィリアはきっぱりと言い放つ。


「構わない! 貴方になら……アルセーヌだけには……全てを見られても、私、全然恥ずかしくなんかない!」


「う、うん……」 


 叱咤激励されて……

 やっとアルセーヌは、ツェツィリアを正面から見た。

 

 相変わらずツェツィリアの身体は美しい……


 きらめくシルバープラチナの髪。 

 抜けるような白い肌……

 やや幼さが残るが、綺麗な曲線で作られたまろやかな身体……

 ピンク色の美しい瞳が、濡れたように光って、アルセーヌを「じっ」と見つめていた。


 愛しい『想い人』を見て、アルセーヌは安堵する。

 ツェツィリアは……確かに、自分の目の前に居る。

 彼女は幻の存在ではなかったのだ……

 昨日の『出会い』は、けして夢ではなかったと。


 「ほう」と、軽くため息を吐いたアルセーヌへ、ツェツィリアは甘えておねだりする。

 身体を「ぴたり」と寄せて来る……


「うふふ、……ねぇ、アルセーヌ。またぎゅって抱っこして」


「分かった」


「迷宮でしたみたいに……私に、美味しい魔力を頂戴ちょうだい


「ああ、良いぞ」


 アルセーヌはもう遠慮しない。

 夢魔ツェツィリアの食事は『魔力』

 そう、彼女から聞いていたから。

 

 そもそも魔力供与は冒険者として慣れた仕事だ。

 しっかりツェツィリアと抱き合い、言霊を唱え、魔力を放出する。


 雑多なものが置かれた、アルセーヌの狭い部屋で……

 ツェツィリアへ魔力が流れ込む瞬間、抱き合うふたりの身体が眩く光る……


 同じだ!

 と、アルセーヌは思う。


 昨日の迷宮で抱き合った時の感覚も、ツェツィリアの存在同様、錯覚ではなかった。

 まるで自分の身体が、「とろとろ」に溶けてしまうような陶酔感……

 そして何故なのか気持ちに張りが出て、凄く前向きにもなって来る。


 更にアルセーヌは……全く違う、新たな感覚も得ていた。

 今迄はクランの一員として、仕事として……

 金品などと引き換えに渡していた自分の魔力が……

 運命ともいえる出会いを経て、渡すべき相手にプレゼント出来る。

 

 世界で一番大切な宝物である『想い人』へ……

 心を籠めて、惜しみなく奉げるという満足感に溢れていたのだ。


 アルセーヌの魔力を受け入れ、感極まったらしいツェツィリアが満足そうに鼻を鳴らし、更に甘える。

 官能的な声で囁いて来る……


 何かが起こる。

 特別なイベントの予感がする……


「ああ! 気持ち良いわ、アルセーヌ……唇へキスして……」


「え?」


「キスして」


「…………」


「実は私、生まれて初めてのキスなの……」


「ええっ?」


 予感は的中!

 何と、ツェツィリアはキスを求めて来たのである。

 それも男子には嬉しい事に、彼女のファーストキスだと言う……


「貴方の唇で、優しく私の唇に触れてみて……そっとよ」


「わ、分かった」


 ふたりは見つめ合い、そっと唇を合わせていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ツェツィリアと甘いキスを交わし…… 


 アルセーヌは感激し「ぼうっ」としていた。

 唇から喜びが全身に伝わり、ふわふわする。

 ツェツィリアだけではなかった。

 実は彼にとっても生まれて初めての……

 ファーストキスなのである。


 もてる奴から話にはいろいろ聞いていたけど……

 やっぱり女の子の唇って……

 凄く甘いんだ……


 『素敵な思い出』を貰って大感動しているアルセーヌへ、


「アルセーヌ……昨日、私が言った事、覚えてる?」


 と、ツェツィリアが悪戯っぽく微笑んで、尋ねて来た。


「ええっと……」


 昨日は、ツェツィリアと話をした。

 いっぱい、いっぱい。

 数え切れないくらい……

 身の上話から始まってず~っと……


 ツェツィリアは、自身のいろいろな事を教えてくれた。

 だから、返す答えはあり過ぎるくらいたくさんあるが……

 『今の状況』を考えると、アルセーヌに求められた正解は分かる。


「俺とツェツィリアは、魔力の相性がぴったり、いや最高だって事?」


「うふふ、当たり! 嬉しいっ!」


「ああ、良かった」


 アルセーヌはにっこり笑う。

 ツェツィリアの期待に対し、見事に応えられ、彼も素直に嬉しい。


「私ね、貴方と抱き合ってとても良く分かったの。凄い偶然だったけれど……」


「偶然? 何が偶然なんだい、ツェツィリア」


「私がアルセーヌの魔力を、最高のご馳走にするのと同様に、貴方の身体も私の魔力を欲しているわ」


「ツェツィリアの魔力を? 俺の身体が欲している? そ、そうなんだ……」


「ええ、……私には分かるの」


「そ、そうか」


「うん! 私が貴方の魔力を貰う時、私の魔力も貴方へ流れ込むのよ……その時、貴方の眠れる素質が目覚め、隠された力が発動する」


「俺の眠れる素質? 隠された力?」


 アルセーヌには、隠された力があるという……

 しかし彼には、すぐにピンと来ない。

 散々、使えない、能無しと罵られて来たからだ。


「ねぇ、アルセーヌ。何か、今まで気になった事はない?」


「今まで気になったって、特には……あ、そう言えば」


「そう言えば?」


「つまらない話さ。俺、いろいろなクランを転々とした理由に、メンバーが持つスキル以外の習得を勧めてしまうってのがあった」


「へぇ、それ面白そう」


「面白くないよ。俺が勧めたスキルって、相手にとっては未経験、それも興味がないスキルばかり。しまいにはうざい奴だって嫌がられた」


「うふふ、やっぱり面白いわね」


「面白くないって……」


 アルセーヌの黒歴史が甦って来る。

 何故か心に浮かぶ相手のスキルを勧めたくなる。

 それも勧めるだけで、そのスキルのレクチャーが出来るわけではない。


 「うざい!」と思われるのは当然なのだ。


「大丈夫、自信を持って。貴方には素晴らしい力が隠されているのよ」


「う~ん。ツェツィリアの言う事は信じる。だけど自分に力が隠されてるとか、イメージが全く湧かないんだ」


「いいえ、私には分かるわ、アルセーヌ。貴方はどんどん成長し、素晴らしいスキルを習得しながら、誰にも負けないくらいに強くなって行く」


 考え込むアルセーヌの脇腹を、ツェツィリアはもどかしそうに「つんつん」と突いたのであった。

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