over extended.

 家に、帰った。

 テレビをつける。まったく見ていなかったテレビ。最近は、よく見る。

 電撃復帰したアイドルの、電撃結婚の話題。アナウンサーが、なにやら早口でまくし立てていた。


「復帰したのに、結婚か。これは燃えるんだろうな」


 それも、まあ、彼女の選んだカタチ。仕方ないことだった。


「あ。また仕方ないって思ったでしょ。だめだよ。仕方ないって思っちゃ」


 彼女の声。


「うるせえ」


 雑に返す。


 傷を舐め合うために。恋人を作った。


「ねえ。帰ったんだったらごはん作って?」


「はいはい」


 キッチンに立つ。


 後ろ。


 彼女の気配。


「おい。携行保存食。食うなよ」


「いいじゃん。おなかすいた」


「風呂に入れ風呂に」


「シャワーだけでいいよ」


「浴槽に入れ」


「やだ」


 彼女。テレビに気付いて。消した。


「まだ結婚してませえん」


「いつ、結婚するんだ?」


「あなた次第」


「俺次第か」


「あのとき、あなたに振られたままだから。わたし」


「すまないと思ってるよ。おまえと俺は、交わらないカタチだと思ったから」


「何言ってんの。女と男なんだから、交われるでしょ」


「恋愛感情が分からなくて、一晩中俺の身体さわってたくせに」


「それはいわないでよ。はずかしい」


「あのとき。お前を振ったあと。何が、あったんだろうな」


「何もないわよ。何も」


 お互いに、違う道を歩んで。彼女は、アイドルとして復帰して。俺は、殺し屋を続けた。


 そして。たった数日で、再会した。お互い、何か示し合わせたわけでもないのに。たまたま、あの、電光掲示板の前で。


 そして、いま。ふたりで、ここにいる。


「カタチは、変わるのよ。わたしが、わたしの心が、しんで、生き返ったように」


「俺のカタチも。変わるのかな」


「変わってるわ。あのとき振った相手と、今は一緒にいる。すごいことだよ」


「そうか」


 ふたりで、喋りながら。浴室へ歩く。

 彼女が服を脱ぐのを、ぼうっと眺める。


「あなたも入るのよ?」


「俺も?」


 服を脱がされた。


「今日は、わたしがあなたの身体を洗うわ。あのときみたいに」


 ほほえんだ彼女を、浴槽に放り投げた。


「浴槽に入りな」


 身体を洗おうとして。


 腕をとられた。


 浴槽に引きずり込まれる。


「そうだった。男を投げ飛ばすぐらい強いんだったな、おまえ」


「わたしがあなたの身体を洗うって言ったでしょ。一緒にやるの。一緒に」


「そうか。ご自由にどうぞ」


「アイドル。やめたほうがいいかな。あなたといるし」


「ファンに訊けよ」


「そうね。そうするわ」


「俺は」


「殺し屋。まだ、続けるの?」


「分からない。自分のなかの、死にたいという気持ちが、どれぐらいなのか。自分でも分からない。分からないんだ」


「そっか。訊くファンもいないしね」


「いない。俺にファンはいない。というか、俺はアイドルじゃない」


「じゃあ。わたしが。決めてあげる」


 彼女の手が。伸びてくる。


「もう、大丈夫。少し休もう。ね。わたしがアイドル復帰したのは、ちゃんと、辞めるためなの。アイドルを。あなたのものに、なるために」


「そうか」


「あなたにも、いずれ、そういう日が来るわ。そのとき、わたしは。あなたの隣にいて、あなたの支えになりたい」


「好きだ」


「わたしも。好きよ」


 少しだけ、キスをした。あのとき交わらなかったカタチが。いま。交わって、ここにある。


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それぞれのカタチ 春嵐 @aiot3110

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