第13話「浮かれてる場合じゃない!」

 アルセーヌの部屋で起床してから1時間後……

 ツェツィリアとアルセーヌは朝食を摂る為、王都中央広場付近のカフェに居た。

 パンと紅茶だけという質素でシンプルな食事を済ますと立ち上がる。


 食事に行こうよ! 

 朝ごはんを食べに!

 

 部屋でそう誘われた時、アルセーヌは「え?」と首を傾げた。

 ツェツィリアは魔力をかてとする夢魔のはず。

 彼女に普通の食事が摂れるのだろうかと。


 しかしツェツィリアいわく、「心配は全く無用」だと言う。

 「アルセーヌと普通の女子みたいに、仲良く食事をしたい」と甘えるのだ。


 冗談っぽく、「美味しいケーキは魔力とは別腹なの!」と言われた時には、つい笑ってしまった……

 

 改めて彼女に聞けば……

 夢魔として必要な魔力さえ補給していれば、食事は不要なのだが……

 人間として、ちゃんと食事も出来ると言い張った。

 

 焼き立ての香ばしいパンも美味しく食べられるし、熟成した香りの良い紅茶も楽しめると。

 そう言われて、アルセーヌは安堵すると同時に、とても嬉しかったのである。


 更に改めて実感する。

 数多の人間から、使えない! 能無しと蔑まれた自分が

 自分を好きだと言ってくれる女子とふたりきりで朝を迎え……

 甘いキスを交わし、こうして仲良く朝食を摂る日が来るなど……

 全く思っていなかった。

 不幸、不運続きの自分がこのように幸せでも良いのだろうかと思う。

 却って怖いとも思う。

 そしてこの幸せを絶対に壊したくない!

 とも思う。

 

 つらつらと考えたアルセーヌは、首を振り、気持ちを切り替える。

 

 今日、これから何をするのか……

 だが、これからの予定はツェツィリアが既に考えているらしい。

 彼女は小さく頷くと、アルセーヌへ出発を促す。


「さあ、アルセーヌ、そろそろ出かけましょう」


「出かける? どこへだい? ツェツィリア」


 一瞬。

 アルセーヌの胸がどきどきする。

 期待に気持ちがとても高鳴る。

 このまま素敵な王都デートなのかと。

 

 アルセーヌの頭の中を妄想が目一杯支配する。

 しっかり手をつないで可愛いツェツィリアと、ふたり仲睦まじく街を歩く。

 誰もがふたりを振り向くだろう。

 

 だが、アルセーヌは容易に想像出来る。

 不似合いだ!

 という罵声が心の中で響き渡る。


 「男の方がくそダサくてあの子には全く釣り合わない!」

 と、酷い悪口も方々から聞こえて来た。

 確信出来る。

 リア充として、底辺の俺だけが叩かれるに決まっていると。

 

 でも、アルセーヌは胸を張れる。

 雑音など撥ね返せる。

 この子は俺のかけがえのない大事な『彼女』だと主張出来るのだ。

 侮蔑の眼差しをいくら投げかけられても、こちらも堂々と睨み返すと。


 見果てぬ夢に大いに期待したアルセーヌであったが、現実はとても非情だ。

 真面目な表情をしたツェツィリアの淡々とした答えが、アルセーヌの持つ、はかない『夢』を呆気なく打ち砕く。


「まず行くのは、冒険者ギルド」


「え? 冒険者ギルド?」


「クラン登録するのよ。私と貴方のふたりで」


 がっかり!

 デートではなかった。

 しかし、ツェツィリアの表情は真剣だ。


 アルセーヌは気持ちを引き締め直した。


「クラン……俺とツェツィリアが組むんだ」


「ええ、私とアルセーヌで史上最強のクランを作るのよ」


「そうか! 最強クランか。憧れてたよ、その響き」

 

 自分には絶対に縁のない言葉だと思っていた。

 『最強』……ツェツィリアが居れば目指す事が出来る。

 そんな思いが強くなる。


「クラン名はアルセーヌに任せるわ」


「え? 良いの? 俺が名前付けて?」


「ええ、貴方が命名して。そして想像してみて」


「想像?」


「貴方が生きていて、私と一緒だと知ったら、裏切った奴らは大混乱に陥るわ」


「大混乱?」


「ええ、あいつらは私と貴方に紡がれていた心の絆は勿論、こうして運命的に出会った事も知らない」


「だな!」


「うふふ、目に浮かぶわ。うっわ、あいつ生きてるぞ。何故生きてる!? それも縁もゆかりもない、ソロ冒険者ツェツィリアと一緒!? わけわかんね~って……ね」


「あはは、確かにそうだ、了解。奴らを驚かせるのが楽しみだ」


「ええ、……あとひとつ」


「ひとつ?」


「もしも貴方や私と同じく、必死に頑張っているのに、不遇な仲間で才ある者が居れば、我がクランへ迎え入れてあげましょう。意気に感じて一生懸命に頑張ってくれるはずよ」


「大いに納得! 底辺者の気持ちは良く分かるよ。俺達と彼等彼女達の口惜しさと見返す執念が最強クランを作るんだ」


「その通りよ、アルセーヌ。改めて確認! 私と貴方は最強クランを作り上げる」


「おう!」


「貴方はそのクランのリーダーとなり、貴方を裏切り、置き去りにしたクランの奴らを驚かせ、怯えさえ、見返すの」


「うん!」


「そして最後には裏切者を全員地獄へ突き落す! 因果応報って笑ってやるの。そこから初めて私と貴方の本当の人生が始まるわ」


「成る程! 分かった!」


「うふふ、でも千里の道も一歩よりって言うわ。ギルドの次は迷宮よ」


「め、迷宮?」


「ええ、アルセーヌ。今の貴方にはトレーニング、そしてトライアルが必要なの」


 真面目な顔付きで告げるツェツィリアを見て、アルセーヌの表情が改めて引き締まる。


 浮かれてる場合じゃない。

 俺は一体、何を考えていたのかと深く深く反省する。

 

 更に……

 アルセーヌはルイの発した厳しい言葉を思い出した。

 今後ふたりが歩むのは『いばらの道』なのだと。


 自分がリベンジし、成り上がるだけじゃない。

 まずはツェツィリアの幸せが第一優先だ。


 命より大事なツェツィリアを愛し慈しみ、けして夢魔にせず、最後まで守り抜く為には……

 非常に困難な道が待っていると……ルイの言葉はそのような意味だろう。


 いずれ普通の人間になりたいというツェツィリアの悲願を叶える為にも、

 アルセーヌはもっともっと強くなる必要がある。


 しかし、アルセーヌの冒険者ランクは、底辺から数えて2番目のE。

 現状では「強い」という表現には程遠い。

 はっきり言って、雑魚の中のワンオブゼム。

 ツェツィリアはランクAだから天と地の差である。


 ツェツィリアの言うトレーニングとは訓練である事は予想出来る。

 だけど具体的に何をするのか?

 

 一体どこで自分は訓練を受け、鍛えられるのか?

 またトライアルとは本当の実戦に備える為の戦いだと考えてはいるが……


 つらつら考えたアルセーヌは、浮かんだ疑問の数々をツェツィリアへ尋ねてみる。


「ツェツィリア、俺のトレーニングって訓練だよな? それにトライアルって実戦に備えるって事か? 確かにこのままじゃ駄目駄目だよな」

 

「駄目駄目は言い過ぎでしょ? あくまで現状ではって事よ。貴方は発展途上なんだもの」


「発展途上か……」


「ええ、アルセーヌには眠れる才能やスキルがたくさんある。ちゃんと目覚めれば確実に強くなるわ。私が保証する」


「眠れる才能やスキルが目覚めれば、か……そう言われると不思議に勇気と力が湧いて来る。君を信じるよ、ツェツィリア」


「うふふ、そうよ、貴方を信じてる。だから私を信じてね。絶対よ、アルセーヌ」


 明るくウインクする、ツェツィリア。

 

 アルセーヌはふと彼女の辛い生い立ちを思い出した。

 両親に捨てられても、大きな不安を抱えていても……

 希望をけして捨てず、強く生きようとする。

 健気で愛おしいと感じる。

 

 と、同時に先ほどのつまらない『妄想』を思い出し、自分の甘さ、情けなさを痛感する。


 ごめんよ、ツェツィリア。

 俺は……自分の事しか考えない駄目な男だ。

 だけど……君を大事にし、愛する気持ちは誰にも負けない!


「ああ、ツェツィリア。俺は君を信じる! 絶対に信じるよ」


 アルセーヌの心には改めて、強く熱い誓いと決意が湧き上がる。

 その思いを裏付けるように、「ツェツィリアを信じる!」彼は堂々と言い放ったのである。

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